上級編―集団行動をしてみよう10
気づけばコクリコクリと揺れていた。部屋の持ち主が夜中に出て行ってどれだけの時間が経ったのだろうか。タカラベは、火事で家を失った後、リリアと十六夜の宿の部屋に連れてこられていた。確か、翡翠の首を獲りに行くのだと言っていた。聞けば正面突破するつもりだとか。
「帰ってくるのか」
何度依頼しても、あの鬼の首が手元にやってくることはなかった。時にはあざ笑うかのように、タカラベが依頼した人間と鬼の首が届くことすらあった。
(ああ、でも)
思えば、どうして今度の客だけ吐かせようとしたのか。いつもは見て見ぬふりをしていたというのに、今回だけはどうしてあの二人の素性を聞きに来たのだろうか。
(もしかしたら)
翡翠側の動きの違いは、今回は違うのではと思わせる。あの二人は特別なのではないかと思わせる。タカラベはうっすらと白んできた空が見える窓際の椅子に腰かけながら、両手で顔を覆った。
「どうか、どうか」
(神がいるのだとしたら)
「そろそろ私の願いはかなってもいいのではないのだろうか」
「願うだけで叶うほど世の中は甘くはないよ」
その声に慌てて扉を見れば、黒い鬼と小さな主人がそこにいた。鬼の方は出かけているときは持っていなかった袋を手にしていた。
黒い鬼は、うれしそうに笑いながらタカラベに歩み寄る。
「しかし、お前は運がいい」
いや、私もだな、と少女は続ける。その少女を置いて、鬼はにっこりとタカラベの前に立った。
どすんと、テーブルの上に袋を置く。―血の匂いがした。
タカラベは、震える手で袋のひもを解いた。はらりと布が広がる。そこにあったのは、鬼の首。
窓から朝日が差し込み始める。その日差しに光る男の髪は、鮮やかな緑色で―
「翡翠っ!」
タカラベは両手で口を覆った。涙があふれた。
顔も、色も、確かに記憶していた鬼のものだった。
己の愛した鬼を奪った鬼のものだった。
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
「でも、泣いているよ?」
震えて声が出ないタカラベの代わりに答えたリリアに、十六夜が振り返る。リリアは袖のない上着をベッドに放ると、十六夜の隣に立った。
「うれしくても涙は出るものさ」
「そうなの?」
「そういうものだよ」
ふうん、と言ったあと、そういえば自分もリリアと出会ったばかりのころはよく泣いていたと十六夜は思いだす。浅葱たちに優しくしてもらって流れた涙は、うれしくて流れたものだったのかと納得する。
(まあ、単純にうれしいだけではないだろうがな)
いくら仇をとったところで、奪われた命は元には戻らない。喜びと、その事実に対する複雑な思い、たくさんのものが胸に渦巻いているだろう。リリアはそっと目を伏せた。
「聞いてくれるか」
「何を?」
「お前さんたちにとってはつまらない話さ」
首をかしげる十六夜に、タカラベは涙でぬれた顔で笑った。
※
桜花は、少女の姿をした鬼だった。その名の通り、桜色の髪と瞳をした美しい娘だった。少し癖のある揺れる髪を気にしていた。そんな桜花とタカラベが出会ったのは、まだタカラベが彼女の外見年齢より幼い時だった。ちょうど、親の跡を継いで刀鍛冶になるのは嫌だと反発していたころだったと記憶している。
「え~刀鍛冶、かっこいいのに」
美しい年上の少女にそう言われて、単純にも修行に打ち込むようになった。桜花は、気は強いが戦闘には向かない鬼だった。だから、賞金首などではなく、商売を営んで生活していた。移り気のある娘で、この前までパン屋で働いていたと思ったら今度は居酒屋で働いていたり、かと思えばわからないだろうに武器屋で店員をやったりしていた。
もともと気質が子供っぽかったのだろうか、幼いタカラベと気があった。よく遊んでもらったし、一緒にいたずらもした。それがいつの間にかタカラベのほうが背が高くなり、外見も少女と青年が並ぶようになったころ、二人は恋仲になった。
