005話 一夜橋!
「――おい、そこの小娘。泥遊びはもう終わりか?」
作戦開始直前、陣幕の中でオレを嘲笑ったのは、オルドー家に古くから仕える重臣のバルカス伯だった。
「麻袋に砂を詰めて川に投げ込むだと? 貴様、戦をなめているのか。そんなもので橋が架かるなら、工兵などいらんわ。……閣下、こんなスパイ紛いの小娘に軍の命運を預けるなど、正気の沙汰ではありませんぞ!」
ノヴァン様は冷徹な横顔を崩さず、ただ一言、「黙れ」とだけ告げた。
オレは重臣たちの刺すような視線を無視し、膝の泥を払って立ち上がる。正直、足は震えている。だが、ここで引けばノヴァン様の天下統一事業は終わりを告げる。何より、オレを信じて袋を縫い続けてくれた兵士たちに顔向けができない。
「……見てな。明日、あなたさまのその立派な髭が、驚きで真っ白になるぜ……です」
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太陽が沈み、祈りの鐘が遠くで鳴り響く。
「たいまつは厳禁だ! 月明かりと、手の感覚だけで運べ!」
オレの号令で、総勢三千人の「バケツリレー」が始動した。
今回の作戦の肝は、古代帝国時代に失われたとされる『ローマンコンクリート(水硬性モルタル)』の再現だ。ベルカノ火山の灰と、生石灰、それに少量の海水を混ぜ込んだ『ドライミックス』を麻袋に詰めている。
「姉さん、石灰の粉が目に入って痛いって兵たちが言ってます! 粘膜をやられないよう、布を巻かせました!」
妹のシリルが、補給線の最後尾から叫ぶ。彼女は一睡もせず、数万個に及ぶ袋の在庫管理と兵士らの休息所を仕切っていた。
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【終課 (コンプレトリウム)】
「もー、さっさと運びなよ! あんたら、それでもオルドーの精鋭なん!?」
現場の指揮は、シックスが執っていた。彼女は自ら上半身裸に近い格好で冷たい川に飛び込み、流されてくる袋を足元で積み上げていく。
適所を選んだとは言え、それでも川幅25メートル、深さは大人の胸まである。水流が体力を奪う。
「サニイ、これマジでキツいよ! けど……あんたが言ってた通りだ。袋が水を吸った瞬間、ズシリと重くなって、川底に根を張るみたいに安定するよ!」
麻袋がフィルターの役割を果たし、中の粉末が適度な水と出会う。すると、かつて古代の港湾を支えた「水中硬化」が始まる。
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【夜半課 (マティヌス)】
――深夜零時。作業は地獄の様相を呈していた。
「もう指が動かねぇ……。冷てぇ、死んじまう……」
一人の若い兵士が、川の中で泣きそうな声を上げた。その時だ。
「……? なんだ、これ。あったかいぞ……?」
彼が積み上げたばかりの袋にしがみつくと、そこからじんわりとした熱が伝わってきた。
「だろっ? それは『水和熱』ってんだ!」
オレは川岸から叫んだ。
「かったい石が生まれる時の産声だと思え! その熱にしがみついてもう少し、あと半分だけ耐えてくれ!」
化学反応が引き起こす熱。凍える兵士たちにとって、それはサニーさまが授けた「奇跡の体温」だった。
「お嬢ちゃんの魔法の石は、まるで生きてるようだ……!」
現場に活気が戻る。オレも自ら川に入り、ずぶ濡れの泥まみれになりながら袋を積み続けた。華奢な身体が悲鳴を上げるが、止まるわけにはいかない。
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【賛課 (ラウデス)】
――午前四時。
霧が立ち込め、視界が白く塗り潰される。
だが、ここで最大のアクシデントが発生した。
「中央の橋脚が傾いてる! 川の 流れが速すぎて土台が削られてるよ!」
シックスの焦り声。見れば、積み上げた袋の隙間に水流が入り込み、基礎を崩そうとしていた。
「くそっ、鉄筋だ! 槍をっ、余っている槍をぜんぶ持ってこい!」
オレはシックスと一緒に、まだ固まりきっていない袋の山に、十数本の槍を深く、深く突き刺した。
「これを芯にするんだ! 袋同士を縫い合わせろ!」
くず鉄や槍の穂先が骨組みとなり、コンクリートが肉となる。まさに近代建築の先駆け『鉄筋コンクリート』の原型。石の柱は、唸りを上げる水流を真っ向から受け止めた。
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【早課 (プリマ)】
――午前六時。
太陽が東の空を赤く染め、白い霧が劇的に晴れていく。
対岸の敵陣から、地鳴りのような驚愕の声が上がった。
「……ありえん。昨夜まで、何もなかったはずだぞ」
「石の道だ。巨大な岩盤が、川を跨いでいる……!」
完成した橋の上に、一騎の軍馬が進み出た。
紅蓮の外套を風になびかせたノヴァンさまだ。
彼は、泥と汗でボロボロになり、岸辺に座り込むオレを一瞥した。
「バルカス。……髭を剃る準備はできたか?」
皮肉げに笑うノヴァンの言葉に、背後の重臣たちは一様に言葉を失っている。
ノヴァンさまは剣を抜き放ち、朝日に向かって叫んだ。
「――道は成った。仇敵どもに、天の裁きを! 突撃ィ!!」
蹄の音が石の橋を叩き、オルドーの軍勢が対岸へと流れ込んでいく。
オレはその光景を、朦朧とする意識の中で眺めていた。
戦後、この橋は『ノヴァン橋』として遺され、領内の最重要インフラになった。
コンクリートの強固な基礎は、その後何十年、何百年にわたって水流に耐え、戦火で木製の橋桁が焼かれても、石の柱だけは残り続け、のちの文明復興の礎となった。
「……姉さん、また増えてますよ。白髪」
祝勝会の裏で、シリルがオレの髪をそっと梳かした。
「……ああ。でもさ、あいつが笑えたんなら、どーでもいいってもんだ」
「サニー。……ご苦労だった」
不意に背後からかけられた声。振り向くと、独り酒を嗜むノヴァンさまがいた。
「お前の妙な手品……いや魔法か……。少しだけ、認めてやってもいい」
「『少しだけ』ですか? 厳しいなぁ、閣下は」
オレは「サニースマイル」を作り、軽口を叩く。
ノヴァンは視線を逸らしたが、その頬が朝焼けのせいか、わずかに朱に染まっていた。
泥まみれの下っ端家来としての生活は、まだ始まったばかり。
オレは「やれやれ」と一息つき、襲って来た眠気に逆らうことなく、シリルと共にねぐらに帰った。
次回予告
【ナレーション:シルヴィア・フォレスト(=サニー)】
恋の火花は熱く燃え上がり、いよいよ作戦決行の夜が……。
あれ? これ前回の台本じゃないか? 間違ってない?
最大の危機発生! オルドーに押し寄せる大軍、果たして彼らに勝ち目はあるのか?
サニーは主ノヴァンに、一世一代の賭けを提案する……!
「構えろッ! この鉄砲がオレたちに明日を届けてくれる!」
次回、第6話『見よ! これが戦場に咲く魔法の華!』
あなたは、魔法を信じてくれるかしら? お楽しみにね!
……もうこのコーナー、やらんでエエでしょ?




