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箱庭のヴィーナス  作者: 南条仁
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第10話:責任ってさ、誰かになすりつけるものじゃん

 前日の事もあり、ほとんど眠れずに涼介は学校に向かった。

 朝はいつものように合流する場所に桃華は来なかった。


「当然、か」


 涼介は桃華に嫌われてしまった。


「自業自得、俺が悪いんだからしょうがない」


 こうなる事もずっと覚悟していた。

 それなのに……。


「分かっていたのに、自分でしておいてショックを受けるなんてな」


 己の弱さに腹が立つ。

 涼介の心は張り裂けそうなほど痛く、切ない気持ちになる。

 あいにく、涼介は涙を流すようなタイプじゃない。

 その分、心に負担はかかるだろうけれど、いつもの事だ。


――耐えなくちゃいけない、それは桃華の痛みよりも軽いはずだから。


 でも。

 好きな女の子から嫌われることは何よりも悲しい事だ。


「……何をやってるの? 桃華はどうしたの?」


 待ち合わせ場所に来た奈央は不思議そうな顔をする。

 いつもいるはずの桃華がいない。


「あの事を桃華に話した」

「え?」

「全てを知った彼女に嫌いだって言われたよ」


 覇気のない声で話すと、奈央は真面目な顔をして、


「このおバカさん。アンタのことだもの。ストレートに言い訳もせず、自分のせいで傷つけたとか言ったんでしょ」

「バカって言わないでくれよ? 傷つきます」

「嘘だ。私の言葉程度で傷つくわけないじゃん」

「いや、毎度の暴言は適度に傷ついてますけど」

「涼介が傷つくのは桃華の拒絶だけでしょ」


 関係が悪化した現状。

 いつかはこうなるのではないか。

 そう、奈央も危惧していたのに。


「正直、アンタたちはこのまま進展せずにいるんだと思ってた」

「何が?」

「何も関係を変えることなく停滞する。それなのに、なんで前に進めた?」

「いろいろとあったんだよ」

「だとしても。これは全部、涼介が望んだこと……なわけがないか」


 そうだとしたら、こんな風にしょげているはずもなく。

 奈央はとりあえず自転車の後ろの座席に乗る。


「遅刻するから早く登校しましょ」

「……このお姉さん、失意の弟分の話を聞いてもくれないや」

「甘ったれるな。涼介の愚痴なんていつも同じでしょ。いつもいじけてるじゃん。私は私なりに手を差し伸べてきたつもり」


 それを拒否して、思いつめてきたのは涼介自身だ。


「すみません」


 それでも見捨てずに付き合い続けてきてくれる。

 それが奈央と言う一つ年上のお姉さんであり、彼の唯一の味方でもある。

 自転車をこぎながら奈央に心境を吐露する。


「……嫌われてはじめて知ったよ。もしかしたら、桃華は俺を許してくれるんじゃないかって期待していた甘ったれた自分がいたことに」

「淡い期待なんてする方が悪い」

「返す言葉もないな」

「好きな子にフラれて目が覚めた?」

「本当に自己中心的な気持ちだ。俺が彼女に対して、好きという気持ちを抱く資格なんてなかった。そんな自分をいつの間にか忘れていた」


 口では何かとそう呟いてたくせに。

 心のどこかで安心してた気持ちがあったのかもしれない。


「俺たちの世界って理不尽な事ばかりだ。本当にそう実感するよ」

「ご都合主義の展開はドラマや映画の中だけ。現実っていうのは甘くない」

「おっしゃる通りで」

「でもね、アンタの悪い点があるとすれば、自分の責任だと思い込んでること。傷つけたのは涼介じゃない。事故を起こしたのもアンタじゃない」

「助けられなかった。あれは俺の罪だろ」


 涼介は恐怖に負けて、伸ばしたはずの手を引っ込めた。

 その一瞬の判断ミスが桃華に一生残る傷跡をつけた。


「……涼介はまず自分を許すところから始めるべきだった」

「自分を許す?」

「はぁ。このおバカさんは桃華に中途半端な説明したんでしょう。悪いのは俺だ、とか。そんな程度のことしか言わなかったに違いない」


 奈央は想像通りの展開に苛つきながら、


「責任ってさ、誰かになすりつけるものじゃん。自分から好き好んで背負うものじゃない。私なら誰かのせいにする。なすりつけまくる」

「おいおい。それは人迷惑すぎるだろ」

「アンタみたいに、悲壮感で息詰まるよりマシだもの」


 気が付けば校門に近づいてきたので自転車止める。

 そっと地面に降りた奈央は、


「……事故は自然災害のせいで起きたもの。誰かに止められたわけでもない。たくさんの人が亡くなったのも、アンタが悪い?」

「違うけど」

「土砂崩れに巻き込まれて電車が崖に転落したのは涼介のせい?」

「……」

「桃華が怪我をした。その責任だけが涼介のせい? 違うでしょ。アンタが悪いと思ってるのは臆病に手を引っ込めてしまった行為だけ」


 奈央から言わせれば、それは責められるものではない。

 土砂に埋もれた少女を助けようと必死だった。

 どうしようもない状況で、最善を尽くした結果が報われなかった。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 罪と呼べるほどのものでもないのに。

 だけど、涼介はそれを自らの罪として背負っている。


「あの手が届いていたら本当に桃華は怪我をしなかった?」

「……」

「分からないでしょ。届いていても、いなくても、怪我はしていたかもしれない。もしものことばかり、後悔し続けて。現実が見えてない」

「現実……?」

「過去ばかり振り返っているようじゃダメってこと」


 彼女はため息交じりに、


「桃華を傷つけたのは涼介じゃない。いい加減、そのことを自分で認めなさい。加害者意識を持つのは勝手だけど、アンタは被害者でもあるんだから」

「それは……」

「そうやって、いつまでも自分を責め続けて。その結果が桃華を傷つけてるのが分からない? アンタのそのいじけっぷりのせいで、二度も三度もあの子を傷つけてる。それは顔の傷よりもきっと深い傷になってるわ」


 何も言葉が出てこない。

 自らの罪の意識に押しつぶされた。

 その結果が桃華を困惑させ、傷つけてしまった。

 奈央の発言に涼介は表情を強張らせる。


「決めたわ。今日の放課後、中庭に集合。いい?」

「は?」

「私が桃華を無理やりにでも連れてくるから。ちゃんと話をしなさいよ」

「ま、待ってくれ。あの、無理には」

「うっさい! もうアンタのいじけっぷりには飽き飽きしてるの」


 有無を言わさないとはこのことだ。

 こうと決めたら真っすぐに。

 それが奈央の性格である。


「いい? 逃げるなよ? 逃げたら家まで押しかけてやるから」


 奈央はびしっと人差し指を突きつけて宣言する。


「――涼介と桃華はここで終わらせちゃダメなのよ」


 お節介焼きの幼馴染のお姉さん。

 強引にもこの最悪の状況を変えようとする。


「俺、お腹が痛いので今日はこのまま帰ります」

「そこでヘタレるな!?」


 もう一度、話をする機会を与えようとしてくれるのはありがたかった。

 今度は何も隠さずに、すべてを話そうと決めた涼介であった。

 

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