上級編―集団行動をしてみよう3
「ラドリア・シン」
リリアは注文した料理が来るのを待ちながら、紙切れにある名を口にした。二人は昼食を取るのにテラス席を陣取った。十六夜は興味津々と往来を眺めている。その様子に、リリアはふと思いいたる。
「本当に、人の視線には慣れたんだな」
「シセン?」
「ー見られることには慣れたんだな」
リリアは言葉を平易なものに言い換えながら繰り返す。十六夜は、前髪に手を伸ばす。厚かったそれはすっきりとちょうど良い量になっていた。
「もう平気」
それに、と十六夜は付け加える。
「大体の人は俺より弱いし」
「そう思えることは良いことだよ」
十六夜は褒められたと思ったのか、へへと笑った。そんな会話をしていると、お待ちかねの料理が二人の前に運ばれる。二人して目を輝かせる。もちろんメインは肉だ。
「考えなければならないことは多いが、まずは腹ごしらえだ」
にたりと笑ったリリアの言葉に、十六夜は満面の笑みで頷いた。
※
リリアは、人探しは酒場が一番だと言って、昼間は街を観光して回った。だいたいの肉料理を買い食いし、時折甘い菓子も買った。どれにも十六夜は目を輝かせた。その様が愛らしくて、リリアの頬も緩んだ。
「ここ?」
「ああ、ここが一番でかい酒場だからな」
「あ、どー」
「アドルドだな」
店名をリリアが読んでやる。それに、十六夜はなるほどと頷くのだった。重い扉を、リリアは軽々押し開く。こういう時に鬼の血は便利だと思う。
中には酒のにおいが充満していて、息をするだけで酔ってしまいそうだった。十六夜は顔をしかめるが、リリアはそれを無視して進む。
きょろきょろと耳を澄ましながらそれらしい人間がいないかと注意する。
(ラドリア・シンー男だろうが)
そう予想をつけるが、外れている可能性もある。リリアはあたりに注意を払いながら、一番奥のカウンターまでたどり着いた。
ひょいと高い椅子に座る。十六夜は当然のようにリリアの隣に腰掛ける。
「何になさいますか」
「オレンジジュース」
「俺はリンゴジュース」
「酒を飲んでいいんだぞ?」
子供の形をした自分はともかく、十六夜なら当たりはばかることなく酒を飲めるとリリアは首をかしげる。十六夜は首を横に振った。
「あんまりおいしくなかった」
「そうか」
その会話で注文が決定したと判断した店員が飲み物を入れてくれる。それを受け取りながら、リリアは尋ねた。
「ラドリア・シンという名の鬼使いを知らないか」
「ー聞きませんね」
「そうか」
そうやすやすと見つかるわけがないとふんでいたリリアは落ち込むこともなかったが、十六夜は明らかに落胆した。それにリリアが苦笑する。
「探されているのですか」
「ちょっと、仕事を分けてもらえないかと思ってね」
「そうですか」
鬼使いの世界はわからないと、店員は話を終わらせた。それもそうだとリリアはあたりに視線をやる。これは、鬼使いに聞いたほうが早いかもしれない。そう思いいたり、鬼を探すことにする。その鬼と一緒にいる人間がいれば、その人間は鬼使いだろう。鬼使いのことは鬼使いに聞くべきだ。うんと内心頷いていると、なぜか隣の十六夜が絡まれる。
「その小さな嬢ちゃんが主なのかい」
「ジョーちゃんって、リリアのこと?」
視線が泳いでリリアを探す。リリアはうなずいてやる。
「そう。俺はリリアの鬼」
「へー、ちっこくて弱そうだな」
「リリアはすごいんだよ!」
酔っぱらいの言葉に、十六夜はむっと顔をしかめる。これは真正面からけんかを買うなと思ったリリアは、十六夜の外套を引っ張る。
「相手は酔ってるんだ。言葉をうのみにするな」
「冷静な嬢ちゃんだな」
男は今度はつまらなさそうにする。そんな男の肩をつかむ大男が一人。
「俺の主が迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて!」
「迷惑なんだよ!」
口答えする男にがおと鬼は吠えて見せた。金色の髪がまぶしい、精悍な顔つきをした鬼だった。
「ラドリア、いい加減にしろ」
その言葉に、リリアは目を見張る。そして冷たく笑った。
「ラドリア・シン、か」
鬼に胸ぐらをつかまれている男はうっとおしそうな顔をしながらリリアに視線をやる。
「そうだが」
「ね!リリアはすごいでしょ!」
「ーいや、まったくわからん」
少し頭が冷えてきたのか、ラドリアは十六夜の言葉に突っ込んだ。
「だって、リリア、ラドリアのこと探してたんだもの!」
そしたら、ラドリアから来ちゃった!
