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魔神、盗みを働く


 地上からすれば深い森だ。


 山すそは濃い緑に人を閉ざす。

 わずかわずかに陽だまりが土に注ぐ。


 確かに平坦な場所は、まだ拓かれて日が浅い。

 新しい切り株や、どけられた土砂が目を引く。

 簡素なねぐらは雨よけ程度のもののようだ。


 巨木が揺れた。

 枝が葉が、肩部に巻きつくように弾かれていく。

 立ち上がれば草木程度の扱いだ。


 鬱蒼(うっそう)とした森に、白い巨体の姿はいっそう映えた。


 ともすれば高級ブランドに身を包んでいそうな気品だ。

 華奢な人形のようだが壮麗さはある。

 関節の可動域も人間のそれに近い。

 無表情な頭部が地上を捉えた。

 この世界にランウェイがあるかはわからないが。


 俺は、W.W.(ホワイトウィッチ)と名付けた。


 中央のモニターに労働機(ローバー)が映る。

 二腕二足であることを除けば、やはりブルドーザーだ。

 W.W.(ホワイトウィッチ)の膝下ほどだが、それでも重量感は人間を威圧する。

 乗り込んだ白衣が、静かにこちらへうなずいたのを見る。


「盗みはよくないわ」

「お前が言い出したんだろうが。だいたい、なんでお前までこっちに乗ってるんだ」

 ベルーシカを手で払う。

 せまい操縦席に顔がくっつく。

「だ、か、ら。わたしがこの目で立ち会うって言ってるの」

 得意げな声までも、耳にうるさくくっついてくる。

「ローバーは異端よ。虚体(マギア)の子供だもの。わたしが乗るわけないじゃない」

「そのローバーを聖女様がぶんどる光景が見れると思ったんだがな。こちら(・・・)は乗ってもいいのか?」

星体(ギア)はご神体だもの」

「魔神扱いしておいて……」

 はあ、とため息をつく。

 この聖女様の言う教義とやらはご都合が過ぎないか。

 この世界で生き抜く術なのだろうか。

 教会からはじき出されるわけだ。


 もう一度ため息をついた。

 人数分――俺とメナを除いた、三体を調達する予定だったが。

 なぜかベルーシカらは俺と一緒にこちらに乗り込んでいる。


「……メナ、なぜ膝の上に乗っている」

 メナはそもそも子供だ。連れて来たのが間違いだったかもしれない。

 子供という点では、こいつらもそうなのだが。

「えっと、旦那さまが、離れるなって……」

「言い直す。なぜ膝の上に乗るときに、俺のほうを向くんだ」

 はにかみながら顔を胸に埋めてくる。

 返事をごまかしているつもりか。

 ついでとばかりに、ほっそりとした両手が腰に回ってきた。


 メナを抱き上げて居座りを直す。

「……せめて向こうを向いてくれ。こら、お前もくっつくな」

「狭いんだからしょうがないじゃない!」

 ベルーシカは掴まるところを探っている。

 前のめりになり、俺の髪の毛を選んだようだ。

「痛っ。痛いし前が見えん!」

 胸が顔面をふさぐ。やわらかさは凶器だ。

 ぷはあと顔をのけぞらせて息を吸った。


「ねえ、これを踏むと走るの? 飛ぶの? あの銃、あの銃を撃ってよ! どこで発射するの?」

 ミシァは足元に首を突っ込んでいる。次は尻が迫ってくる。

「こらミシァ、どこを……どんな体勢だ!」

 シートの下を覗き込み、ひっくり返った尻が鼻を押さえる。

 もう一度ぷはあと息を取り戻す。

 ぐるぐるとはしゃぐしっぽが何度も額を叩く。

「頼むから……じっとしててくれ……」

 W.W.(ホワイトウィッチ)のシートよりも、この三人に固定されている状態だ。

 ミシァはローバーに乗りたがっていたが、興味はこちらに移ったようだ。


 機体が揺れる。

 飛んでくる矢を払ったのだ。

 単なる弓矢だが、反射的に構えてしまった。


 なんてダメージだ。抱きつかれるなんて可愛いものじゃない。

 こいつらの圧迫が苦しい。

 もう、さっさと終わらせて帰りたい……。


「あー。パーシアンナ、聞こえるか?」

 指向性の拡声機能をローバーへと向ける。

 合わせて正面のモニターが拡大された。

 パーシアンナが両手で丸を作っている。

「あー。帰還する。動かせるか?」

「あ、パーシアンナさんです! 絵本が動いてるみたいです」

「あんた、絵の趣味なんてあったの。うそ、動いてるわ! はっ、まさかいやらしいことに使ってるんじゃ……!」

「なんだその発想は。もう黙っててくれ……」


