”宴会”前
場所は変わって、もう直ぐ尾張市に差し掛かろうとする高速道路上の車内。
「・・・それ、何時頃聞いた話だい? ・・・じゃあ、今頃は、・・・だね。
その情報は確かに外務省から何だね? ・・・分かったよ。
・・・ああ、頼むよ。」
そう、助手席に座る四十代後半位の銀髪の女性が、険しい顔付きで端末を切る。
「・・・例の話が本格化するのか?」
「ああ。・・・ “政治家”の裏金もようやく底を付いたらしい。」
と、ハンドルを握る同い年位の男性が、会話の内容を理解している様で
前を向いたまま確認すると、銀髪の女性も険しい顔付きのまま、
前を向いて頷き、暫らく考え込む。
そして、
「まあ、法案が通ったとしても、暫らくは大丈夫だが、・・・」
「・・・時間の問題だろうね。」
『・・・』
そう、推測する男性に女性も憶測するが、それ以上の会話が続かず、
又、沈黙すると、
「丁度良いじゃないか。
宴会の後か明日にでも“優磨達”に話して、
“海外”の協力を得られる様頼めば?」
と、自分達では手詰まりと思ったのか、余り乗る気でない事を解っていながら
提案する男性に、
「余り、使いたくはないが、・・・今度ばかりは、そうする以外無さそうだね。」
そう、女性の方も他に良い案が思い当たらず、少し渋い顔を見せながら
妥協する様に応えると、二人は揃って溜め息を吐き、
又、沈黙してしまうが、
「なあ、涼子。
先の事故渋滞でかなり時間ロスしているんだが、
鷹城に伝えとかなくて良いのか?」
と、十分程前にようやく事故渋滞から脱出した事を思い出した男性が、
“涼子”と呼んだ隣の女性に促すと、ハッとした顔になった涼子が、
ポケットにしまった端末をもう一度取り出して繋げ、
「悪いね、綾菜。 実は・・・」
そう、切り出して遅れる旨を伝え始めるのであった。
その頃、“鷹城”では、
「御免、先に行っててくれる?」
「あっ、はい、じゃあ。」
と、私服へと着替え終わった由香里達は、綾菜と四人で元の“謁見の間”へと
戻る予定だったが、綾菜の端末がなった為に、三人は先に向かう事となる。
鷹城に来る際の、響とのメールのやり取りで、“楽な服装で良いよ”と
聞いていた為、 “そのまま寝ても良い様に”と着替えた服が、何故か
響も含めた三人共、色や柄は違うがスウェット地の長袖Tシャツにパンツと
揃ってしまい、“考える事は一緒だね”と顔を見合わせて笑いながら
部屋を出た時、響が誰かとぶつかりそうになって、咄嗟に躱して謝ると、
「あら、響さん。」
そう、応えたのは巫女装束を脱いで私服となった明日香で、
「えっ⁉ 明日香さん? ・・・何か、全然雰囲気が違う。」
と、衣装の所為なのか、先程までの凛とした威厳のある雰囲気は無く、
綾菜達と同じ、ごく普通の立ち振る舞いに、思わず驚きながら応えた由香里に、
明日香は “有難う”と、微笑んで返すが、
「酷いですね。 これでも、一応“人間”ですから、
角や尻尾の類はありませんよ。」
そう、麻里の方を向いて、にっこりと笑って応えると、由香里と響に
“じゃあ、後で”と言って歩き出す。
一瞬、麻里に向かって言った明日香の言葉に二人は首を傾げるが、直ぐに
“透視”の事を思い出し麻里を見ると、目を丸くして両手で口を押えており、
その顔を見た響は、大きく溜め息を吐くと、
「・・・麻里。 あんた、何を思ったの?」
「・・・あんまり綺麗で、若く見えるから、つい“化け物だ”って。」
そう、ようやく手を下ろしながら応え、“悪い意味で言った訳じゃないよ!”と、
必死で訴える麻里に、二人は“やっぱり”と、顔を見合わせて呆れ顔になり、
響は麻里の肩を叩いて“行くよ”と一言だけ声を掛けると、その言葉に麻里は
俯いて消沈し、それを由香里が苦笑顔で慰めながら歩き始めるのであった。
そして、 “謁見の間”に戻って来た三人だが、部屋の中は大きく
様変わりしており、上座にあった雛壇も取り払われ、部屋の端まで
テーブルが並べられている。
そのテーブルの上には、箸や取り皿等は置いてあるが、まだ料理が
並べ切れておらず、女性陣が慌ただしく運び入れている最中で、男性陣や
子供達等は、邪魔にならない様、廊下を挟んだ“大正殿間”で談笑しており、
三人もそちらに向かうが、
「えっ⁉ 何か、物凄く増えてる・・・」
