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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
19/84

中級編―賞金首を捕まえてみよう1

 ざわざわとざわめきが聞こえる。時は夜。しかし、街は眠ることなく煌々と明かりがあたりを照らしていた。喧騒が、まだ大人は眠らないのだと伝えてくる。


―では子どもは?


そんなこと愚問。とっくに子ども部屋で眠りについているはずだった。


―そのはずだった。


 まだまだ眠らない街の片隅に、光の届かない一角がある。そろりそろりと歩いていくのは数人の子どもたちだ。皆一様に寝間着姿で、目をつむっているようにも見える。そろりそろりと、しかし、ゆらゆらとどこか危なっかしい。そのくせしっかりと前に進んでいく。


これはどうしたことかと見る者はここにはいない。


―いや、一人いる。


シルクハットの男が一人、子どもたちを先導するように歩いていた。手には見慣れぬ笛が一つ。音は奏でていないようだった。しかし、男は確かに笛を吹いている。


異様な光景だった。


「ねえねえ、ママ。変な笛の音がするの」


 マーサはお気にいりの熊のぬいぐるみを片手に、父親と談笑している母親の服の裾を引っ張った。その手をしかし、優しく母親は払う。


「笛の音なんてしないわ」


母親は耳を澄ませるようにしたけれど、マーサの言う笛の音は聞こえなかったようだ。母親は椅子から立ち上がると、床にそっと膝をついてマーサの肩に手を置いた。


「眠れないの?」

「うん」


母親の問いに、マーサはうなずいた。


「いつまでたっても甘えん坊なんだから」


仕方ないわねと笑い、母親はマーサの手を引いて階段を上がる。子ども部屋に入ると、そっとベッドに寝かせてやる。頭をなでながら子守唄を歌うと、次第に瞼が重くなってきたのかマーサは瞬きを増やした。


眠気に耐えているようだ。


それをかわいらしく思いながら、母親は子守唄を止めることはなかった。マーサはまだ怖いのか、母親の袖を握っていたけれど、ついに睡魔に負け手が離れた。その時小さくポツリとこぼした。


「笛の音が―」


その声は母親の耳には届かなかった。


 目に入れても痛くないないほどかわいいマーサは、朝になると姿を消していた。



「リリア、あれ何?」


 くいと服を引っ張られ、リリアは少々つんのめる。しかしそこは鬼の子、こけることなどありえない。すぐにバランスをとると、後ろに立つ十六夜のほうへと振り返った。


フードを目深にかぶった青年の形をした鬼は、人の視線を気にしつつも何か気になるものを見つけたようだ。視線の先を負えば、手品師が手品を見せていた。


「あれが気になるのか?」

「うん」


尋ねれば小さくうなずくので、リリアはそうかとつぶやくとずんずんと手品師を囲む人だかりの中へと進んでいった。


「リリア?」


まだ人ごみに慣れない十六夜は、戸惑いながらリリアの背に続く。小柄なリリアは、人と人の合間を縫って最前線を確保してしまう。当然ついてきているだろうと後ろを見れば、十六夜の姿はなかった。


「十六夜?」

「リリア」


呼べば返事がある。さらに後ろを見やれば、人だかりの後ろから手を上げる。確かにここまで来るには十六夜の体は大きいなと思いいたる。左右にいるのはまだ小さな子どもばかりだ。少し大人げなかったかと思いリリアは十六夜のところまで戻ることにした。


「待ってろ。そこまで行く」

「おや、行ってしまうのですか?」


男の声がかかる。リリアは足を止める。見れば、手品師の男がリリアに目を向けていた。


「せっかく良い場所をとったのに」


残念そうな声に、リリアはさわやかに笑った。


「悪いが、連れがここまで来れないのでね」

「お連れがいると」


手品師の男は自分を囲む人々の後方を見た。確かに、あたふたと人と人の間を縫おうとして失敗している、身長から言って男がいる。


「彼ですね。どうぞ、いらっしゃってください」


男の言葉に、観客が道を開けてくれる。手品師にいざなわれ十六夜がリリアのもとへ歩いていると、びゅーと一つ風が強く吹いた。それに一瞬フードが外れてしまう。十六夜は慌ててフードをかぶってきょろきょろと視線をさまよわせたが、十六夜に特別に興味を持った者はいなかったようだ。


