008話 オルドー街道
潮の香りが、ディワール辺境領の風色を変え始めていた。
かつては帝国の辺境、貧しい軍事拠点に過ぎなかったこの地に、いまや莫大な富が流れ込んでいる。その源泉は、オレが提案し、妹のシリルが実務の陣頭指揮を執った「塩の専売事業」だ。
「姉さん、これ……本当に全部、私たちの判断で使っていいんですか?」
シリルが震える手で差し出してきた帳簿には、これまでの人生で見たこともない桁の金貨が並んでいた。
「ああ、いいとも。ノヴァン様は言った。『この金は未来への投資だ。お前の好きに道を描け』ってな」
――そう、今回のオレの任務は「従卒」でも「前線隊長」でもない。「道路整備部長」――。
戦場での華々しい手柄が誉れの騎士たちは「女にはお似合いの土遊びだ」とオレを嘲笑った。だが、オレには分かっていた。ノヴァンさまが敢えてオレを最前線から遠ざけ、この内政の要職に据えた理由を。……アイツ、オレを妬みややっかみから守りつつ、国を支える最強の武器を作らせようとしてるんだ。オレが得手とする分野で活躍させようとしている。その不器用だけど、的確な配慮が胸に熱い。
◆◆
「みんな、よく聞け! 槍の長さや剣の強さ、馬の数で勝敗が決まる時代は終わった!」
オレは、工事現場に集まった石工や近郊の農民、そして人足として駆り出された不満顔の兵士たちの前で高い声を張り上げた。
「これから戦場での勝敗を決めるのは、ズバリ『速度』だ! 敵が泥道を使って一日15キロ歩く間に、オレたちは舗装された道を使って30キロ進む。敵が『まだ準備中だ』と高を括っている間に急接近してぶつかるんだ……。どうだ! 道は、槍よりもずっとずっと鋭い武器になる!」
この世界の道路は、そりゃひどいものだった。雨が降れば膝まで埋まる泥濘になり、どんな荷馬車も立ち往生する。オレが目指したのは「全天候型」の『超』高速道路だ。
◆◆
「ノヴァン様っ! この国の火山灰はただのゴミじゃありません。混ぜれば『流れる石』になります!」
オレが着目したのは、古代帝国の忘れられた技術――『オプス・カエメンティキウム、通称ローマン・コンクリート』の再現だった。
近郊の火山カイザーベルクから採れる火山灰、生石灰、そして海水を一定の比率で混ぜ合わせる。すると、オレの元の世界でのセメントに近い「水硬性」の化学反応が起き、岩のように硬化するんだ。
「これがオレの切り札、名付けて『灰の道です!」
道幅は4メートル。馬車のすれ違いを想定し、歩行者専用の区分も設けた。
継ぎ目のない平坦な灰色。馬車の車輪が音を立てて滑るように進む様子は、領民たちの目には魔法に見えたことだろう。
コストは1キロメートルあたり、現代換算で数千万円。莫大な投資だが、これによって物流は劇的に加速した。5キロごとに石造りの「小城=宿駅」を設け、そこには狼煙台と常駐兵を置き、非常食の備蓄品や乗り換え用の馬を配備。さらに兵隊や隊商のための宿営機能を完備させた。
◆◆
「灰の道」が物流の幹線なら、各砦を網の目のように結ぶのはパイパス、それに相当するのが「雷鳴道」だ。
これはオレの世界での「マカダム舗装」に近い。大きな石を敷き詰めるのではなく、細かく砕いた砕石を層にして敷き詰め、圧力をかけて締め固める。
「重要なのは『水はけ』だ! 中央を高く、カマボコ型に盛り上げろ!」
側溝を深く掘り、雨水を即座に逃がす。泥に足を取られないこの道を、ノヴァンさまの精鋭騎馬隊が全速力で駆け抜ける。その際、蹄の音が遠雷のように周囲に響き渡ることから、いつしか人々はこれを「雷鳴道」と呼ぶようになった。
「なぁ、そこのカッコイイお兄さん! 今日は石の割り方が甘くないか? あとで酒を奢るから、もう一踏ん張り頼むよ!」
「さ、サニー嬢ちゃん……いや、サニー部長! オーケー分かったよ、気合を入れ直す!」
オレは毎日、現場を歩き回った。日本の歴史で豊臣秀吉が「墨俣一夜城」や「小田原の石垣山」で見せたような、人夫たちの心を掴む「普請の才」が、今のオレには宿っている気がした。(そう思っておこう)
泥まみれになりながら彼らの酒飲みに同席し、冗談で笑い合い、正当な賃金(=対価)と腹いっぱいの食事を提供する。
「魔法使いの軍師様が、あんなに泥だらけになって……」
当初は嫌々、チョー反発していた兵士たちも、完成していく道の美しさと、そこに生まれる活気を見て、次第にオレを「自分たちの仲間」として受け入れ始めてくれていた。
うひー。「軍師さま」だってよ。
「オルドー家の領地に行けば、雨の日でも商売ができる」
