上級編―集団行動をしてみよう6
仕方がないから、別の刀鍛冶から刀を手に入れようと昼時に街に二人は繰り出した。しかし、なかなか気に入ったものは見つからない。
「先に翡翠の首、取りに行こうかな」
「それはルール違反だ」
先走りそうになる十六夜をリリアがなだめる。十六夜はちぇーと唇を尖らせた。リリアは苦笑しながらふと視線をずらすと、黒い煙が目に入った。同じように気付いた人々が足を止め始める。
「あれは―」
「タカラベさんのところだ!」
十六夜が地を蹴る。慌ててリリアもその背を追った。
(まさかとは思ったが、本当にタカラベのところだとは)
十六夜のほうが目がいい。そんな十六夜がタカラベのところだというのだから、そうなのだろうとリリアは判断する。
人ごみが邪魔で走りにくい。同じことを十六夜も思ったらしい。ぐっと膝を曲げたと思ったら建物の屋根に飛び乗った。それにため息をつき、リリアも魔力で足場を作って屋根に上った。
見やれば十六夜の背は予想より遠くにある。
(焦っているな)
いつのまにタカラベをそこまで気に入ったのかと、リリアはまたため息をこぼした。そして足を動かす。
(まだ、一人で行かせるわけにはいかないからな)
主はどこまでも冷静に、己の鬼を追いかけた。
※
「タカラベさん!!」
十六夜はがらりと横に扉を開いた。勢いあまって壊してしまうが、そこは気にしている場合ではない。
部屋中に炎が広がり、どす黒い煙が溢れだす。ごほごほと十六夜は咳をした。腕で口元をかばうがなかなか止まらない。
「お前は外で水でも用意していろ。私の方が小さいから煙を吸わずに済む」
行け、と残してリリアは炎に包まれる店兼住居に足を踏み入れた。時折固いものを踏む。それは床に散らばっていた刀なのだろうと思いながら、リリアは工房と思われる方へと足を進める。後ろに気配がないから、十六夜はおとなしく庭の井戸にでも行ったのだろう。
「タカラベ。いるかタカラベ」
煙を吸わないように気を付けるとあまり大きな声は出せない。工房の方で、何か動いた気がした。
「うう」
うめき声のようなものが聞こえる。リリアは急いでそちらに向かう。工房には刀は散らばってはいないようだと思いながら駆け寄る。
タカラベは、頭から血を流して倒れていた。リリアは急いで息を確かめる。まだ呼吸はしている。死んではいない。
「刀をもらい受けるまでは死なれては困るからな」
そんな言葉をこぼしながら、リリアは小さな体でタカラベを担ぎあげた。身長は足りないので、タカラベの足は引きずることになるが、そこは贅沢は言ってられない。ずるずるとひきずり、裏口から外へ出る。瞬間、ばしゃっと水が掛かる。
「あ」
そう声をこぼしているのは十六夜だ。裏口から出てくると見当をつけて、火が燃え移らないように水をかけていたらしい。
(なかなか賢いじゃないか)
リリアは駆け寄る十六夜にタカラベを渡す。十六夜はひょいとタカラベを持ち上げるとあっちに川があると言って走り出す。リリアもそれに続いた。
水辺まで逃げれば、火の熱さは伝わってはこなかった。十六夜はゆっくりとタカラベを地面に寝かせる。リリアはそっとタカラベの体に触れる。手の平から赤い光をこぼし、手当の術を掛ける。
「助かる?」
「傷は治せるが、間に合うかどうか」
「助けて!」
まっすぐな瞳を受けて、リリアはタカラベに向きなおす。ただ必死に願う。
(間に合え!間に合え!!)