 モニター越しのパーシアンナは、しっかりとカメラに対してうなずいた。

 彼女もこういった装置は知らないはずだが。

 鋭い視線が、勘のよさをぶつけてくる。

 了解、と。

 今度はローバーの両手(アーム)が上がり、丸のサインを作った。


 むき出しの操縦席に、いくつものレバーが生えている。

 乱雑な木々のようだ。

 パーシアンナは(あご)に指を当てつつ、数えるようにレバーを動かしていく。

 重鎧が走るような、いや、もっと重厚な機械音が森に響く。

 クレーンを組み合わせたような手足(アーム)が加速していく。

 振動が激しいようだ。

 胸に見とれている場合じゃないが。


「無骨というか、質実というか……」

 こちらはローバーの速度を図りつつ歩く。

W.W.(ホワイトウィッチ)の歩行と同じくらいだな」

「旦那さまのご神体は、とても神秘的……いえ、魔神的でかっこいいです」

 メナがきらきらと目を輝かせる。

「い、生き物みたいよね、なんとなく」

 ベルーシカは体をこわばらせている。

 どうにか平静を保ってるように見える。

 ……嫌な予感がする。


 走行が安定したところで、パーシアンナは振り返った。

 風にばらける髪を押さえ、鋭く後方の姿を捉える。


 盗み損ねたローバーが追って来ていた。

 さらに遅れて、走る強面たちの姿もある。

 屈強に見えたが、この眺めからだとそれがかえって滑稽(こっけい)だ。

 あまり刺激せず、逃げたほうがいいか。

『先生、どうします?』

 集音マイクが甘ったるい声を拾った。


「あいつら山賊で異端者なんだから、やっつけなさいよ……」

 ベルーシカは痩せたような声をふり絞る。

 静かになったというよりも、これは……。

「う……」

 口元を押さえている。

 ぐっと俺の髪を握りしめる。

「待て、もう酔ったのか! 歩いているだけだぞ!」

 静かになったのが怪しかったのだ。

 俺の部屋ともいえるW.W.(ホワイトウィッチ)の中で。

 この密閉空間で。

 この至近距離で。

「おい、耐えろ、耐えろよ!」

 ベルーシカは無言でこくりとうなずいた。

 頼りない涙目で。


「ねえ、撃つの? 撃つの?」

 楽しそうにミシァが顔を上げた。

 きょろきょろとモニターに瞳を輝かせている。

 カメラの仕組みは理解したらしい。

「迷ってる? 迷うなら撃っちゃいなよ!」

 くっついた(ほお)を離すと、離したぶん以上に迫ってくる。

 長いしっぽがぐるぐると回る。

「撃てば爽快! ベルの乗り物酔いも治るって!」

 ばしばしとベルーシカの背中を叩く。

「うううっ……」

「やめろ! 刺激するな!」


 揺れないように歩くには神経を使う。

 集中しろ。

 振動を減らすことが最優先だ。

 W.W.(ホワイトウィッチ)は、すり足ができるだろうか?


「……メナ、気が散るんだが……」

 膝に乗せたメナが、じっと見つめてくる。

「旦那さまの操縦、勇ましくてかっこいいです」

「そうか……そういうのは心の中で思っていてくれ」

「あっ、心の中で思っていたのに、つい声に出ちゃいました!」

 潤んだ両目を胸にこすりつけてくる。

 華奢な腕が、また腰に巻き付いてきた。

「こんな近くで見れるなんて……ボクは幸せです、ついてます……」

「ああ、ついて(・・・)いるな……」

 この透けるような髪や肌。

 儚さの帯びた微風のように可憐な声。


 まるで少女だ。


 せまい操縦席を振り払うように(かぶり)を振る。

「メナ、もう少しどけてくれ、前が見えん。……あー。パーシアンナ。速度を落とさずに走れ。後ろは俺が止めておく」

『はい。では、お先に。ご武運を』

 パーシアンナのローバーが追い抜いていく。


 なんて優秀な仲間だろう。

 圧迫される操縦席の中で、ため息まじりに声を漏らす。

「もう、頼りになるのは君だけだ……」

『はうううっ……!』

 集音マイクが甲高いハウリングを上げた。

「おい、どうしたパーシアンナ!」

『先生! 先生! 先生……!』

 二本足がドスドスと荒く駆けていく。

『私も愛してますううう!』


 頭まで痛くなってきた……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 初手からハーレム展開ですね(*'▽')
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