魔神、善良な市民を川へ蹴り落とす
「あんた! 暴漢だったのね!」
「ちがう。見りゃわかるだろうが」
まあ、まばたきひとつに満たない出来事だったのだが。
「よくわかんないけど、助けてくれてありがとう! 怪しい旅人さん!」
礼を言われているように聞こえないのはなぜだろうか。
「よく面倒に巻き込まれるな。連れはどうしたんだ?」
ベルーシカは無言で歩きだす。
「また逃げられたのか?」
「はあ? バカなこと言わないで。バカなこと言わないで」
なぜ繰り返す。
「図星か」
「……この街の支部にいるわよ。そしたら本教会に帰りたいとか、もともと赴任するはずだった王都に行きたいって泣き出して……」
「ああ、お前と一緒にいたくないってか。……そういえば、布教活動をしていたな。お前もその教会に帰ったらどうだ? みんな天使の奇跡だと思って喜ぶぞ? 泣くかもしれんが」
ベルーシカは大きく歩く。
こちらの話を聞いていない。
「教会からは、安全な王都配属と、僻地への派遣とを選べと言われたのよ」
僻地……あの村か。
すると俺が街道で会う前の話らしい。
「みんな、わたしが王都へ行くと思っていたわ。ええ、そうでしょうね。でもわたしは、厳しいほうを選んだの」
「……どっちにしても、教会を追い出されたのか」
「みんな驚いていたわ。そしてわたしを止めた。でも、わたしは負けなかった」
「あー……」
王都とやらへ追い出すための二択に聞こえる。
「ふふ、わたしはあえて、苦行の道を選んだわ。……ところで、あんたはなんの用よ、そんなに布教のジャマをしたいわけ?」
「うん? 助けたつもりなんだがな」
「わたしは、あいつらを助けようとしたわ」
「うん?」
ふたたび大股で歩く。
「……あいつら、聖天使様の教えをうるさいって。わたしの説法をうるさいって。でもわたしは諦めなかった」
……待て。
「そういうひとこそ、救わなきゃいけないじゃない? だから、ひと気のない場所に連れ出して、教会の教義を一から説いたの」
……こいつといると、頭が痛む。
「川なんてちょうどいいじゃない。せせらぎを聞きながら聖天使様の教えを話せば、どんな人間だろうと、きっと耳を貸すわ。そしたら、うるさいだの、時間がないだの……」
「絡んでいたのは、お前のほうか!」
ぴしりと指が向けられる。
「もう少しで聖天使様の教えが伝わったわ! あんたがジャマしなければね!」
ぷい、と歩く。
そりゃ、いい加減にしやがれ、だ。
村でもそうやって疎まれたのが目に浮かぶ。
ベルーシカは、こそこそとメナに尋ねた。
「ねえ、あいつ何者よ」
「旦那さまは素敵でかっこいいひと……じゃなくて、素敵でかっこいい魔神さまです!」
「は? 魔神? めちゃくちゃ異端の匂いがするんだけど!」
じろりと睨まれる。
「魔族の身なりをしてるから、わたしは最初からそうだろうと気づいていたわ!」
「いちいち指をさすな……。なんなんだ魔族って……」
俺のことらしい。
「……あなた……誘拐されたのね、たぶらかされたの? お姉さんが助けてあげるわ」
哀れみと使命感の目がメナに向く。
そしてこちらへ指先を打つ。
「こんな女の子を攫うなんて、許せない!」
気の抜けた風が吹く。
「なにを言ってるか知らんが、そいつは男の子だぞ」
「黙りなさい異端者! そういう呪いをかけたんでしょ!」
面倒くさい。
「……あー。俺とメナになにかするなら、あの魔神さまを呼んでもいいんだぞ?」
「うっ……」
「すぐ近くに停めてあってな。踏み潰されると、痛いだろうなあ……。縄で縛られるよりも、馬車を顔面から落ちるよりも、ずっと、痛いだろうなあ……」
高く空を見つめてみせる。
W.W.の停めた方向とは逆だが。
「ま、まあ、いいわ。慈悲を与えろと教義にあるもの。見逃してあげるわ」
ベルーシカは鼻を押さえながら言う。
「魔神にも慈悲を与えてくれるのか。寛大だな」
遊んでいる時間はない。
街がどんなものか知りに来たのに、なんでこいつと話してるんだ。
「ああ、買い物もあるな。……おっと、大通りに着いたぞ。メナ、はぐれるなよ」
「はい、旦那さま!」
言うが先か、ぎゅっとしがみつく。
少々歩きにくいが、まあ、迷子になられるよりはいいだろう。
ベルーシカがメナの耳元にかがむ。
「ねえ、こいつ本当に何者よ……」
メナはきょとんと首をひねる。
言ったはずなのに、という顔だ。
「……一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見えたのよ。こいつ、ものすごい速さで動いて、哀れな子牛を蹴りつけたの。見まちがいかもしれないけど」
「きっと、旦那さまにとっては簡単なことなんですよ!」
「むー……」
納得のいかないようにベルーシカは口をとがらせて歩く。
異端者だの言っておいて……。
なんでついて来るんだ。




