中級編―賞金首を捕まえてみよう6
ひょこりと、十六夜は廊下に顔を出した。男は夜になると出かけてしまった。部屋から出るなと言われたのだが、一人では暇で言いつけを破ってしまった。
―本当は逃げ出したいのだが、術がかけられていて窓から見えている景色は偽物だった。男から説明されたわけではなかったが、それは直感で分かった。窓は触ると何が起こるかわからないと、脱出路の選択肢からは除外した。
「見張りはいないんだ」
怒られるかと思ったんだけど。と十六夜は扉を閉めながらつぶやいた。ちなみに外套は置いてきた。動きにくいと思ったからだ。
「大きいな」
床には赤いじゅうたんが敷き詰められている。きれいな気もするがどこか埃っぽい気もする。十六夜は廊下を歩いてみる。
「ん?」
何かが耳に届いた気がした。男が帰ってきたのかとも思ったが、男の足音とも違う。
「っく、ひく、ひっく」
(泣き声?)
十六夜は音の出所を探るために歩き出す。十六夜がいたのは割と隅の部屋だったらしい。廊下を真ん中に向かって歩いていくと、大きな南京錠がついた扉があった。泣き声はこの中から聞こえてくる。
十六夜は迷う。迷った結果、南京錠を壊した。鬼の手にかかればこれくらいたやすいものだった。
ぎーっと音を立てながら大きな扉を開いた。中には着飾った5人の子どもたちがいた。せっかくきれいな服を着ているというのに、その顔は暗い。
「えーと。こんにちは?」
後ろ手に扉を閉めながら、十六夜はそう挨拶をした。子どもたちの視線が十六夜に向く。子どもたちは固まって十六夜を警戒した。少年に至っては十六夜を睨みつけてくる。
「えと、気づいたらここにいたんだけど、何か知らない?」
「お前も気づいたらここにいたのかよ」
「―君たちも?」
わずかに警戒が解けたようで、十六夜は一歩踏み出してみた。椅子の上で泣いていた少女はピクリと震えた。ここまでだと十六夜は足を止める。
「―もしかして、変な笛の音がした?」
「聞こえたわ。ママは信じてくれなかったけど」
「僕も聞いた」
窓際で目をはらしている少女と、にらみつけてくるのとは違う少年がそう答えた。
「そうなんだ」
(リリアに教えないと)
笛の音を聞いた子どもたちと一緒にいると伝えたい。しかし、どうやって?
「ママのところに帰りたい」
椅子の上で泣いていた少女がまた泣き始める。それに、子どもたちは顔の影を落とす。
「ここから逃げ出したいの?」
「あたりまえだろ!このままじゃ知らないやつのところに売り飛ばされるって変な男が言ってた!」
「売られる?」
「人身売買だよ。本当は法律違反なんだけど」
「悪いことなんだ」
男が十六夜の中で悪者に確定する。それじゃあ、ここにいるのは危ないのかな?と十六夜は考える。
「―逃げちゃおうか」
十六夜の言葉に、子どもたちは目を丸くした。
「できるの?」
「たぶん」
十六夜はうなずいた。ちょっと本気を出して気配を探ってみる。
「ここは二階みたい。下には人がいるみたいだから、窓から逃げよう」
窓に触ると男にばれる危険性はあったが、帰ってくる前に逃げ切ればいいと考えなおす。驚いている子どもたちを差し置いて、十六夜は窓に歩み寄る。窓際にいた少女が十六夜に道を開けた。
十六夜は窓に手をかける。開けようと思うが動かない。
「鍵とは、違う感じがする」
十六夜は一度窓から手を離した。そして考える風にすると、手近にあるコート掛けをつかむと、それを窓に突き刺した。
子どもたちが息をのむ。壊れたのはコート掛けだけで、窓に変化はなかったのだ。
「やっぱり」
「やっぱりって何がだよ」
「ここから見えてる景色は偽物。俺たちがどこにいるかわからなくしてる」
「え?」
子どもたちは十六夜のもとに集まって窓を覗き込む。
「普通の景色にしか見えないわ」
「これ偽物なのかよ」
ついスゲーと声を上げてしまう少年もいた。
「俺が壊さないと。どいてて」
十六夜は子どもたちを窓から遠ざける。出窓に乗ると、窓に体を押し付けた。思い切り体重をかける。
バチバチバチ!
白い光が駆けた。先ほどは我慢していた子どもたちも今度は悲鳴を上げた。バタバタと下から足音が聞こえてくる。
(早くしないと)
男の仲間がここに来る前にと、十六夜は力を籠める。
パリン!
壊れた音は案外あっけなかった。十六夜は近くにいた二人を掴むと窓から飛び降りた。ふたりはまた悲鳴を上げる。着地するとおろし、部屋に戻る。残りの三人をつかんだところで部屋の扉が開いた。
「お前!何している!」
「兄ちゃん逃げよう!」
「うん」
十六夜は少年の言葉にうなずいて、出窓を蹴った。先に出ていたふたりは十六夜を待っていた。
「よし、逃げよう」
十六夜は子どもたちを先導して、街の明かりが見えたほうに走り出した。
※
(音が速くなったな)
そのころリリアはというと、笛の音を探して街を駆け回り、見つけたところで後を追っている。今リリアの前では3人の子どもが歩いていた。ふらふらとどこか危なっかしい。
子どもを操っていると思われる音が、その音色を変えたのは今さっきのこと。ゆるりゆるりと歩いていた子どもたちの足どりは徐々に早くなってきていた。
(何かあったのか?)
もしかして十六夜か?とも思わないでもない。何かけしかけたのかもしれない。
ピリリリリリ!
それは十六夜が突然駆けだしたときの音に似ていた。リリアが警戒すると、子どもたちが走り始める。リリアもそれについていく。さすがに人間の子どもたちの動きを見失うことはない。
くねくねとリリアを巻きたいかのように入り組んだ道を選んでいた子どもたちは、突然直線的な道を選ぶようになった。
ついていくと、とうとう開けた場所に出る。そこにはここ一帯には不釣り合いなほど大きな屋敷が建っていた。それがドンと大きな音を立てて突如燃え始める。
「なに?」
驚いていると、目の前に馬車が割り込んできた。その手綱を持っていたのは―
(手品師!)
リリアが目を見張っていると、子どもたちは馬車に乗り込みはじめる。
(証拠隠滅か!)
ここに子ども集めていたのだろうが、何かあってここを手放すことにしたらしい。ということは、新たなアジトに子どもたちを連れていくつもりか。ならば止めなくては。
リリアが場所を追いかけようと足に力を込めた時、
ピリリリリリリリリリリリリ!
甲高い音が脳内に直接響く。リリアの膝がくじける。地面に座り込みながらリリアは両耳をふさいだ。涙があふれた。
(なんだこれは)
ピイイイイイイイイイイイイイイ
笛の音が聞き覚えのあるものに変わる。リリアが音に苦しんでいると、ガコンと馬車が浮いた。見れば、そこには馬車を担ぐ長身の影が。
「十六夜!」
ピイイイイイイイイイイイイイイ
十六夜は膝を曲げると、馬車ごと跳躍して姿を消す。リリアはまだ動けない。しばらくして火事に気付いた人々が集まってくる。
「お嬢ちゃん!大丈夫かい?!」
座り込むリリアにそんな声がかかる。それに緊張が切れたのか、リリアは意識を手放した