その噂は瞬く間にエフィソス大陸中を駆け巡った。自由都市キオスからも商売人が殺到したおかげで、交易税だけで道路の維持費を賄ってお釣りがくるほどの好循環が生まれた。
◆◆
――夜。
工事現場の簡易天幕の中で、オレは一人、誰にも見せられない「宝物」を抱きしめていた。
親友の剛の持ち物だった、あのボロボロの枕だ。
致命的なミスを仕出かした時、オレはこの枕に顔を埋め、眠り「時戻り」を繰り返してきた。
「……ちっ、また増えてるな」
手鏡に映る自分の髪を見る。ビューティフルな金髪の中に、不自然に生える「純白」の束。時を戻す代償だ。
「……姉さん? まだ起きてるんですか」
シリルの声に、オレは慌てて枕を隠した。
「ああ、明日の工区の確認をな。シリルこそ、無理すんなよ。塩の計算、大変だろ」
「……姉さんこそ、最近、朝起きるのが辛そうですよ。それに、その髪……」
シリルが不安げにオレを見つめる。彼女は勘が鋭い。オレが「何か」と引き換えに、この成功を掴んでいることに気づき始めているフシがある。
◆◆
2ヶ月後、ついに全線開通した「オルドー街道」を、ノヴァンさまが視察に訪れた。
夕日に照らされた灰色の路面は、まるで王都オーディンス・クラウンへと続く光の河のようだ。
「サニー。お前が言った通りだ。……私の道は、貴様らの常識の一歩上を行く」
ノヴァンさまは馬上から、満足げに街道を見渡した。オレは、誇らしい気持ちで彼の横顔を見上げる。 だが、ノヴァンさまはふいに手綱を引き、馬を止めた。
「……ずっと、聞こうと思っていた。……お前、いや――」
彼がゆっくりとこちらを振り向いた時、その瞳は「魔王」のものではなく、あの修学旅行の夜、非常階段で見せた困ったような、悩むような顔をしていた「希」のそれだった。
「……キミは、ひょっとして……礎君……なのか?」
心臓が、耳元で鐘を鳴らした。
あまりにも唐突な、しかし、ずっと恐れていた問い。
「は……え? いし、ずえ? 何を、あの、閣下、お疲れなんじゃ……いや、その、石の据え付けの話ですか? そ、そう、地盤沈下がですね、コンクリートの配合がですね、……あ、でも、あの、もしオレがその、礎だったら、ええと……」
支離滅裂。自分でも何を言っているのか分からない。脳がオーバーヒートして、視界がチカチカする。
ノヴァンさまは、そんなオレの無様な動揺を、食い入るように見つめていた。
彼の拳が、手綱を握る指が、白くなるほど強く震えている。
「(……どうして今まで黙っていた?)」
彼の瞳の中に、一瞬、激しい怒りが点った。だが、その怒りはすぐに、深い後悔を伴った罪悪感へと暗く沈んだようだった。
しばらく目と目で会話した。
「(それとも私が、キミに言わせなかったのか? 私がこんな『魔王』のような冷酷で薄情な顔をしていたから。だからキミは名乗りたくても、名乗れなかったのか?)」
そんな心情なのか、彼の表情が、まるでボロボロに崩れ落ちる砂の城のように、弱々しく歪んだ。
「……あ、あの! ご領主さま……ノヴァン、様」
オレは混乱の極致で、思わず彼の馬の足元に駆け寄った。
ノヴァン様が馬から降り、オレに耳打ちする。
「ある男の話を聞いた。名前はヒューゴ・ラウレル。もしかしたら……兵藤君かも知れない」
それを聞いた瞬間オレの口元が綻んだのが分った。
それは喜びに震えるような、安堵の微笑みだ。
「……そうか、兵藤。生きていたのか。こっちに来ていたのか……」
ノヴァンさまがオレに向かって手を伸ばしかけた。
――だが、その手は空を切った。
オレの視界が急激に暗転し、コンクリートの路面が顔の前に迫る。
「……あ、れ?」
なんだ? これ?
正体が露見した安堵感からか。
友だちの安否が知れて気が抜けたからか。
オレの意識は、完成したばかりの「灰の道」の上で、プツリと途絶えた。
遠のく意識の中で、ノヴァンが初めて、地位も矜持もかなぐり捨てて、オレの名前を絶叫するのを聞いた気がした。
次回予告
【ナレーション:シックス・ハズラード】
サ、サ、サニィィィちゅわぁぁぁん!
泥んこになった姿も超絶エモいっす! マジ尊いいっ!
あーし、決めたっ! この命、サニィちゃんとのてぇてぇ未来に捧げるっす!
え? 鉄砲の火薬作り? 硝石?
……そんな難しいことより、あーしとデートね……チュッ♡♡
シリルの声:『姉さん、この女、仕事量が絶対的に足りてないようです』
次回、アオハル転生! 第9話『サニーの秘策は爆発寸前!? 硝煙に消える初恋の香り』
みんなも一緒に、レッツ・シャッフルっ!★ ちゅっ。




