上級編―集団行動をしてみよう5
「で、獲物は手に入らなかったってか」
穂村はあきれたと眉を下げた。
「何も、タカラベの刀でなくてもいいだろう」
昼間会った刀鍛冶の男はタカラベというらしい。そういえば、名は聞いてなかったなとリリアは今更気が付いた。
時刻は夜、場所は昨日とは違う小さな居酒屋だ。
「すまないな。こちらも事情があり、一級品しか持たせたくない」
「まあ、言い分は分かるがよ」
穂村は不機嫌だ。約束が守られなかったのだから当然だ。十六夜は困った顔をしている。というより、しょげている。
(昼間からこの調子だな)
タカラベの過去に心を痛めたらしい。その心根の優しさに内心笑みながら、リリアは言った。
「十六夜。お前が悲しんでも、あの男の過去は変わらない」
「うん」
「今はどうやって翡翠を殺すか考えることだ」
「その為に武器を持ってこいっつったんだろうが!」
だんと穂村はジョッキをテーブルにたたきつけた。
「ああ、怖い」
そう口を開いたのは、橙の波打つ髪をした女の鬼だった。長く伸びた爪を見つめている。
「ラドリア、あんたの鬼でしょう?鎮めなさいよ」
「無茶言うな」
「その力関係でよく鬼使いって言えたもんね」
「いじめてやるな、朱熹」
女の鬼―朱熹を止めたのは彼女の向かいに座る男だった。30代だろうか。おかしそうに十六夜を見ている。
「足手まといにはならないって穂村から聞いてたけど、案外ひょろいのが来たな」
「人間の尺度を鬼にはめるなって言ってんだろうが!」
「怒るなよ穂村」
「ジェドが怒らせたんじゃない」
朱熹はくすくすと笑った。ジェドの手首に輝くブレスレットが橙だったから、きっとこの二人が主従だろうとリリアはあたりを付ける。
「俺、弱くないよ?」
「それも知ってる!」
十六夜は困った顔で口を開くが、がおと穂村にほえられて両目をぎゅっと閉じた。しかし、それはすぐに開かれリリアに向けられるのだった。リリアは肩をすくめる。
そして穂村が座っている席の隣の席に腰かける。それにならって十六夜もリリアの向かいに座る。リリアは軽食とアイティーを頼んだ。十六夜がオレンジジュースというと、隣にするりと朱熹が座ってきた。
「お酒は飲まないの?」
「美味しいのと美味しくないのがあるから」
「オレンジジュースは好き?」
「好き!」
「じゃあ、これとか美味しいわよ」
朱熹に酒を勧められ、十六夜はまた困った顔をする。クックとのどで笑いながら、リリアは言った。
「試してみればいい」
「いいの?」
「ああ。美味いものを探すのは楽しいだろう?」
「うん!」
リリアの言葉に十六夜は笑顔で頷き、朱熹が勧めてくれた酒を注文した。
「あなた、生まれたばかりなの?」
朱熹が長い髪を流しながら問いかけた。
「うーん。分からない」
十六夜はしばらく考えた後、そう答えた。
「その問答が、生まれてすぐですって感じだな」
ジェドがおかしそうに笑う。十六夜は珍しく不愉快そうな顔をした。
「ずっと、崖の上に縛られてたから、そういうの分からないよ」
「どういうことだよ」
不機嫌そうに黙々と酒を飲んでいた穂村が興味を示す。ジェドと朱熹も興味を持ったようだった。それに、どう説明したものかと十六夜は視線でリリアに助けを求める。リリアは苦笑しながら言った。
「囚われのお姫様だったのさ」
「俺、男だよ」
「物の例えさ」
「たとえ?」
そうだな、とリリアはいつの間にやら来ていたアイスティーの入ったグラスを傾けた。からんと氷が鳴る。
「生まれは鬼の里だ。まあ、ちょっといわくつきの鬼でな。一人ずっと隔離されてたのさ。それでちょっと世間を知らないんだ」
「そう!そんな感じ!」
リリアの説明に十六夜は満足したらしい。元気よくうなずく。
「文字もまだすらすらと読めるわけではないし、知らない常識もある。だから、少しずつ強い奴とあてようと思ってな」
「翡翠は突然だろう」
ラドリアがやっとのことで復活したらしい。会話に入ってくる。その言葉に十六夜は目を輝かせた。
「そんなに強い!?」
「ああ、今までの誰よりもな」
