004話 百合色のささやき
「あん、もうっ! サニィってば、そんなに泥だらけになっちゃって……あーしが拭いてアゲルからじっとしてな!」
「やめろ、シックス! 顔をくっつけるなぁ、暑苦しいって!」
――さて、「一夜橋」の建設現場。
オレは、過度すぎるスキンシップを仕掛けてくるシックスを必死に引き剥がしていた。
どうもこの河賊の女頭領は、オレに完落ちしている。
「いいじゃない、減るもんじゃなし! あーしさ、決めたんだ。この橋が架かったら、あんたをあーしの嫁にする!」
「誰が嫁だ! オレは……オレはこう見えても中身は硬派なオト……仕事人なんだよ!」
「キャーッ、テレてるサニィちゅわんもカッコイイっ!」
うぅ。会話が成立しない。中身は男子高校生のオレだが、見た目は金髪の美少女! サニーさまだ。シックスからすれば、小柄で可憐な小娘ちゃんが、泥にまみれて「オレ」なんて粗野な言葉を使っているギャップがたまらなく「キュン」とくるらしい……のか?
その日の午後。現場の空気が一変した。
「辺境伯様のお出ましだ!」
という声と共に、紅蓮の外套を翻したノヴァン様が、多数の護衛を引き連れて視察に現れたのだ。
「サニー。報告しろ」
馬上のノヴァン様は、一切の感情を排した「魔王」の仮面を被っていた。だが、オレの隣で甲斐甲斐しくオレの汗を拭っているシックスを見た瞬間、その美しい眼が鋭く細められた。
「……そちらの野卑な女は何をしている」
「あ? あーしは河賊のシックス。サニイの将来の旦那……いや、嫁だよ!」
「…………嫁だと?」
ノヴァンさまの周囲の気温が数度下がった気がした。それは現世での「清楚な学園のマドンナ・希」からは想像もできない、冷徹な独占欲の波動だ。
「サニー。貴様は私の従卒であり、管理下にある所有物だ。野蛮な部外者に自由に触らせるな。……誰か、その女の腕を二本とも斬り落とせ」
「そ、それはヒドすぎるだろ閣下! シックスは大事な協力者ですよ!」
ノヴァン様は馬を下り、オレとシックスの間に割り込むように立った。シックスを完全な「ゴミ」を見るような目で一瞥し、オレの腕を強く掴む。
「何度も言わせるなサニー、ちょっとこっちへ来い。再教育が必要なようだ」
ノヴァン様は有無を言わせずオレを物陰へと引きずっていくと、周囲に人がいないことを確認して、オレを背後の木に押し付けた。逃げ場を塞ぐ「木ドン」だ。だが、その瞳に「デレ」の色はない。あるのは、真性の怒りだ。
「……説明しろ。なぜあのような下品な女に易々と身体を許した?」
「ゆ、許したって……別にただ汗を拭かれただけで……」
「口答えするな。お前のその泥だらけの顔も、その妙な言い訳も、怒った顔も、怖がる顔も、……笑い顔も。すべて私の許可なく他人に見せることは許さん。お前が勝手に自分の価値を下げることは、私の戦略上の重大な損失だ」
うわー何だソレ、屁理屈か? 自分を納得させるための方便か?
……いや……もしかして、ヤキモチか? ヤキモチなのか?
そう思ったが違うっぽい。オレを睨みつけるノヴァン様の瞳の奥に、ほんの少しだけ、捨てられた仔犬のような「焦燥感」が見えた気がした。
「――わかりましたよ、ノヴァン様。オレはあんたの『所有物』。他の誰の言いなりにもなりません。これでいいですか?」
ぶっきらぼうに笑うと、ノヴァン様は「フン」と鼻を鳴らして、掴んでいたオレの手首を放した。痛かったって。
「バツとして夜通し働け。明日の朝までにセメントの調合を一段落させろ。いいな?」
ノヴァンさまは一度も振り返らずに立ち去った。その足取りは、心なしかいつもより速かった。
「あーあ、行っちゃった。ご領主様、独占欲強すぎじゃない? サニイ、愛されてるねぇ」
「愛されてるんじゃなくて、管理されてるんだよ……。あーあ、腰も痛ぇ」
泥だらけの現場に戻ったオレ。その後ろで、弁当を届けた妹のシリルが木の棒を使い、地面に虚無的な文字を刻んでいた。
『君に百合、姉を巡りて泥仕合』 (妹、魂の俳句)
その横には、さらにシニカルな四字熟語が深く刻まれている。
【 四 面 楚 歌 】 姉の貞操。
「姉さん、もういっそのこと、その魔性の魅力で教皇庁まで手なずけたらどうですか?」
「他人事だよな、シリルさん……」
シックスが横から「なんて書いてあるの? あーし、字読めないんだよね」とささやく。
読めなくて大丈夫です。
次回予告
【ナレーション:シリル・フォレスト】
恋の火花は熱く燃え上がり、いよいよ作戦決行の夜が近づいてくる。
ついに訪れる決戦の夜。
激流の川に、天才サニーが放つ魔法の泥が奇跡を呼ぶ!
だが、ノヴァンの背後に迫る暗殺者の影……!
「この橋は、オレたちの未来へ続く道だ!」
次回、第5話『一夜橋! 魔法で夢のランウェイを架けて』
あなたは、魔法を信じてくれるかしら? お楽しみにね!
……姉さん、これでいいですか?