それにほっとすると、止めていた足を進める。もう一度きょろきょろとすると、何かを察したのか地面に膝を抱えて座った。


リリアは満足そうに十六夜の頭に手を置く。準備は整い、男は再び手品を披露し始めた。


(さて、何を見せてくれるのかな)


手始めに、男は手から小さな花を出して見せた。子どもたちの歓声が上がる。それを手近にいた少女に渡し、手で覆い隠すと今度は花の色が変わった。その花をまた手で隠すと、今度は様々な国旗を吊り下げた紐をつらつらと少女の手から引っ張り出す。少女は目をまん丸にしていた。


リリアは隣に十六夜が息をのんだのを感じ取る。驚いているようだ。それがおかしくてくすくすと笑う。


男は国旗が連なったひもをぎゅっと手の中で丸めると、手を開く。今度はコインが手のひらにあった。それを宙にはじく。キーンと澄んだ音がした。たくさんの視線が宙を舞うコインに集まる。コインは無事に男の手の甲に着地し、その上に男は手のひらを重ねる。その手をどかすとコインは姿を消していた。男は笑って十六夜を見た。


視線に、十六夜は体を緊張させる。


「お兄さん、ポケットの中身をよろしいかな」

「ポケット?」


十六夜は立ち上がり、ズボンのポケットをに手を突っ込んだ。硬質な感触がする。


(あれ?お金は全部リリアが持ってるんだけど)


そろりとそれを取り出すと、それは確かに先ほど手品師が宙にはじいたコインだった。また歓声が上がる。十六夜は困惑する。


「えと、どうして?ええ?」

「それが私の芸ですので」


慇懃に頭を下すと、すっと十六夜の手からコインをかっさらってしまう。


「私の大事な収入なので」


軽く笑いが起きる。十六夜は何が起きたのかさっぱりだ。リリアがフォローを入れてやる。


「すごいな。お前に触ってもいないのに、いつの間にかお前のポケットにコインが入っていた」

「すごい…」

「これが手品だよ」

「てじな……」


十六夜は目を瞬かせたまま自分のポケットをひっくり返した。まだ何か入れられているのではないかと疑っているらしい。その様子をリリアはくすくすと笑って見ていた。


「面白いものも見れたし、そろそろ行くか」

「……うん」


まだ見ていたいと顔には書いてあったが、十六夜はリリアが歩き出すとついてきた。出るとあって、今度は自主的に道が開く。十六夜はぺこぺことお辞儀をしながら人の輪から出る。リリアは先に出て十六夜を待っていた。



「リリアはさっきのできる?」

「教わればできるかもな」

「教えてもらわないとできないの?」

「ああ、今の私にはできないからね」


さっきからこの調子で、十六夜は相当手品がお気に召したらしい。


「すごかった、手を当てるだけで花の色が変わってた」

「あーあれなら私もできるかもなぁ」


魔力で色素をいじってやればできるかもしれない。ああ、でもそれじゃあんな一瞬では変えられないな。


(やはりあれは種も仕掛けもある手品なのだろう)


「リリアもできるの?!」


丸い目をキラキラと輝かせる。


「あんなにすぐには変えられないけどな」


私がやると時間がかかるぞ?とリリアは意地悪気に笑って見せる。


「そうなの?」

「ああ。あの男のようにはいかん」

「リリアにもできないことがあるんだね」

「私は全知でも全能でもないからね」

「ぜんち?ぜんのう?」


リリアは笑う。


「すべてを知り、何でもできるということだよ」

「リリアは違うの?」

「ああ、違うよ」


(こいつは私を全知全能だと思っていたのか?)


くつくつと喉を鳴らす。


(そうであれば、ここまで旅などしてこなかったよ。―お前を求めたりなどしなかったよ)


「リリア?」


急に黙ってしまったリリアに、十六夜が不思議そうな視線を向ける。リリアは穏やかに笑んでいたのだが、十六夜からその表情は見えなかった。


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