10.銀色の髪の少女(レオンハルト視点)
彼女に初めて会ったのは彼女と甥のルーカスとの婚約が整ってしばらくしてからだった。
ルーカスは良くも悪くも凡庸だった。
下に弟が二人いて、王太子になれるかは微妙だった。
それを一気に王太子第1候補に押し上げたのは、ランガスター公爵の長女エミリアとの婚約だ。
話を聞いた時はこれで王太子争いが落ち着いてくれるかという感想しかなかった。
その時、王宮の庭園に行ったのは、当時騎士団の鍛錬場に通っていて、王宮からの近道だったからだ。
先客がいて女の子だとは遠目にも分かったが、通るだけだし、問題ないと思った。
しかし、近づいて行くと、声を殺して泣いていることに気がついた。
さすがにその横を通るのはまずいかと引き返そうとして、その見事な銀髪に目がいった。
ランガスター公と同じ色だ。
多分、彼女がルーカスの婚約者だ。
それに気づくと何故こんなところで泣いているのかは想像がついた。
王族の教育は非常に厳しい。
そのことは経験している自分がよく知っている。
ルーカスが凡庸な分、彼女への教育はそれをカバーすべくより厳しくなるはずだ。
ちょっと同情してしまった。
ひとしきり泣いたのか、涙をぎゅっと拭って顔を上げると、キリッとした目をして、木の影にいた俺に気づくことなく王宮に戻って行った。
その小さな背中には立派に王族の風格が漂っている気がした。
いつもこうやって一人で泣いて、また王子妃教育に戻って行くのか。
ルーカスが羨ましいなと思った。
こうやって、寄り添おうと一生懸命な婚約者がいて。
20歳になる頃隣国との情勢が悪化して戦争になってしまった。
王族として軍を率いて行くことになった。
その時いた婚約者は戦争に行って一年経つ頃に、いつ戻れるか無事に戻れるかも分からないから婚約を解消してよいと言ったら、すぐに解消することになった。
そのことにそれ程何の感慨もない俺は冷たい人間なのかもしれない。
戦争が終結するのに3年もかかってしまったが、なんとか無事に帰ってくることができた。
そこで聞いた噂は信じられないものだった。
ルーカスが男爵令嬢と恋仲で、彼女を妃にと望んでいると。
ルーカスに寄り添う為にあんなに頑張ってたエミリアを捨てるのか?
ルーカスに無性に腹が立った。
以前と同じように、庭園を通って騎士団の鍛錬場に向かおうとしたら、いつかの日に見た銀色の髪の彼女がいた。
久しぶりに見た彼女はとても綺麗な女性に成長していた。
「確かルーカスの婚約者だったな」
言ってから無神経で余計なことだったと気づいた。
菫色の瞳が揺れた。
「それはもう…」
言い淀んだ彼女の目は泣いた後のものだったのだ。
彼女のせいではなく、ルーカスが重圧から逃れたかっただけだと言ったら、少しほっとした顔をした。
少しでも彼女の心が穏やかになることを祈った。
その後すぐにルーカスが婚約破棄したと噂が流れた。
不自然な程早く。
兄上は怒っていた。
それはそうだろう。
ルーカスの為に整えた縁談で王太子になる為に必要だったから、王命によってなされた婚約をルーカスが勝手に破棄したのだ。
エミリアは優秀でみんなに認められていた。
そのエミリアを捨てて男爵令嬢をとった。
聖属性の魔法が使えるとはいえ、魔力も大したことがなく、聖女と呼ぶには微妙なニーナ・ブリスギン。
ルーカスの王太子即位はなくなった。
執務室でランガスター公と今後のことを話していた時のこと。
話がひと段落して、お茶を飲みながら休憩していると、ランガスター公の侍従がそっと手紙を渡した。
あまり良くない内容なのか、ランガスター公が手紙を読むと眉間に皺を寄せた。
「何かあったのですか」
「あぁ、大したことはないのかもしれないのですが、領地の森で魔物が異常に発生しているらしいのです」
それで…少し言い淀む。
「エミリアが嬉々として討伐していると」
ランガスター公は苦笑いした。
俺は王宮で見たエミリアの様子と魔物討伐が上手く噛み合わなくて戸惑った。
「エミリア嬢が魔物討伐?」
「今まで王妃となる為にエミリアは本当に努力してきたんですよ。でも、エミリアの本質はそうじゃないんです。だから、これからは自由にやらせてやろうと思っていたんですが…まさか魔物討伐してるとは」
ランガスター公は頭を抱えた。
普通の貴族令嬢なら確かに魔物討伐に行くことはないだろう。
公爵令嬢は守ってもらう立場であって自ら危険に飛び込んでいくなんて考えられない。
魔物討伐を嬉々として行なっているエミリアを見てみたい。
「私が様子を見に行ってきます」
「え?いや、殿下自ら行ってもらう訳には」
ランガスター公の反対を
「王宮のゴタゴタはあなたに任せます」
にっこり笑って押し切った。