意識はあった。まだ大丈夫なはずだと、リリアは強く念じる。冷たい風が川から伝わってくるが、額を汗が伝う。リリアの手から赤い光が消える。
「手当は済んだ」
(後は本人の体力しだいだ)
険しいリリアの表情に、十六夜も不安げな顔をする。二人の視線を受けながら、タカラベが身じろぎをした。
「うう」
「タカラベさん!」
十六夜がかがむ。顔を覗き込むように近づける。タカラベはうっすらと目を開けると視線をさまよわせた。そして、一点で止まる。
「うわ!」
「十六夜、顔が近すぎる」
「ごめんごめん」
リリアの言葉に、十六夜は体を起こす。タカラベは十六夜から距離を取ろうとしたのか肘をつくが、どこか痛んだらしい。顔をしかめる。
「治癒の術は掛けたんだがな」
完治はしなかったらしいとリリアは肩をすくめて見せた。
「治癒の術?」
タカラベはゆっくりと体を起こし、自分の手の平を見た。閉じたり開いたりしている。
「どうして―」
「ん?」
「どうして助けた!」
タカラベの叫びに、そういえばこいつは死にたがっていたなとリリアは思い出す。
「だって、俺、あなたの刀まだもらってないもの!」
「刀はやらんと言っているだろう!」
「でも、他の人の刀も見て回ったけど、やっぱりあなたのがいい!」
「ごたごたとうるさい!」
「言い分は分かった」
わめき合う十六夜とタカラベにリリアが静かに割って入る。二人の視線を集めながら、リリアは冷たい瞳でタカラベを見つめた。その冷たさにタカラベが動けないでいると、リリアはすっと手を伸ばした。ちりちりと赤い光が集まり、短刀に姿を変える。それをタカラベに差し出した。
「死ぬ邪魔をして悪かったな。これはわびだ。勝手に死ぬがいい」
タカラベはリリアの言葉の意味を理解して、小さな手の平にある短刀に手を伸ばした。ぱちりと小さく痛んだ。それをタカラベは震える手で握ると、己の首筋に当てた。
タカラベがその手に力を籠めようとした時―
「待って!」
視線が集まる。十六夜はどこか遠くを見ていた。
「待って、まだ死なないで」
十六夜は立ち上がると、足を進めた。小川を渡り、向こう岸にまで歩いていく。どうしたのだろうとリリアはその背を追うことにする。
置いてけぼりを食らったタカラベは、それでも何か合点がいくものがあったらしい。
「まさか」
短刀を放り出すと、慌てて二人を追った。
十六夜とリリアが難なく歩を進めていく後ろで、タカラベは息を切らしていた。しかし、十六夜は何かを探すのに夢中のようで後ろに注意を払う余裕はない。リリアに至っては注意を掛ける必要はないと判断していた。
「ここらへんだと思うんだけど」
きょろきょろと十六夜はあたりを見渡す。
「ここらへんって、何がだ」
「うーんとね、よく分からないんだけど」
「ん?」
「呼ばれた気がして」
「ほう?」
そういえば、こいつは子どもにだけ聞こえる笛の音が聞こえていたなとリリアは思い返す。また変なものに引っかかったのではないかと少々心配になる。
「うーんと、あ!あれかも!!」
十六夜が走り出した先には大きな木が立っていた。
「桜か」
もとは東国の木だったらしいが、こんなところにもあったのかとリリアはあたりを見渡す。
「大きさは違うが、これも桜だな」
ここは桜の木が立ち並ぶ場所のようだった。その中心に位置する大木に、十六夜は駆け寄ったのだ。
十六夜に追い付くと、十六夜は大木の周りを歩き回っているところだった。
「ここらへんだと思うんだけど」
そういうと、しゃがみこんで茂っている草を分けだした。何をしているのやらと思いながら、リリアもしゃがむ。すっと手を伸ばすと、思いのほかかたい何かにぶつかった。
「ん?」
リリアはそっと草をよける。そこから出てきたのは、人為的に置かれたと思われる石だった。
「これは」
「あ!それだよ!」
(墓石か?)
目を細めるリリアの横に十六夜が移動する。
「あ!」
「やめろ!!」
リリアが驚愕に声をこぼし、追い付いたタカラベが叫んだ時にはすでに遅し。十六夜は墓石を引っこ抜いてしまっていた。
「何をしている!」
リリアは性にもなく慌てる。さすがに墓を暴くのはやばいと十六夜を止めようとするが、十六夜の言葉にそれを思いとどまる。
「ここ!刀があるって!」
「は?」
意味が分からなかったが、リリアはちらりとタカラベの顔を覗き見た。その驚きの表情からどうやら本当らしいと判断する。
(刀が、ここに?)
