006話 偽装部隊
「一夜橋」の大仕事の疲れが取れる間もなく、ディワール辺境領に凍りつくような凶報が舞い込んだ。
――大陸東方・大街道の王者、巨国シュール・ガルド大公国――アーチャー・ボウマン大公が、万という圧倒的な軍勢を動員し、この地を飲み込もうとしているというもの。
彼らはノヴァンの躍進を「卑しい田舎者の反乱」「命知らずなうつけ」だのと罵り、王都上洛のついでに踏みにじると宣言したのだ。
「ご領主さまぁぁぁ! 今度こそダメです、おしまいですぅ!」
軍議の場に飛び込んできた斥候の兵は、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして叫んだ。
「ボウマンの軍勢を見てきました! 地平線の果てまでぜーんぶ、敵です! ボウマン大公の鎧なんてピッカピカに光っててやったら目立ってるし、ヤツらが掲げる旗印なんて数え切れません! あんなの人間が勝てる相手じゃありませんよ! 今のうちに白旗上げて、命だけは助けてもらいましょうよぉぉ!」
あまりにも情けない訴え(と言うか報告)に、百戦錬磨の家臣たちすら怒鳴ることなく絶句し、重苦しい沈黙が会議室を支配した。
その沈黙を切り裂いたのは、末席で欠伸を噛み殺していたオレだった。
「閣下、いい機会です。ボウマンのピカピカの鎧に、綺麗な風穴を開けてやりましょう。新兵器『鉄砲』の導入を提案します」
「テッポウだぁ? そんな棒切れで何ができる!」
バルカス伯が忌々しげに吠えた。
「サニーの魔法ですよ。指先一つで、三代続く名門の騎士様どもを、名もなき一兵卒が射殺せる最凶最悪の魔法です。閣下! 20丁なら10日で揃えます」
ノヴァンは冷徹な瞳でオレを射抜いた。
「わかった。30丁を5日で揃えろ。残りの5日で精鋭兵を作れ。……できるな?」
「――よ、よ、余裕です、ノヴァンさまッ!」
……あぁ、言っちまった。5日で30丁? ムリゲーだろぉ。アメゾンプライムでもお届け無理だぞ!
◆◆
「……姉さん、さっきから何をしてるんですか?」
家に帰るなり、オレはシリル(妹)の足元にスライディング土下座をかましていた。
「シリル様、シリル大明神さま! どうか、ドワーフの親方のところへ一緒に来てくれ! アイツ、女の子のお願いに弱いんだ!」
「はぁ……。姉さん、最近本当におかしいですよ。昔はもっと、お淑やかというか、影が薄かったじゃないですか」
シリルは呆れ果てた顔で、オレを見下ろした。
「最近の姉さんを見てると、時々思うんです。……姉さん、前世でノヴァンさまの『飼い犬』だったんじゃないですか? 彼に命令されるたび、見えない尻尾がちぎれんばかりに振られてるのが見えるんですよ」
「……っ!? 鉄砲玉を喰らいたいか、お前!」
「当たんないでしょ、それ。私知ってます。あんな精度の悪い代物、だーれも戦いに使いませんよ? それにまだ一丁もないじゃない」
図星を指されて小さくなりつつ、どうにか妹を連れ、ドワーフ親方の元へ走った。またもやここでも鼻水と涙を垂らして床に頭を擦りつけた。シリルも付き合って同じ顔をしてくれている。
「頼んます親方! ご領主さまの、ノヴァンさまの、それにオレたちの命もかかってるんです!」
「姉さんのバカなお願いを聞いてあげてくださいッ」
「じゃが……5日で30丁とな! うーむバカな、無理だ! 設計図の作成に二ヶ月、数丁造るだけでも半年はかかる」
と一蹴された。
だが翌朝早く、ウチに訪ねて来た親方。
「……孫娘のような、あんたらの泣き顔が頭にこびりついて昨夜は眠れんかったわ。必死さに免じてどうにか手を打ってやろう」
そう言い、酒飲み仲間の商会長マルコを紹介してくれた。
現れたマルコは常に手を揉み、細い目で計算を弾く食えない男だったが、オレの熱意(と一夜橋の評判)を聞き知っていたようで、もったいぶった末に天文学的な金額を提示してきた。事前に相場を調べて知っていたがコイツ、かなり吹っかけてやがる。
「――オーディン金貨250枚(現世の価格で2億5千万)。……この額、払えますかな?」
「払う。一夜橋の報奨金、ぜんぶ叩き込んでやる! だけど。そっちこそ、本当に鉄砲30丁、耳を揃えて用意できるんだな?」
