005話 一夜橋!
「――泥こねゴッコは楽しいか、小娘?」
作戦開始直前、陣幕の中で冷ややかに嘲笑ったのは、オルドー家重臣のバルカス伯だった。
「麻袋に砂を詰めて川に投げ込むだと? 戦をなめるのも大概にせよ。そんなもので橋が架かるなら、誰も苦労はせんわ。……ノヴァン様! こんな薄汚い田舎娘にオルドー家の命運を預けるなど、正気の沙汰とは思えませぬぞ!」
対するノヴァン様が放ったのは、ただ一言。「黙れ」。
オレは、込み上げる嬉しさと悔しさで奥歯を噛み締めた。
重臣たちの刺すような視線を跳ね返し、泥だらけの服を無造作に払って立ち上がる。
――クソォ。めちゃくちゃに、悔しい。
けれど、ここで挫ければノヴァン様に恥をかかせることになる。何より、オレを信じて袋を縫い続けてくれた同郷の仲間や妹、味方になってくれた河賊たちに顔向けができない。
「……見てな。明日、バルカス様のその立派な髭が、驚きで真っ白になるぜ! ……です」
◆◆
太陽が沈み、祈りの鐘が遠くで鳴り響く。
「たいまつは厳禁だ! 月明かりと、手の感覚だけで運べ!」
オレの号令で、総勢三千人の「バケツリレー」が始動した。
今回の作戦の肝は、古代帝国時代に失われたとされる『ローマンコンクリート(=水硬性モルタル)』の再現。ベルカノ火山の灰(=ポゾラン)と、生石灰、それに少量の海水を混ぜ込んだ『ドライミックス』を麻袋に詰めている。
「姉さん。石灰の粉でヒリヒリするって泣いてる人たちがいます! 布でマスクを作ります!」
妹のシリルの提案。彼女も一睡もせず、数万個に及ぶ袋の在庫管理と工作員たちの休息所を仕切ってくれていた。
「頼む! アドバイスありがとう、愛してるぜ!」
「……わたしもです。って言わなきゃいけないですか?」
◆◆
【終課 (コンプレトリウム)】
「もー、さっさと運びなよ! あんたら、それでもオルドーの精鋭なん!?」
現場の指揮は、シックスが執っていた。彼女も自ら上半身裸に近い格好で冷たい川に飛び込み、流されてくる袋を足元で積み上げていく。
適所を選んだとは言え、それでも川幅25メートル、深さは大人の胸まである。水流が体力を奪う。
「サニイ、これマジでキツいよ! けど……あんたが言ってた通りだ。袋が水を吸った瞬間、ズシリと重くなって、川底に根を張るみたいに安定するよ!」
麻袋がフィルターの役割を果たし、中の石灰粉が適量の水と結合する。かつて古代の港湾を支えた「水中硬化」が静かに再現されていく。
◆◆
【夜半課 (マティヌス)】
――深夜零時。作業は地獄の様相を呈していた。
「もう指が動かねぇ……。冷てぇ、死んじまう……」
一人の若い兵士が、川の中で泣きそうな声を上げた。その時だ。
「……? なんだ、これ。あったかいぞ……?」
彼が積み上げたばかりの袋にしがみつくと、そこからじんわりとした熱が伝わってきた。
「だろっ? 『水和熱』ってんだぞ、それ!」
現世で習ったばかりの知識をドヤ顔でひけらかす。
「すいわねつ?」
「かったい石が生まれる時の産声だと思え! その熱にしがみついてもう少しだけ耐えてくれ!」
化学反応が引き起こす熱。凍える作業員たちにとってはありがたい温熱だった。
「嬢ちゃんの作った袋は、まるで生きもんのようだな……!」
わずかながら現場に元気が戻る。オレもずぶ濡れの泥まみれになりながら、一心不乱に袋を積み続けた。華奢な身体が「限界だ」と悲鳴を上げるが、止まるわけにはいかない。
◆◆
【賛課 (ラウデス)】
