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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
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上級編―集団行動をしてみよう4

 ざくざくと街道から外れて草を踏みしだいて歩く。あたりには木がまばらに生えている。森というほどではないが、人が住むには少し入り込んでいる場所だ。


「リリア、どこに行くの?」


きょろきょろと見渡しながら、前を歩くリリアに問いかける。リリアは十六夜の方を振り向くことなく答えた。


「刀鍛冶のところだ」

「カタナカジ?」

「刀という武器を作っている人間のところだよ」

「武器!」


十六夜は目を輝かせた。それを背に感じて、こいつも鬼だなとリリアは笑った。


「ああ、穂村と約束したからな」

「エモノだね!」

「そうだ」


この先に人が住んでいるにしては舗装もないが、確かに長く伸びた草は何かが通ったように獣道にはなっていた。半人半鬼と生粋の鬼にとっては苦にもならない道だ。てくてくと涼しい顔で歩く。


しばらく歩くと先にポツンと小さく木造の小屋らしき物が見えてくる。工房だろうか、奥は石造りになっているようだった。


「着いたようだな」

「カタナ!」


飛び出しそうになる十六夜を手でとどめながらリリアは歩を進める。十六夜は足に込めた力を抜いておとなしくリリアの後に続く。急がなくても、小屋にはすぐについた。躊躇なく、リリアは横にがらりと扉を開いた。


中は薄暗く、そこら中に鞘に納まったものから抜身のものまで刀が散らばっていた。


(危ないな)


「これが刀?」


十六夜は足元に落ちている抜き身を一つ拾い上げた。それを、わずかに差し込んでくる光に充てる。


「きれい」


十六夜はうっとりと呟いた。


「それにするか?」

「うーん、他のも見る」

「そうか」

「刀は売らないよ」


突然、しわがれた声が二人の会話に割り込んだ。それに驚くこともなく、部屋の奥に二人は視線をやる。石造りの方から初老の男が出てくる。見た目のわりに、割れたような声をした男だった。


「持ってっちゃダメなの?」


刀を手に入れる気満々だった十六夜は首を傾げた。男は頷く。


「ああ、ダメだ」

「―穂村との約束、守れないね」


十六夜は、刀を手にしたままリリアを見下ろした。困ったような顔をリリアが見返す。


「ふむ」


リリアは考えるようにする。そしてあたりを見渡す。転がしてはあるが、どれも良くできたものだとリリアは思う。それを放り投げてこの男はどうしたのだろうと考える。


「売るつもりもないのに、刀を打ち続けているのか」

「悪いか」

「いや」


リリアは口端を持ち上げる。


「ここに投げておくにはもったいないものばかりだと思ってな」

「―子どもの形をしている割には目が利くらしい」

「誉め言葉と取ろう」


リリアはぐるりと部屋の中を見渡した。そして、問う。


「何か、手段はないか」

「どういうことだ」

「交換条件はないのか」

「交換条件?」

「金の他に、欲しいものはないのか?」


そう問えば、男は目を丸くした。そして笑いだす。


「そんなことを言い出すのはお前さんが初めてだ」


どうやら金を積むとばかり言われてきたらしい。何がおかしいのか、男は腹を抱えるほどに笑っている。リリアはそれが落ち着くまで待つことにする。十六夜は、笑う男につられるように笑みをこぼしている。


「―欲しいものなら、ある」

「それ持ってきたら、刀くれる?」


十六夜は目を輝かせた。男は頷く。


「ああ、しかし、誰も持ってこれたことはない」

「今までも別の誰かにお願いしてたの?」

「どうしてもと言うからな」

「ふーん」


十六夜は、そこで視線をリリアに落とす。先は任せるということらしいと受け取ると、リリアは話を元に戻した。


「それで、何が欲しいんだ」

「鬼の首だ」

「俺のは上げないよ!!」

「お前の首じゃない」


男は首をゆっくりと横に振った。男は重そうに体を引きずって手近にあった椅子に腰かける。そして大きくため息をついた。


「―翡翠という名の鬼の首だ」


(!)


その名に、リリアは目を丸くする。そして、今度はリリアが笑った。


「あははははははははは!」


哄笑とも取れるその笑い声に、男はびくりと肩を震わせた。恐れるような色を目に浮かべながらリリアを見る。そんなリリアを困ったように十六夜は見ていたが、その心は男とは別のところにあるようだった。


「大変だね。翡翠を殺すのに刀がいるのに、翡翠を殺さないと刀貰えないんだって」


男は合点がいったとつばを飲み込む。


「はじめから翡翠を狙っていたのか?」

「ああ、昔厄介になったことがあってな」


『昔』という表現に引っかかったのだろう、男はいぶかしげな顔をしたが、半人半鬼と説明してやる義理もないとリリアは無視をする。


「ねえ、翡翠の首、持ってこないとダメ?」

「―ああ、ダメだ」


トンずらされちゃかなわないと男は笑った。それもそうだと、リリアは目じりに浮かんだ涙を細い指で払った。


「さて、ではどうするか」

「鍛冶屋なら他にもいるだろう」

「あなたの腕がここらで一番良いと聞いたんだ」

「そりゃ嬉しいことだがね」


でも


「やらないよ」


その男の様子に、十六夜は首を傾げた。


「ねえ、散らかってるのって荒らされた後?」

「急にどうした」


リリアがやっと十六夜を振り返る。十六夜は足元にある刀を見ていた。その刀身は光ってはいたが、一部が踏まれたのか汚れていた。それを見て、リリアも十六夜が言わんとしていることを理解する。


「―よく今まで死ななかったな」

「殺してくれてよかったんだがな」


刀を求めるのだ。皆が皆ルールにのっとる者たちではない。気性の荒い者たちもいただろうし、手を出してくる者もいただろう。この散らかりようは、何があっても渡さないと言い張った男への仕返しで荒らされた後だったのだとリリアは理解した。


「―殺してくれた方がよかったんだがな」


男はうつむいてしまう。


「なんで?どうして死にたいの?」


十六夜は心底分からないという顔をしていた。


「―殺されたんだろう」

「この人は生きてるよ?」


代わりに口を開いたリリアの言葉に、十六夜は首を傾げた。


「この男自身ではない。大切な誰かをだよ」

「?」

「そうだな、お前が男だとしたら私が、私が男だとしたらお前が翡翠に殺されたということだ」

「そんなことされたら、俺絶対翡翠を殺す!っ!」


十六夜は珍しく顔をしかめた。そして男を見て、視線を落とす。


「―ごめんなさい」

(あなたには、殺せないんだね)


人は弱い。見たところ、この男にはそれらしい魔力はない。鬼に対抗するすべは持たない。それが指名手配されるような鬼ならばもっとだ。


「あの鬼のやりそうなことだ」


見せつけるように殺し、共には逝かせない。理性が死にたがっても、それを本能が拒否をする。その中で男はただただ刀を打ち続け、鬼の首を待っていたのだ。


「逆に刀を渡したほうが首が来るんじゃないか?」

「―そうした時もあった」

「それでも首はこなかったか」


ふむ、とリリアは腕を組む。


「残念だが、今までの客と私たちは違うとは言えるが証明はできない」


リリアは十六夜の顔を見上げた。十六夜は沈んだ顔をしている。リリアはばさりと袖のない黒い上着を翻した。


「今日はお暇しよう。証明は後日させてもらう」

「―勝手にしろ」


男はうつむいたままだった。そんな男を背に、二人は小屋を出たのだった。


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