どういうことだとリリアは首をひねるが、まあ、仕方ない。二人の男があると言っているのだ。あるのだろう。リリアは十六夜に行方をゆだねることにした。
すっくと立ちあがりリリアが見下ろす先で、十六夜は一心不乱に土を掘り返していた。鬼の手にかかればあっという間だ。すぐに木の箱のようなものに行きつく。
「これに刀が入っているのか?」
リリアはひざを折って指先で汚れた木に触れた。土の湿気を吸ってしけっていた。
「たぶん」
十六夜は手が汚れるのも構わず、箱を掘り出すべく手を動かす。ちらと後ろを見やれば、タカラベがふらふらとこちらに歩み寄ってきているところだった。あからさまにうろたえている。どうすればいいのかわかないらしい。
十六夜はとうとう箱を抜き出した。確かにそれは刀が一本収まりそうな大きさだった。
「この子がね、呼んでたんだよね」
ちろりと唇をなめながら、十六夜は箱のふたを解き放った。
「ほう」
確かに鞘に収まった刀がそこに鎮座していて、リリアは感心の声をこぼす。十六夜は刀を手に立ち上がる。そしてすらりとその白い刃をあらわにした。
「あ!」
タカラベはまだ口をパクパクさせていた。
「この子、桜花っていうんだって!」
満足そうに刃を見つめていた十六夜は、唐突にリリアに向かってそう言った。
「名まであるのか」
「うん!そう!」
リリアはタカラベに向き直り、にっこりと笑った。
「これは、もらっていいな?」
「それは!」
「かわいそう」
リリアとタカラベの舌戦が勃発しそうになったその時、十六夜が小さくつぶやいた。仕方なしにリリアが視線をやれば、十六夜は眉をハの字にしていた。
「桜花、翡翠に殺されちゃったんだって」
「なぜ!」
タカラベはまともに話せてはいない。
「ほう」
リリアは目を細める。合点がいったようだ。
「翡翠に奪われたのは鬼だったか」
タカラベは思い出すのがつらいのかぎゅっと目をつむりうつむいた。
「その鬼の骨でも混ぜて刀を打ったんだな」
そして
「その出来栄えに恐ろしくなって、捨てることもできず埋めたと」
その出来は確かに素晴らしく、美しく、見るものを引き付ける何かを持っていた。そう、これは立派な―
「妖刀だな」
「っ!」
ぎゅっとタカラベは両手を握った。その手はふるえている。
「大丈夫」
十六夜が、また唐突に口を開いた。
「翡翠の首は、俺と桜花が持ってくる」
だから
「死なないで待ってて」
十六夜は歩き出してから初めてまともにタカラベを見た。にっこりと笑う。
「桜花もそう言ってる」
「っ!」
タカラベは膝をついた。両手で顔を覆っている。肩が震えているから、涙をこらえているのかもしれなかった。
その姿に満足したのか、十六夜は笑顔で抜き身の刀を鞘にしまった。それを腰ひもに指す。その姿を見てリリアは満足げに言った。
「似合うじゃないか」
「そう?」
十六夜は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、待っててね」
力なく小さくなっているタカラベにそんな言葉を残し、十六夜は去ろうとする。それをリリアが止める。
「待て、聞くことがある」
「?」
十六夜は足を止めてリリアを振り返る。
「何がお前を襲った」
リリアは震えるタカラベの肩に手を置きながら問うた。タカラベは刀を奪われた時点で諦めていたのか、ぽつぽつと語った。
「俺が、翡翠の首を欲していると、あいつの手の者にばれたらしい」
「それで報復を受けたと」
「お前たちのことも調べていた」
「―ふむ」
リリアは立ち上がり考える風に首を傾げた。そして二っと笑った。
「リリアだ」
「は?」
「今度その者たちが来たら伝えろ。その鬼使いの名はリリア・ガーネットだと」
朗々と、他に誰かがいるのかとでもいうように、リリアは己の名を謳った。その姿をタカラベは涙が滴る瞳を丸くして見つめ、十六夜は楽しそうに笑顔で見つめていた。
その夜だった、穂村が翡翠の居所をつかんだという情報を持ってきたのは。




