超級編―国家を転覆させよう10
リリアは侍女に風呂に入れられ、きれいさっぱり洗われると、白い寝間着を着せられた。
(ガラではないのだが)
フリフリのそれは少々恥ずかしい。
「リリア!出たか!」
「陛下」
「シルビアで良いと言っただろうが!」
女王―シルビアも似たような寝間着を着ていて、すでにベッドで横になっていた。こっちこっちと手招きする。リリアは仕方なく、ベッドに座った。
「―すまぬの。さすがにその手錠は外してやれなかった」
「いえ、外された途端逃げるので正しい判断ですよ」
「誠か!」
「ええ」
リリアはにやりと笑った。シルビアは人を簡単に信じすぎる。少しくらい思い知らせておいたほうがいいだろうとリリアは思った。
「まあ、確かに早く連れの鬼に妖魔をまとめさせたかろうな」
「そうきましたか」
「敬語もよい!リリアは我が民ではないからな!」
「―なら遠慮なく」
リリアは咳払いをした。厳しい目をシルビアに向ける。
「私が、国外の連中からシルビアの命を狙うよう言われた暗殺者だとは思わないのか」
「何故外の奴らが私の命を狙うのだ?」
「15年前、この国は鬼とそれに連なる人間を無理やり国から追い出した。生まれ育った土地を追われた恨みは強い」
「なるほど―」
シルビアは起き上がって腕を組む。銀糸の髪がさらりと揺れた。リリアは自分の髪をつまむ。本当は、一度くらい自分も髪を伸ばしたいと思っている。
(母さまのようには似合わないだろうが)
「やはり私は世間知らずのようだ」
「そう思うなら、アストラスの言葉をよく聞くことだ」
「おかしなやつだな。私がアストラスの言葉を受け入れたら、お前たちは死ぬんだぞ?」
「―そうだな」
シルビアはにぱっと笑った。邪気のない笑顔はやはり黒い鬼を思い出させる。
「それに、人を見る目には自信がある」
そう胸を張る姿は堂々とはしているが、やはり心配になる。
(だからアストラスは耳を切り落としてまでここにいるのだろうか)
リリアは部屋の外で警護するこの国で唯一の鬼に思いをはせた。
(私の首をへし折ろうとしたことは許さないがな)
「もっとこっちへ来い!」
「うわ!」
シルビアはリリアを抱き寄せベッドに倒れこんだ。ふふふとうれしそうに笑う。
「私は本当は妹が欲しかったんだ」
「はあ」
リリアは半端な返事しか返せなかった。しかし見ればシルビアの頬は紅潮していて、本当にうれしいのだとすぐに分かった。
「ということは、シルビアが姉か。頼りない姉だな」
「ひどいことを言う妹だな!」
ふたりは顔見合わせて楽しそうに笑った。
※
カラカラと、ケラケラと少女たちの楽しそうな声が聞こえてくる。アストラスはため息を吐いた。
(確かに、陛下には友人がいない)
最大派閥を持つ大臣が、彼女を敵対視しているからだ。彼女が完璧なお飾りの王になっていないのは、ひとえにアストラスの尽力による。この国の軍部は、アストラスがすべて掌握していた。
(殺すにしても、逃がすにしても、アズリルの民ではないから後腐れもない)
シルビアはそういうところは冷静だし、よく判断している。
『私は本当は妹が欲しかったんだ』
それは初めて知った彼女の思いだった。今までずっと、困らせるからと父親にも話してこなかった思いだろう。
「あのリリアという娘も人が好いのか」
シルビアが強引な可能性もある。いや、後者のほうがあり得るとアストラスは痛む額を押さえた。
「アストラス様」
兵士が声をかける。アストラスは額を押さえる手を下した。
「―鬼のほうはどうだ」
「は。食事をとった後はずっと眠っています」
「―そうか。何かあればすぐに報告しろ」
「はっ!」
兵士は報告を終えると敬礼をして去っていった。アストラスは考える。
(今のところ、両者とも怪しい動きはない)
まだ大丈夫だ。アストラスは大きくため息をついた。
※
「暇ー」
その牢獄には、そんな声が響いていた。
「暇ー!」
ドンと音がする。
「暇暇暇暇暇暇暇!」
どんどんどんどんドン!
「なんだ!何の騒ぎだ!」
見張りの兵士が走ってくる。見れば黒い鬼が仰向けに寝転んで壁を蹴っていた。兵士を見ると、にまっと笑った。
「ねえ、俺暇なの!何かして遊んで!」
「暇って。お前自分が捕まってるってわかってるのか?」
「捕まってるっていうか。リリアが来いって言うまでここにいるだけだよ?」
「は?」
兵士は思い出す。確か一緒に旅をしている鬼がいたはずだ。それはアストラス預かりになっている。
「あの娘が来いと言うまでだと?」
「うん、そう」
「―そうか」
兵士は十六夜を置いて檻から遠ざかっていく。十六夜は面白くなさそうにちぇっと息を吐きだした。
※
「リリア、旅は楽しいか?」
明かりを消した部屋で、背中合わせに寝ているいリリアに、シルビアは問いかけた。
「―ひとりの時よりは」
「そうか」
ふふっとシルビアは笑った。その笑いに何か感じるものがあって、リリアは仰向けに寝返りを打つ。
「旅が、どうかしのか?」
「―なんでもないよ。ただ、もし王女として生まれなかったら、何をしていたかと思ってね」
「そうか」
(もし、私が鬼神の娘でなかったら)
そう仮定して、首を横に振った。
「今以外の自分などありえない」
「…そうだな。愚問だったな」
お休みと言って、シルビアはそれ以上は話さなかった。