「即金ならば、無論。こちらも威信をかけて3日以内に何とか。それと……」
その金額で20丁オマケすると言う。都合50丁だ。
「本当か! よし! 仕入れ次第、城に届けてくれ! その時に全額支払う!」
ちなみにノヴァンさまからいただいた「一夜橋」での褒美の額はオーデン金貨2枚ぽっち。全然足りなかったが……。手付金だとカウンターに叩きつけた。
「姉さん正気!?」
とわめくシリルを尻目に、オレは出された発注書にサインした。そしてその足で城に赴きノヴァンさまに直談判する。ノヴァンさまはオレを凝視した後、金額も聞かずに即決した。
「……相分かった。出そう。その代わり、勝利を私に捧げろ」
◆◆
――決戦の日。
空はボウマン大公の勝利を祝うような快晴……ではなく、オレが「匂い」で予言した通りのひどい豪雨とその後の濃霧。
「サニイ! あーし、この『鉄の棒』、しっかり磨いておいたよ! ねぇ、勝ったらさ……あーしにご褒美、くれるよね? ね?」
シックスが大きな身体をこれでもかとすり寄せ、オレの耳元で「フーっ」と甘い息を吐く。
「ご褒美? ああ、晩飯に肉を一皿増やしてやるよ!」
「ちがーう! もっとこう……あーしを可愛がってくれるようなやつ! いいでしょ? あーし、あんたのために命張るんだからさ!」
彼女の野性的な瞳が、今は捨てられた仔犬のようにうるうる潤んでいる。
「……わかった、わかったから! 勝ったら頭撫でてやるよ!」
「やったー! 約束だよ!」
シックスは嬉々として、鉄砲隊の先頭へと駆けていった。
そして、霧の中からボウマンの本隊が現れたその瞬間。
「放てぇぇぇ!!」
オレの号令と共に、25の雷鳴が轟いた。
火を噴く杖。見えない礫。
どーせまともに撃っても精度は低い。霧中、闇雲の撃っても同じだ。
しかし万を超す大軍の固まりは、突然起こったその音と「見たこともない死」がすぐ近くで起きた事に恐慌状態に陥った。
オレは2交替で、銃身がぶっ壊れるまで鉄砲を放ち続けさせた。
敵将ボウマンと麾下の将兵は、霧の中で暴れるサニーの「俄か鉄砲隊」を魔法使いの集団と誤認し、陣形を乱した。
「撃って撃って撃って。撃ちまくれぇぇぇ!!」
濃霧を切り裂く、轟音と火花の嵐。
「オルドーの魔法だ! 蛮族の魔女が雷を落としたぞ!」
混乱に乗じ、ノヴァン率いる少数精鋭隊が、まるで白い錐になって細く鋭く深く敵陣を衝いた。
ただ唯一、斥候がもたらせた「金ピカの鎧」だけを目指して衝いた。
◆◆
「――勝利だ! 我らの勝利だぁぁぁ!!」
ボウマン大公の首が掲げられた瞬間、戦場はオルドー軍の狂喜の鬨の声に包まれた。
「ノヴァン様万歳! 雷娘・シルヴィア万歳!」
兵たちは泥まみれになって抱き合い、武器を掲げて何度も何度も勝鬨を挙げた。
「うおーうおーうおー!」
その叫びは雨雲を突き抜け、ベルカノ川の対岸まで響き渡った。
「……またもや小賢しい魔法を使いやがった、小娘めが」
バルカス伯たちが忌々しげに、それでいて感服したように呟く。帰還したオレはそれを聞き流しながら、馬上のまま凛と佇むノヴァンさまを見た。
「魔法を使ったのはオレじゃありません。信じて金を出し、勇気の固まりになってあの大軍に突っ込んでいったご領主さまですよ」
◆◆
「……ねぇ、姉さん、見てた?」
戦後処理の最中、シリルが不思議そうにオレの袖を引いた。
「さっき、ノヴァンさまが姉さんの話を聞いてる時、変な顔してたよ。いつもの怖い顔じゃなくて……なんて言うか、大事な思い出を振り返るみたいな顔」
「……さっき? 陣中でか?」
「なーんだか、嬉しそうな、優しそうなカンジでさ」
「見間違いだろ、霧で目が霞んだんだよ」
「……眼医者に行けとかヒドイ」
シリルはプイッと頬を膨らませて去っていった。
「そこまで言ってねー」
自分の前髪に触れる。
シリルにそう言われて振り見たノヴァンさまの瞳の奥。「野畔希」が見える気がしたのは……ただの気のせいなんだろうか。
【次回予告】
【ナレーション:シルヴィア・フォレスト(=サニー)】
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