と、儀式の時に見た人数よりも遙かに多い事に、麻里は驚き顔で応えると、
「各家代表で一組要れば良いし、仕事で出られない人達もいるからね。」
そう、響は“一応、平日だから”と、笑みを見せて教え、それに対し
“そりゃそうだ”と、自分達が学生である事に麻里は納得し、
「そうよね。
もし全員出席なんてしたら、“大正殿間”でないと出来ないんじゃない?」
と、由香里は床を指差しながら聞くと、
「 “大正殿間”処か、“謁見の間”と対をなす
“諜議の間”も使わないと無理だよ。」
そう、苦笑しながら謁見の間と大正殿間の向こう側を指差して応える響に、
二人は目を丸くして“えっ⁉ そんなに”と驚き、由香里はこの部屋にいる者達を
見渡しながら、改めて最大武家である“鷹城”の大きさを実感するのである。
そんな処を、
「あら、響じゃない。・・・って、四宮さんに栗原さん?」
「って事は、“お客様”ってお前達だったのか。」
と、三人は後ろから呼ぶ声に振り返ると、そこには同い年位の男女がおり、
「篠塚先輩、富田先輩、お久し振りです。」
「ちょっと響。 その呼び方、領内ではNGでしょ!」
「あっ、そうだった。」
そう、由香里と麻里が会釈する中、響は微笑んで返すが、その呼び方に
“篠塚先輩”と呼んだ女性は、少し睨む様にして注意すると、その事を
すっかり忘れていた響は、舌を出して謝り、悪気がない事を解っている
“篠塚先輩”は、直ぐに笑みを見せて響の鼻を指で弾くと、
「えーっと、“由香里さん”に“麻里ちゃん”でよかったかな?
二人も、“鷹城”では名前で呼んでね。」
と、二人に向かってウインクしながら要求する“篠塚先輩”に、由香里は
“やっぱり”と苦笑しながら、そうなるであろう事を予期していたが、
「えっ⁉ 私達も?
・・・って事は、えーっと、“美穂さん”に“俊也さん”で?」
そう、“自分達は除外”と思っていた麻里は驚きつつも、二人の本名を
思い出しながら名を呼んで確認すると、『風』の篠塚美穂と、
そのパートナーである富田俊也の二人は、黙ったまま何も応えず、
麻里に向かって親指を立てる。
そこに、
「 “凄い人達が来ている”って、お前達の事か。」
「ようこそ“鷹城”へ。」
と、美穂と俊也の後ろから声を掛けて来たのは、二人と同学年である『水』の
弓原啓介と、そのパートナーの奈良塚詩乃で、由香里と麻里は
二人に向かって会釈し、
「啓介さんに詩乃さんも、お久し振りです。」
そう、今度は名で呼んだ響が、笑みを見せて会釈する。
先程の篠塚美穂と富田俊也に、この弓原啓介と奈良塚詩乃の四名は、
由香里達の一つ上の先輩達で、実力も竜哉達四天王に匹敵する程の
猛者である。
「儀式を見たのなら解ったと思うけど、終わり方、びっくりしたでしょ?」
と、由香里達に向かって聞いて来る奈良塚詩乃に、
「えっ⁉ ええ。 びっくりしたと云うか・・・」
そう、いきなりの問いに驚いた由香里は、如何応えて良いか言葉に詰まり、
響の顔を見て助けを求め、
「いやあ、呆気に取られて、思わず突っ込みましたよ。」
と、笑いながら応え、それに麻里も頷くと、
「でしょ! あの尻切れトンボの様な終わり方は、他所じゃないからね。」
「そうそう。 去年の“新年式”からこんなパターンになって、
全員揃った処で挨拶して頭を下げたら“はい、終わり”って、
余りにも手抜きだろ。」
「あの時は、全員初めてだったから唖然となって、
暫らく固まっている内に優磨達が出て行くから、
そこからが大混乱になるし・・・」
「重蔵さんなんか、余りの短略化に大笑いし始めるから、
余計酷くなっちゃうしね。」
そう、啓介達四人も思い出しながら笑い始め、ここにはいない当主をネタに、
七人は談笑し始める。
その間にも、鷹城の門下達が続々と大正殿間に入って来ており、
何時の間にか倍以上の人数になっている事に、
「あの・・・ちょっと聞いて良いですか?」
と、驚き顔で周囲を見渡しながら聞いて来る由香里に、“何?”と詩乃が尋ねると、
「現在、“鷹城”の人達って、どれ位いるのですか?」
『えっ⁉』
そう、由香里は何気に聞いたつもりだったのだが、美穂達は少し驚き顔を
見せた後、啓介達と顔を見合わせて困り始めた為、
「あっ、御免なさい!