十六夜はうれしそうに笑う。今度はラドリアが目を丸くした。いそいそと十六夜の隣の椅子に座る。
「なんでお前らみたいなのが俺を探すんだよ」
「仕事に入れてほしくてな」
「仲間になりたいってことか?」
「今回限りな」
リリアは涼しい顔でオレンジジュースを口に含む。甘酸っぱい味を堪能してから飲み込んだ。
「翡翠という鬼には、昔厄介になったことがあってな」
「私怨ってやつか」
ふむ、とラドリアは腕を組む。そして十六夜を見た。十六夜は不思議そうな顔をする。そんな十六夜の腕を、ラドリアはペタペタと触り始めた。
「華奢には見えるが、案外筋肉ついてるな」
「見た目と力は比例しないぞ」
「ヒレイって何?」
「今度教えてやる」
十六夜の強さを計りたいらしい。そんなラドリアに鬼は突っ込み、十六夜は首を傾げ、リリアがフォローに回る。
「邪魔になるようなら見学だけさせてもらっても構わない」
「見学って。生死不問の賞金首相手にのんきなことを」
ラドリアは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「ー獲物は、獲物は何を使うんだ」
黙っているラドリアに代わるように、鬼が口を開いた。十六夜はまたも首をかしげる。
「武器は何かと聞いてるんだよ」
「武器?武器はないよ」
「素手か?」
「そう!」
十六夜はにっこりと笑って頷いた。それに鬼は鼻で笑った。
「話にならんな」
「獲物を持っていれば問題ないか」
「今日明日で手に入れたところで、使えるようになるのか」
「鬼とはそういう生き物だ」
だろう?と挑発的に笑って見せれば、鬼はまた鼻で笑った。
「言うな」
確かに、と鬼は手を握って開いて見せた。
「鬼とはそういう生き物だな」
そして鋭い視線で十六夜を射た。
「でも、この鬼がそうかはわからないっ!」
しかし、鬼は最後まで余裕でいることはできなかった。ひゅっと息を飲む。気づけば、十六夜の目は血よりも赤く光っていた。十六夜は舌なめずりする。
「あなた、強いね」
「なにをー」
「とても、強い」
殺したいー。小さく、願望が口からこぼされた。鬼はぶるっと背を震わせ、参ったと両手を上げて見せた。
「こいつは生粋の鬼だよ」
その言葉を聞いてから、リリアは十六夜の背をポンとたたいた。十六夜ははっと我にかえるとリリアのほうを振り向く。その目は、まだ赤い光をくゆらせながらも黒に戻っていた。
「獲物は手に入れてこよう。それで問題ないな」
「待て待て、俺を抜いて話を進めるな」
ラドリアがいつの間にやら店員から水を受け取り飲んでいた。酔いを醒ましたいらしい。
「問題ない。足手まといにはならない」
鬼は十六夜を認めてくれたようだった。十六夜はうれしそうにうなずいた。
「大丈夫。邪魔しないよ」
「そうだな。私が許可するまで誰も傷つけはしないからな」
「そう!」
「今、危なかったじゃないか」
鬼がくっと喉を鳴らす。それに、十六夜はもじもじと恥ずかしそうにする。
「だって、あなたがにらむから」
それに
「強いから」
そう言われれば気分は悪くない。鬼は酒を注文した。
「お前は飲まないのか」
「おいしくないよ?」
「舌がおこちゃまなんだな」
「どういうこと?」
「気にしなくていい」
リリアが気に留めるなとオレンジジュースの入ったグラスを傾ける。それに倣うように、十六夜もリンゴジュースを飲んだ。そして笑う。
「おいしい」
(よく、笑うようになった)
リリアも、うれしくてほほが緩む。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
鬼が思い出したようにジョッキを下す。
「おれは穂村。よろしくな」
「よろしくね、穂村」
二人は握手を交わし、ラドリアは仲間にどう説明するのだと頭を抱えていた。