人と鬼が結ばれることはそう多くはないから、街外れに家を建ててそこで二人一緒に暮らしていた。タカラベは刀鍛冶として仕事をし、桜花はそんなタカラベを支えた。
このまま二人の幸せが続くと思ったとき、翡翠がタカラベのもとを訪れた。その時は珍しくもタカラベから刀を買うつもりでやってきていた。翡翠のことを指名手配犯だとも知らず接客した二人だったが、翡翠が桜花を気に入った。
翡翠はしばらくしつこく桜花に会いにやってきた。もしかしたらそれも遊びの一環だったのかもしれない。翡翠は時折自分の凶悪な一面をのぞかせては桜花に自分の女になれと迫ったが、それに桜花は屈しなかった。
そして、とうとう桜花は殺された。タカラベの目の前で、首を切り落とされたのだ。タカラベは自分も殺せと言ったが、翡翠はあざ笑うかのようにタカラベを殺さなかった。
タカラベは桜花の遺骨を練りこんだ刀を打った。その出来に恐ろしくなり、裏の桜の根元に埋めた。
その後はただ生きた屍のように過ごしてきた。ただ、及第点の刀を打ち、それを売って生計を立てつつ、時には刀を渡す代わりに翡翠の首を望んだりもした。
しかし、いっこうに願いはかなわなかった。
その時現れたのが、リリアと十六夜だった。
※
「それでやっと翡翠の首が来たんだ」
へーっと十六夜は感心したように目を輝かせた。それにリリアは苦笑した。タカラベも困ったように笑っていた。
「そういえば、リリアも翡翠と知り合いだったね」
「そうだな」
「そういえばそうだったな」
十六夜の言葉にリリアが頷く。タカラベも興味がわいたようだった。それにリリアはうーんと考えた後、扉の方に視線を向けた。
「それを聞く権利はお前たちにもあるな」
「あ、穂村たち?」
ずっと部屋の前にいるよね~と十六夜は笑った。それに驚いたのはタカラベだ。
「今回一緒に仕事を請け負った仲間だよ」
「全部お前らに持っていかれたけどな」
あきらめたように部屋に入ってきたのは穂村だ。その後ろに朱熹とジェドが続き、白磁とシルア、最後にラドリアが入ってきた。
「ミラルダは渡してきたぜ」
「ああ、助かるよ」
穂村は十六夜が寝ていたほうのベッドに腰かけた。朱熹はお邪魔するわね、とリリアのベッドに腰かける。おいでと白磁を呼べば、白磁も隣に座った。各々、ベッドに座ったり、壁に背を預けたりして落ち着いたのを確認してから、ふむとリリアはうなずいた。
「私は訳あって旅をしていてね。今は十六夜と旅をしているが、十六夜と出会う前は一人で旅をしていた」
「半分鬼なら稼ぐのも楽だったろう」
穂村が厭味ったらしく言った。リリアは笑った。
「そうはいかない時期が私にもあったのさ」
仕方ないとリリアは話し始めた。
※
旅を始めて数か月。一向に金の稼ぎ方もわからず、盗みを働きながら旅をしていた時期だった。自分の力の使い方もわからず、ただ身体能力が高いだけの子どもだった。当然簡単に鬼に捕まった。そこを助けてくれたのがミラルダだった。
「お前も鬼の血が流れているみたいだね」
そう笑ったきれいな女の体に、確かに鬼の血が流れているのをリリアは感じ取った。それも気を許してしまった所以かもしれない。
「困っているなら、私のところにおいで」
一人旅に右も左もわからないころだった。不安でたまらなかったリリアは、すぐについていくことに決めた。
数日の間、ミラルダはリリアをかわいがってくれた。力の使い方を教えてくれたのも彼女だった。そんな彼女は、リリアにあの手錠をかけた。
力が抜けていく感覚は今でも覚えている。あれほど不快な感覚もそうない。
ミラルダが自分を売り飛ばそうとしていることを知った時にはもう逃げるすべはなかった。困っていると、ミラルダの隠れ家を襲撃する一団があった。今思えば賞金稼ぎの魔術師や鬼使いだったのだろう。