何となく気になった事だけなので、不味かったら言って下さい。」
と、 “内部事情に触る事だった”と直ぐに判断した由香里は、即座に謝るが、
「えっ⁉ あっ、御免、御免、全然問題ないよ。
私達が現在の人数を把握してなくて・・・」
『えっ⁉』
そう、由香里の謝った意味を即座に理解した詩乃が、少し顔を赤くしながら
困惑した事情を教えると、三人は声を揃えて唖然となり、その声を聞いて
恥ずかしくなったのか、美穂と俊也は更に顔を赤くしてそっぽを向くと、
「普段から名前と顔が解っているから、改めて言われるとな。
で、ざっとで良ければだが、大体八十組位いるんだが、
その内の半数は“北部”にいるから、ここにいる人数が残りって訳だ。」
「えっ⁉ じゃあ、まだこの倍はいるのですか?」
「ええ、まだまだ“鷹城”は健在よ。
この人数でも、半数以上が元『ランカー』だから、
そこ等辺の武家には余裕で勝てちゃうわよ。」
「えっ⁉ ここにいる人達の殆どが『ランカー持ち』だったの!」
と、少し照れながら教える啓介に、由香里は驚くが、続けて美穂が教えてくれた
内容に、麻里は大人達を見渡しながら驚く。
この美穂と麻里の口から出た『ランカー』と云うのは、国防軍が年に一回
行っている精霊武士の実技試験で、模擬試合形式で勝ち上がり続けると
精霊武士の序列も上がる訳だが、何万組もの中で千組以上の者達から
序列順位が付き、軍の在籍名簿にも書かれる為、
その者達を『ランカー』『ランカー持ち』と総称する様になった。
(因みに、千位以下の者達には順位が付かず、軍の在籍名簿にも『序列外』と
書かれ、啓介達と同級の九条真由美・安原直継ペアは、試験に対して
軍が指定する精霊数や実技レベルに達していない為に、在籍名簿には
何も書かれていない。)
で、“鷹城”の者達なのだが、
第二次防衛戦以降この試験を誰一人受けていない為に、在籍名簿には『序列外』
としか書かれてなく、世間には異名持ちの者達位しかその実力が判らず、
啓介から教えられた内容に麻里は驚いたのだが、由香里だけは違って、
― 名のある武家でも、『ランカー』は二十組位しかいないのに、
“鷹城”はその倍以上もだなんて・・・
そう云う処も、迂闊に手も出せず、
軍から警戒され続けている部分なのかも・・・
けど、『ランカー』がそんなにいるなんて、本当に凄い。
そう、驚く中で、軍との関係性も考えていた。
確かに、現在、日本精霊武家の筆頭たる藤堂家や、第一次防衛戦の
英雄・奥寺甚八の血を引く草薙家であっても、これほど多くの
『ランカー』はいない為、この二家に靡く武家は“鷹城”に
対して敵視する事が多い。
では、何故に正式な当主として申請していない“鷹城”を解体しないのか?