答えたのはリリアだ。その反応に、ジェドがおかしそうに笑った。
「世間は知らないが、しっかりと鬼だな」
「かーわいい」
朱熹は十六夜が気に入ったらしく、よしよしと頭を撫でた。十六夜は不思議そうな顔をして首を傾げるのだった。
「ああもう!やっと見つけた!!」
そんな言葉と共に、どさりとジェドの前に座る女が現れた。栗色の髪が肩に付くくらいの長さまで伸ばしてある。年の功はルーシアに似ているなとリリアは思った。
「あんたたちちゃんとどこに行くか言ってから出かけなさいよ!」
「酒飲みに行くって言ったろ」
穂村があーうるさいと悪態をつきながら言った。それに女は眉を吊り上げる。そんな二人を不思議そうに見ている十六夜に、朱熹が説明してやる。
「彼女はシルア。私たちの仲間よ。彼女の鬼が白磁。そろそろ来るわ」
「シルア!置いていかないで!」
がっと音がしそうな勢いでシルアに飛びつく影がある。外見年齢はリリアの少し上に見えるが、少女と言っていい。珍しい外見年齢に、リリアも興味を引かれたようだ。
「白い髪が、きれいだね」
十六夜のその言葉に、白磁がシルアから視線を十六夜に移す。少し陰った、銀色の目をしていた。透き通るように白い頬を、白磁は薄桃に染めた。
「・・・ありがとう」
「よかったわね、白磁。あなた、あんまり自分の色好きじゃないものね」
シルアが良かったじゃないのと、白磁の頭を乱暴に撫でる。白磁は、もう!とその腕を払うのだった。
「えー!すごくきれいなのに!」
好きじゃないの!?と十六夜は目を丸くする。それに白磁はもっと顔を赤くさせるのだった。
「だって、おばあちゃんみたいな色だって言ってくるやつがいるんだもの」
「殴っちゃえばいいのに」
「それは乱暴だ」
リリアが笑う。それに、白磁が視線をリリアにやる。今度は白磁が目を丸くした。
「あなたが鬼使い!?」
「ああ、そうだよ」
驚かれているのも慣れているらしい。リリアは涼しい顔で答えた。
「リリアは凄く強いんだよ!」
十六夜はにっこりと白磁にそう言った。白磁はシルアの陰に隠れるようにしながら、そう、と答えただけだった。その様子に、くっくとリリアは喉を鳴らすのみだった。
「それで穂村。どうすんだよ」
ラドリアがまただんまりを決め込んでいた穂村に話しかける。
「今考えてんだろうが!」
「もう仲間でいいじゃない。私、この子気に入ったわよ」
朱熹が頬をついて上目遣いで穂村を見つめる。それに穂村は眉根をさらに寄せる。
「私も、この人となら仲良くできそう」
ぽそぽそと白磁も続ける。ただ、彼女は視線を穂村から思いっきり外していた。
「こういう表現もなんだけど、男手はあった方が安心よ」
翡翠ってのは強いらしいしね、と朱熹が付け足した。
「見学だけでもさせてもらえるとありがたいのだが」
リリアがそう条件を変える。それにうーんと考えたのは朱熹だった。
「せっかくなら一緒に戦ってほしいわよね」
白磁がうんと頷く。少し不安そうな白磁の頭を、シルアは今度は優しく撫でた。
「というか、本当はもう一人くらい仲間が欲しいんだけど、すぐ穂村とケンカして出て行っちゃうのよ」
朱熹が何か酒の入ったグラスを傾けながら言った。
「うるさいぞ!」
穂村が吠えるが、朱熹は涼しい顔だ。
「あら、あなたも飲んだほうがいいわよ。薄くなっちゃう」
その言葉に、慌てて十六夜も酒を口に運ぶ。そして瞳をきらめかせた。
「美味しい!」
「でしょう」
朱熹はうれしそうに笑った。そして話を元に戻す。
「穂村ってこんな性格だから、特に男の人とはケンカしやすくてね」
「厳密には鬼と」
白磁が付け足す。十六夜は首を傾げた。
「強くて頼りになりそうなのにね」
「良かったじゃない、穂村。こんな風に言ってくれる子、そうそうそういないわよ」
思い当たる節があるのか、ぐうと穂村はうなるのだった。その様子がおかしいらしくジェドはずっとくすくすと笑っていた。
穂村は決心したようだ。だんとジョッキを叩きつけるようにテーブルに置く。
「もう一日やる。絶対獲物を持ってこい」
その言葉に、十六夜は満面の笑みでうなずいたのだった。