乱闘が起きた隙にどうにか逃げ出した。道端で倒れこんでいたところを旅をする鬼使いたちに拾ってもらった。その一団と旅を共にさせてもらい、リリアは金の稼ぎ方などを学んだのだった。そこで実力と自信をつけてから、一団から離れて一人で旅をするようになったのだ。
※
「それで、俺と会ったんだね!」
十六夜はうれしそうにそう言った。リリアは笑って頷いてやる。それにふふふと十六夜は笑みを深めるのだった。
「のんきなやろうだ」
穂村は十六夜を見てあきれたように言った。十六夜は気分を害することもなく、不思議そうに首をかしげるのだった。
「まあ、私のつまらない話はこんなところだよ」
「今回はよく勝てると踏んだな」
ジェドが感心したように口を開く。リリアは薄く笑った。
「力の使い方さえ覚えてしまえば、私のほうが鬼の血は濃いからな」
まあ、とリリアは付け足す。
「ミラルダは一族の中でも先祖がえりをしたようだと言っていたよ。自分だけが異様に強い力を持っていたと言っていた。あいつは少し特殊だ」
「信じるのか?」
「ここはうそをつく意味を感じないからね」
穂村にリリアはそう返す。
「でも、いい具合に利用されちゃったわね」
くすくすと朱熹が笑った。それにはすまなかったとリリアは素直に謝る。それに少し不服そうなのは十六夜だ。
「元は俺とリリアで受けようと思ってたんだよ?」
「早い者勝ちなんだよ」
穂村ががおと吠えた。それにも不満そうだったが、十六夜には返す言葉がなかった。
「でも、十六夜がいてくれてよかった」
白磁が朱熹にぴったりくっつきながら言った。
「私たちだけじゃ、きっと死んでたから」
「ちっ!」
白磁の言葉に、穂村は舌打ちした。白磁はびくりと震えたが、その頭を朱熹とシルアが撫でて落ち着かせる。
「で、どうすんだ」
「なにを?」
「首だよ、首!やるったって、どうすんだよ」
そう穂村に言われて、タカラベはもう一度テーブルの上にある翡翠の首を見た。首をかしげている十六夜の前で、翡翠の首をもう一度包みなおす。
「俺はもう満足だよ」
「いらないの?」
「じゃあ、持ってこうぜ。金になる」
不思議そうにする十六夜の声を無視して穂村が提案する。それにうーんとリリアが考えてから言った。
「これはお前たちが持っていくと良い。迷惑料だ」
「それはそれで気に入らんがな」
「そうか?じゃあ少し分けてもらうかな」
「もらえるもんはもらう主義だ!」
断ろうとする穂村に、ラドリアが割り込む。くつくつとリリアは笑う。
「蓄えはある。心配は無用だ」
「確かに、この前も悪い奴捕まえたしね」
「お前、捕まえられるのかよ。殺さずに」
穂村からの突込みに、十六夜は心外だと声を上げる。
「俺、リリアが殺していいって言わないと殺さないよ!」
「それもそれでどうかと思うがな」
そんな会話をしているうちに、日はどんどんと登り部屋は明るく、温かくなっていた。タカラベは立ち上がる。
「どこに行くの?」
「家の片付けもしないといけないからな」
「あそこに住むの?」
「ああ、桜花と暮らした場所だからな」
その言葉に、十六夜は優しげに目を細めた。そして十六夜も立ち上がる。腰に差してある桜花を抜くと、それをタカラベに差し出した。
「返すね」
タカラベは目を丸くする。
「それは、お前が持っていくんじゃないのか」
十六夜は首を横に振る。
「桜花が殺すのは翡翠だけ。それに、あなたと一緒にいたいって言ってるから」
「っ!」
タカラベは震える手で桜花を受け取った。
「今度は埋めないで、家に飾ってあげて」
「桜花の宿願は果たされた。それはもう妖刀ではない」
にっこりと笑う十六夜の言葉を肯定するように、リリアも桜花が妖刀であることを否定した。
ふわりと、タカラベは熱を感じた気がした。
「桜花!」
タカラベは、鞘に入っている桜花を抱きしめた。止まっていた涙があふれだす。止まっていた時間が動き出すのを感じた。
「二人で幸せに暮らしてね」
十六夜の言葉に、タカラベはありがとうと返すのだった。




