超級編―国家を転覆させよう7
「うまく振り切れたな」
「うん」
建物と建物の隙間、裏道でリリアと十六夜は顔を見合わせた。そしてくすくすと笑う。
「そう思い通りになってたまるか」
「入れたね」
ふたりは上機嫌だ。
「さて、街道に出るか」
「そうだね」
「とりあえずここからなるべく離れよう」
東西南北はなんとなくわかるから、なるべく南からずれないように進むしかない。進めるだけ進んで、街から出てしまえば野宿でも問題ない。森があれば狩りもできる。
木を隠すなら森の中。下手に人通りの少ない場所を通るよりもいいだろうという判断で、ふたりは真昼の街に足を踏み入れた。
兵士を振り切っている間にも思ったが、ここの街並みはきれいだ。白レンガで舗装された道に、色とりどりの壁は美しかった。あちらこちらに水路が走っていて、小さな橋が架かっている。
「きれい」
十六夜は瞳をキラキラさせながら辺りを見渡す。リリアも以前来た時の記憶が古くなっており、新鮮な街の様子に満足そうだ。
街の風景を楽しみながら、怪しくない程度に足早に進む。時折走っていく兵士を、路地裏などでやり過ごす。時には十六夜の外套に入ってしれっと一人のふりをしたりもした。
昼間は街を移動して、昼過ぎには街を出ることができた。観光―もとい、買い食いできなかったのが少々残念だが、こんな国は早く通り過ぎてしまうに越したことをはない。
街と街をつなぐ大きな道を歩く。下手に外れて何をしているのか問われても困る。
日が暮れるまで進めるところまで進んだ。夜目が利くため日が沈んでから移動してもよいのだが、夜勤の兵士に見つかると面倒だと考えた。街の外の大通りから外れた場所で野宿をすることにする。街に入って宿に泊まると足がつくと思ったからだ。
警戒して火も起こさずに、木の根元でごろんと横になる。
「兵士、来ないね」
「私の姿くらいは見えていたと思うんだがな」
真っ黒装束の小娘だとは判別がついただろうなとリリアは思っている。それでも誰からも声をかけられないと言うことは、思ったより警備はガタガタなのかもしれなかった。
(まあ、外から人は来ないし、中の人間も外には出ない。徐々に警戒心は薄れるだろう。…この国境の街で?)
それはさすがに腑抜けすぎるとリリアは眉根を寄せる。
「どうしたの変な顔して」
「変!」
「うん。ぎゅーって皺寄ってたよ」
十六夜に変な顔だと言われて、予想外に傷心する。リリアは右手の人差し指と中指で眉間をほぐす。
「国境の街にしては警備がザルだと思っただけだよ」
「国の外の兵士は厳しかったのにね」
(教育にムラがあるのだろうか)
鬼を追い出して15年。人間だけの軍編成はまだうまくいっていないようだ。
コーサス国では鬼使いが軍や警察のような役目を負っているところがある。軍や警察にも鬼も居るには居るが、ほとんどが人間だ。そもそも戦闘向きな鬼であるほど、人の組織ではなく自分が認めた一人の魔術師と契約する傾向にある。優秀な魔術師も、鬼と契約したがるものだ。自然と、組織に属さない鬼使いが増えてくる。それを個々で管理しているのがコーサス国のやり方だった。
(鬼使い同士が組織を組んでいる鬼の里のような場所のほうが珍しい)
鬼の里を鬼の里足らしめているのは掟であり、それを守らせる上からの力だ。その力の一つが浅葱なのだろうが、核にいるのはあの鉄斎とやらだとリリアは予想している。
考えに耽っていると、十六夜の方から寝息が聞こえてくる。スースーと気持ちよさそうだ。
「―のんきなやつだな」
そんなことを言うリリアにの顔にあるのは笑みだ。季節はもう冬になろうとしている。南に下ってきているから特段冬になっているとは感じないが、鬼の里の方はもしかしたら雪が降っているかもしれない。
(少し冷える)
リリアはじっと十六夜を見た後、もぞもぞと十六夜に体を寄せて、満足そうに眠りについた。
※
リリアと十六夜は、遠目に城壁が見える場所で座り込んでいた。アズリルに不法侵入をして3日経つが、隠し通路がつながっていた屋敷の兵士以外とは鬼ごっこにはなっていなかった。
(何の問題もなく、王都まで来てしまった)
最初の街で購入しておいた地図をリリアは広げていた。するするとここまで来れたことは気持ちが悪い。しかし足を止めている暇はない。のだが、王都は城壁で囲まれており門番がついていた。王都に入りたい人間が列を作っている。そこを通るのはさすがに危険だと判断した。
(どうせなら避けていきたいが、でかいな)
城壁の周りにも兵士がいて、王都に入らなければ入らないでそれは怪しく映りそうだ。
(どこか侵入できる場所はないか)
城壁を見張る兵士の目をかいくぐってどうにか入り込みたい。目を凝らせば、城壁の上にも見張りがいるようだし。
(ここにあんまり座り込んでいてもおかしいだろうしな)
見た目はあと少しで王都につく旅人が一休みしている風景だろう。しかし、一休みは長すぎてはいけない。
(避けるか、入るか)
リリアが考え込む中で、十六夜はのんびりと空を見上げていた。もちろんフードは落ちないように押さえている。今日もいい天気だ。
「「!」」
突然鋭い視線を感じた。ふたりは立ち上がる。気づけば、目の前に大柄な男がいた。濃紺の髪と瞳をした、厳しい顔つきの男だった。
「何故ここに鬼がいる」
距離をとろうとしたときには、リリアの腕は男に捕まれており羽交い絞めにされる。口も押さえられ詠唱ができない。それに、口を押さえるために顔に添えられた大きな手は、そのままリリアの首を簡単に折れるのだと言っていた。
鋭い殺気が十六夜に刺さる。十六夜はリリアを人質に取られた状態で動くことはできなかった。
「ついてこい」
低い声に従うしかない。男は城壁の門に向かって歩き始めた。
(隙がない)
十六夜は男の様子をうかがうが、今どうこうできる相手ではなかった。
(戦いたい―)
ギュッと両手を握る。この男は強い。自分たちが接近に気づくのに遅れた。そして瞬時にリリアの方を弱いと判断し、人質に取った。その判断力。
(それに、この人)
鬼だ―。
あの動きは鬼にしかできない。それに、十六夜の血が、この男は鬼だと言っていた。耳を確認しようと少し上体を傾ける。
「動くな」
「はーい」
すぐ男にくぎを刺され、十六夜は耳の確認をあきらめる。
「アストラス様!」
門に差し掛かれば、門番がそう男を呼び敬礼する。アトラスと呼ばれた男は小さくうなずいた。
(鬼らしくない名だな)
リリアと同じ感想を十六夜も抱いていた。
(鬼の名を捨てたのか?)
リリアは抵抗をあきらめている。ここで首を折られたらどうしようもない。リリアは不老不死ではないのだから。
(だから私の方を捕らえたのだろうが)
「アストラス様!罪人を捕まえたのですか?その子ども、引き受けます」
「いや、気遣いは無用だ」
「しかし」
「この者たちは鬼だ。お前たちに扱えるものではない」
「鬼!」
前方から走り寄ってきた兵士は、アストラスの言葉に驚いたように声を上げた。そしてまじまじとリリアと十六夜を見る。
「フードはかぶったまま歩かせる。街が混乱するからな」
「馬車を呼びましょうか」
「―そうだな、そちらのほうが助かる」
ご丁寧に、馬車で城まで連れていかれることとなった。