――午前四時。
霧が立ち込め、視界が白く塗り潰される。
だが、ここで最大のアクシデントが発生した。
「中央の橋脚が傾いてる! 川の 流れが速すぎて土台が削られてるよ!」
シックスの焦り声。見れば、積み上げた袋の隙間に水のカタマリが入り込み、基礎部分を崩しかけている。
「くそおおっ――そうだ鉄筋だ! 槍をっ、余っている槍をありったけ持ってこい!」
シックスとふたりで、まだ固まりきっていない袋の山に、十数本の槍をザクザクと、深く深く突き刺していく。
「これを芯にするんだ! 袋同士を縫い合わせろ!」
槍の穂先が骨組みになり、コンクリートが体格を安定させる。まさに近代建築の先駆け『鉄筋コンクリート』の原型だと自負した。
頭を絞って作り上げた石柱は、唸りを上げはじめた水流を真っ向から受け止めた。
◆◆
【早課 (プリマ)】
――午前六時。
太陽が東の空を赤く染め、白い霧が劇的に晴れていく。
対岸の敵陣から、地鳴りのような驚愕の声が上がった。
「……ありえん。昨夜まで、何もなかったはずだぞ」
「石の道だ。巨大な岩盤が、川を跨いでいる……!」
完成した橋の上に、一騎の軍馬が進み出た。
紅蓮の外套を風になびかせたノヴァンさまだ。
彼は、泥と汗でボロボロになり、岸辺にへたり込むオレを一瞥した。
「バルカス。……貴様の言う田舎娘が大業を成し遂げたぞ。詫びに丸坊主になる覚悟はできたか?」
ノヴァン様の皮肉に、バルカス伯はじめ、将兵たちは一様に言葉を失っている。
剣を抜き放ったノヴァン様が朝日に向かって叫んだ。
「――道は成った。仇敵どもに、天の裁きを! 突撃ィ!!」
蹄が石の橋を踏み鳴らし、オルドーの軍勢が対岸へと突き進んでいく。
オレはその光景を、朦朧とする意識の中でただ眺めていた。
戦後、この橋は『ノヴァン橋』として遺され、隣領とを結ぶ最重要インフラになった。
コンクリートの強固な基礎は、その後何十年、何百年にわたって水流に耐え、戦火で木製の橋桁が焼かれても、石柱だけは残り続け、のちの文明復興の礎となった。
「……姉さん、また増えてますよ。白髪」
祝勝会の裏で、シリルがオレの髪をそっと梳かした。
「……ああ。でもさ、あいつが笑えたんなら、どーでもいいってもんだ」
「あいつ?」
「サニー。……ご苦労だった」
不意に背後からかけられた声。振り向くとノヴァン様がいた。
「お前が見せた手品……いや魔法だな……。少しだけ、認めてやってもいい」
「『少しだけ』ですか? 厳しいなぁ、閣下は」
最高級の「サニースマイル」を作って、軽口を叩く。
ノヴァン様はなぜか視線を逸らしたが、その頬が朝焼けのせいか、わずかに朱に染まっていた。
汗まみれ泥だらけの下っ端家来としての生活は、まだ始まったばかり。
「やれやれ」と一息ついたオレは襲って来た眠気に逆らうことなく、シリルと共にねぐらに帰った。
次回予告
【ナレーション:シルヴィア・フォレスト(=サニー)】
恋の火花は熱く燃え上がり、いよいよ作戦決行の夜が……。
あれ? これ前回の台本じゃないか? 間違ってない?
最大の危機発生! オルドーに押し寄せる大軍、果たして彼らに勝ち目はあるのか?
サニーは主ノヴァンに、一世一代の賭けを提案する……!
「構えろッ! この鉄砲がオレたちに明日を届けてくれる!」
次回、第6話『見よ! これが戦場に咲く魔法の華!』
あなたは、魔法を信じてくれるかしら? お楽しみにね!
……もうこのコーナー、やらんでエエでしょ?