それは偏に家臣達の結束が強い処と、防衛戦時の軍の対応に強い嫌悪感を
示している処にもあるが、もし、“鷹城”を解体するとなった場合、衝突は
避けられず、それを慣行するには全武家の『ランカー』を総動員する位の
事をしなければ達成出来ず、その場合の人的損害は、国家の防衛維持すら
困難になる事が判る為に、軍は“英雄”と云う立場を付けて監視し、
“鷹城”の動きを警戒し続けている訳である。
そんな事情を察しつつも、まだ、これ程多くの猛者達が目の前にいる事に、
由香里は感嘆に浸りながら、周囲の人達を見渡し始めた時だった。
“謁見の間”外側の縁側から、四十代位の女性がじっとこちらを見ており、
その女性と目が合った由香里は“誰だろう?”と考えながらも会釈しようと
構えた瞬間、その女性は逃げる様に台所の方へと行ってしまい、
由香里は“えっ⁉”と少し驚くと、
「ん? 如何したんだろう、弥生さん。」
「えっ、弥生さんって?」
「あ、うん。今、大輔君のお母さんと目が合ったのだけど、
何か逃げる様に行っちゃったから・・・」
「えっ⁉」
と、響も見ていたのか、その女性の名を言いつつ首を傾げるが、
名を聞いた由香里は、驚きながら振り向き、
― じゃあ、今の人が瑞季ちゃんのお母さんだったのね。
あれは、響と目が合ったのではなく、私と目が合ったからで、
あの顔は、私が瑞季ちゃんの精霊を引き継いでいる事を知っている顔だ。
そう、先程までいた場所を見つめながら、“響ではなく自分を見ていた”と
確信に至ると、“ちょっと忘れ物をしたから”と言ってその場を離れると、
部屋に戻る途中にあった台所へと通ずる通路に向かい、その分岐路に着くと、
向こう側にいる筈であろう瑞季の母親・弥生に会う為、大きく深呼吸してから
歩き始めるが、
「由香里さん。」
と、後ろから呼ぶ声に驚きながら振り返ると、呼び止めた声の主は乾明日香で、
「気持ちは解りますが、
貴女は“お客様”として鷹城に来ているのですから、
今日は止めといた方が良いと思いますよ。」
「あっ、・・・けど、今、言っておかないと・・・⁉」
そう、近付きながら釘を刺す明日香に、 “透視”で読まれた事に気付いた
由香里だが、それでも弥生に会って話をした方が良いと思った為に、
恐縮しながら明日香に伝え様とした処で、明日香は人差し指を由香里の
唇に当てて、言葉を封じながら顔を横に振り、
「 “妹”の方には、“姉”である私から言っておきますから、
今日は“お客様”として過ごして下さい。」
「えっ⁉ “妹”って・・・じゃあ、明日香さんは瑞季ちゃんの‼」
と、自身の素性を遠回しで教え、由香里は一瞬首を傾げるが、即座に瑞季の
叔母である事を理解すると、目を見開いて驚き声を上げるが、明日香は唇に
当てていた指を強く押して、それ以上の言葉を封じる。
「瑞季に二人で会う場所を指定したのは、この私。
・・・私も、本当の気持ちは弥生と同じです。」
そう、耳元で教えた明日香は、唇に当てていた指を下ろすと、
そのまま由香里の肩に手を置き、
「近い将来、貴女は“鷹城”に来るのでしょ?
・・・じゃあ、瑞季の話はその時に。」
と、微笑みながら明日香が促すと、由香里は少し俯きながら頷くが、
― ・・・明日香さんは、解っていながら普通に接してくれていたんだ。
そう、心の中で呟く由香里は、何時の間に目から涙が零れ出しており、
今日来ている自分の立場を尊重してくれる明日香の気持ちに感謝すると、
涙を拭って心を整える様に大きく深呼吸し、そして、両手で自分の頬を
叩いて気を引き締め直した由香里は、
「取り乱して申し訳ありませんでした。 もう大丈夫です。」
と、頭を下げて笑みを見せると、明日香も笑みを見せて頷き、
「それじゃあ、皆の処に戻りましょう。」
そう言うと、二人は先程までの事がなかった様な明るい顔で、
謁見の間へと戻るのであった。




