魔神とミシァ
にぎわう通りはあらゆるものに目をとられる。
雑多と洗練の両方だ。
入れば慌ただしく、見ていれば落ち着く。
なつかしいようなにおい……緑茶か?
通りのカフェの客が苦そうに嗜んでいる。
行き交う雑踏から、それが流行りなんだと耳に入ってきた。
そこに荷運びの馬車……ロバだが、駆けすぎていく。
港街らしい喧騒さも、都会の華やぎもある。
香ばしい煙が鼻に迫った。
串焼きの肉が、じゅうじゅうと脂を垂らしている。
鶏肉かなにかだろうか、脂が陽気に弾けている。
それを過ぎると甘ったるい香りがくすぐってきた。
果物屋なのか、木箱の並びを見せびらかすように軒が連なっている。
「ちょっとしたお祭りだな」
夏祭りなんかの屋台が思い浮かぶ。
雑踏に流されないようにメナの手をにぎり直した。
「バカじゃないの? お祭りはまだ先よ」
ベルーシカが人込みから追いついてきた。
流されていけばいいのに、なぜついてくるんだ。
「お祭りが、あるのか?」
「はあ? 自分で言っといて……」
腰に手を当てたベルーシカが偉そうに言う。
「天使祭はこんなものじゃないわ。もっと人が集まるし、人間以外もそう、みんな粛々と過ごすものよ。知らないなんて、さすが魔神ね!」
「メナは知ってるか? 村にもあるのか?」
聞き流してメナに尋ねた。
かがまないと、通りに声がもっていかれる。
「あの、お祭りって……お恵みをもらえる日ですよね……?」
そういう解釈もできるか。
それともこの世界では、そうなのだろうか。
「ああ! ちがいますね、ごめんなさい!」
小さな両手がひらひらとあわてた。
かぶさって得意げなご教示が飛ぶ。
「天使祭はすべての生き物に恵みがあるわ。街も村も、その恵みを分け与えるの。……なに、メナは村から来たの? あの村?」
視線を感じる。
……というか、丸見えだ。
メナよりは大きくベルーシカよりは背が低い。
なにか、しっぽのようなものが、くるくる回っている。
そして、筒でこちらを覗いている。
望遠鏡か?
見つめ返すと、さっとそっぽを向かれた。
口笛を吹き出す。
だぶん、鳴ってはいない。
これも丸見えだ。
右に歩いてみると、望遠鏡の向きもついてきた。
左に歩いてもついてくる。
俺を観察でもしているのか?
人込みに隠れてみる。
見失ったようだ、あわてて走ってきた。
望遠鏡に目を突っ込むようにして俺を捜している。
右に左に、その場でぐるぐると回りだす。
……俺は目の前なんだが。
「あれ、あれ? どこに行った?」
しっぽが生えている。
黒毛の長いしっぽをたどると、そのまま短いスカートの中に入っている。
いや、スカートから出てきているわけだが。
おかげで思いっきりめくれている。
ちなみにレギンスをはいているわけだが……。
そこから、ゆらゆらと俺を探すように横に揺れている。
まさか、本物か?
望遠鏡を取り上げると、片目が残った。
「うん? ……うわっ!」
しっぽは尻もちをつく。
「……お前はなんだ。なんで俺を観察している」
「返して、返して!」
届かないように上げると、跳ねながら手をのばしている。
なんとなく。
周囲の目がなんとなく刺さる。
笑われているのか?
嫌味な笑われ方ではないが、どこか気恥ずかしい。
おもちゃを取り上げた親子にでも思われているんだろうか。
仕方なくおもちゃを返した。
「ねえ、ねえ!」
しっぽはにんまりと笑う。
「うち、見てたよ」
「うち?」
「うち。ミシァ」
望遠鏡で自分を指した。
「名前か。……それで、ミシァはなぜ俺を観察していたんだ。隠れて……いたつもりだろうが、じろじろと見られるのは、あまり気分のいいもんじゃないぞ? そういうものは、星だの鳥だのを慎ましく眺めるためのものだ」
今度はとんとんと自慢げに、その望遠鏡で肩をたたいている。
「これ、船員からもらったの。ヒマだからさ、部屋から雲を見てたんだよね」
「俺は星でも鳥でも、雲でもないぞ」
「鳥かと思ったよ? 月が落ちてきたとも。でもちがった。人の形でさ、林に下りてさ、そしたら中から人が出てくる!」
「……あー」
W.W.だ。
知られてどうということもないが、面倒は困る。
この世界の住人にとって……まあ、もとの世界でもそうだが。
巨人だの巨大ロボットだの、見たことはないはずだ。
「ねえ、あれって虚体でしょ!」
本来、この世界にとって、存在するはずもない――。
なに?
ミシァは続ける。
「まさか星体? だったらさ、なおさらすごいよね!」
「待て、あれを知ってるのか?」
「知らない」
「おい」
走るミシァを追いかける。
かけっこでもして遊んでいるつもりなのか。
「知らないから、聞いているんだよ?」
「知っているなら教えろ」
しっぽへ手を伸ばした。
するりと避けられて、小道へと逃げていく。
ミシァは楽しそうに振り返る。
「ねえ、君、あれも、なに者?」
こっちが知りたいくらいだ。
ぜいぜいと息をついて追いかける。
なかなかに元気だ。
なにやら道に引いてあるロープを飛び越えて走る。
大人げないが、時間を止めて捕まえるか。
鬼ごっこのために、こういう能力を使うのは情けない気もするが……。
「ま、魔神さまです!」
追いついてきたメナが誇らしげに言う。
「魔神?」
ミシァの足が止まった。
「おい、兄さんら。そっちは工事中だ!」
野太い声に歩みを止められた。
なぜか、びしょ濡れの大男だ。
「ロープが引いてあっただろ……。道路を広げるんだよ。この道の建物は取り壊しさ」
男に促されて、古そうな建物を見上げた。
木材で足場が組まれている。
建物の石壁が半分ほど崩されている。
工事の真っ最中のようだ。
「……まったく、教会の人間に絡まれるわ、川に落ちて遅刻するわ、子供はうろついてるわで忙しいのに……」
……さっきの暴漢だ。
申し訳ない、と心のなかで謝った。




