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9.王子様の秘密。

 愕然とした表情の、クレイディオ最愛の【雲英雪(きらゆき)の妖精】が、クレイディオを見つめている。

 クレイディオは、その表情の愛らしさにただただ微笑む。

 明確な答えは返さない。


 君が男でも何でも構わなかった。

 どこの誰とも知れない女との結婚を渋り続け、拒み続けたのだって、君という存在しかないと心に決めていたから。 それ以外に、周囲に知らしめるためだ。

 らしくはないが、一目惚れだった。


 クレイディオは、異質な子どもだった。

 その日は、久々に体調がよかった。


 クレイディオは、幼い頃から魔力に恵まれていた。 恵まれ、すぎていた。

 幼い身は大きすぎる魔力に耐えられず、体調を崩すことが度々だったのだ。

 周囲はクレイディオの身体が弱く、長生きできないのではないかと懸念し、長い間王太子を定めなかったほどだ。


 寝ていても、勉強はできた。

 その日は、前述したとおり体調がよかったので、武術や剣術、魔法の実技を教師から教えてもらった。

 そして、自分の部屋へと戻るところで、足を止めた。木々の間にぼんやりと立っている、弟と同じくらいの年ごろの女の子。

 その子を見た瞬間に、クレイディオの中で鐘が鳴り響いた。

 その子が、自分の運命だ、と思ったのは直感だった。


 次の瞬間には、目の前にその子がいた。

 クレイディオが、初めて移動魔法を使ったのがそのときだ。


 淡い、淡い、限りなく白に近い金の髪。

 光を弾く、光の加減で部分的に色が違って見えるその色を、何と呼ぶのか、クレイディオは知らない。

 瞳は、天空の空の色。 

 可愛らしいのに、清らかで…。 そう、その子の周りだけ、空気が澄んでいるように見えた。 不思議な感覚だった。


 一目で、気に入った。

 この子以外、ありえないと思った。


 その子は、驚いた表情で、クレイディオを見つめている。

 それは、目の前にいきなり、人が現れたら驚くだろう。


「君、ひとり?」

 緊張しながら尋ねたのだが、その子は小さくひとつ、頷いた。

 言葉が話せないとは思えないから恐らく、その子は人見知りで恥ずかしがり屋なのだろう。

 緊張しているのが、自分だけではないと知って、クレイディオはだいぶ気が楽になった。


「でも、ひとりで来たんじゃないよね?お父さんかお母さんと、はぐれたの?」

 もう一度問うと、同じようにその子は頷いた。

 親とはぐれたということはきっと、不安だったり、悲しかったり、寂しかったりしているだろう。

 その子は泣いてはいなかったけれど、ずっと心細そうな顔をしている気がした。

 だから、クレイディオはその子を安心させたくて、笑って見せたのだ。


「そう、安心して。僕と一緒にいたら、お父さんとお母さんに会えるよ。僕と一緒にお茶をして待っていよう」

 クレイディオが誘うと、じっとクレイディオの顔を見つめていたその子は、こくりとひとつ頷いてくれた。 手を差し出せば、握り返してくれる。


 その子の手を引いて歩くクレイディオは、自分がまるで、物語の勇者か英雄にでもなったかのような、晴れやかで誇らしい気分だったのだ。

 神秘的な空気の可憐なその子は、まるでどこか異界の住人のようでもあって、クレイディオは直感的に妖精をイメージした。


 その子を連れて、クレイディオは自分の部屋へと向かった。

 だが、その階段の途中でその子が疲れて階段を上れなくなったので、クレイディオはその日初めて自分以外の誰かを連れて、移動魔法を使った。


 そして、そこでクレイディオは、あることに気づいたのである。

 移動魔法を使うごとに、身体が軽くなるのだ。


 ここからはクレイディオの仮定だが、クレイディオは今まで所謂【飽和状態】だったのだと思う。

 魔力が身体に蓄積されすぎて、体調に変調を来していた。

 それを解消するためには、魔力を使えばいい。 火を(とも)す程度の微少な魔法では焼け石に水だ。

 何か、大きな術式に常に一定の魔力が流れるようにすれば、この体調不良は改善されるだろう。 確証はないけれど、確信はあった。


 それから、クレイディオは、父に頼んで城全体の守護結界にクレイディオの魔力を流すように設計をしてもらった。 王太子になった当時からは、オキデンシアの領土全体を守護する結界に魔力を流している。

 それでも、クレイディオの魔力は、宮廷の第一位魔法使い相当だ。


 これも、この出逢いがなければ、わからなかったこと。


「ここが僕の部屋なんだ、座って待っていて」

 その子がソファに座ってくれるので、クレイディオは勉強机の上に置かれている鈴を手に取って振った。

 チリンチリン、と軽やかな音が鳴れば、使用人のヘルガがすぐにキッチンワゴンを押して現れる。

「クレイ殿下、お呼びですね」


 ヘルガは優秀な使用人だ。

 時間的に、お茶の時間と重なることにも気づいたのだろう。

 彼女が押してきたキッチンワゴンには、クッキーと飲み物が載っていた。


 彼女はすぐにソファに座る女の子に気づいたようで、微笑む。

「あら、まあ、可愛らしい。こんにちは。クレイ殿下、ガールフレンドですか?」

 ヘルガがクッキーの載ったお皿をテーブルに置いている間に、クレイディオはレモンとミントの蜂蜜水をその子の目の前に置いてあげた。

「!お友達だよ。迷子になったみたいだ。誰かこの子くらいのお子さんを連れた訪問者はいなかった?」

「では、城内の者に当たってみます。それと、殿下にお飲み物をお持ちします」

 にこにことヘルガが微笑んでいるのが何だか妙に恥ずかしくて、ヘルガが室内から出て行ったときにはなんだか妙にほっとしたものだ。


 その子は、とてもお行儀のよい子で、クレイディオが「食べていいよ」と言っても、クッキーにも飲み物にも口をつけなかった。

 クレイディオの手元に飲み物がくるのを待ってくれているのだろう、と何となく思った。


 彼女は、両親と共にお城に来たということだった。

 名前は、聞いても教えてくれなかった。 何でも、知らないひとに教えてはいけない、と教えられているからだそうだ。 そこで、クレイディオは自分の認識が誤っていたことに気づく。

 彼女は、クレイディオの手元に飲み物が来るのを待っているわけではなく、警戒しているのだろう。


 幼心に、それ以上根掘り葉掘り訊くのは得策ではないと考えたのかもしれない。

 だから、クレイディオはまずは、自分のことを彼女に知ってもらうことで、警戒を解いてもらおうとしたのだと思う。

 何を話したのかは覚えていない。

 とりとめもないような、脈絡もないようなことだった気がしないでもない。 とにかく、あのときのクレイディオは、緊張と警戒を解いてもらうことに必死だったのである。


 一生懸命話していると、コンコン、と扉が叩かれて、開かれた。

「殿下、その子のお母様をお連れしました。それから、お飲み物です」

「まぁ、殿下と一緒にいたの」

 ヘルガと共に入室してきたのは、灰銀の髪と紫紺の瞳の優しそうな女性だった。

 その女性を目に留めると、可愛い妖精のような彼女の顔が輝いた。

「おかあさま」

「よかった、元気ね。殿下、ありがとうございます。わたくし、ゴーシュ・クリスタルヴァンの妻で、ミュリエルと申します。なんとお礼を申し上げたらよいか…」


 クレイディオの妖精の母君は、ソファに腰を落ち着けるつもりはないようだ。

 話が終えたら、すぐに娘を連れ帰るつもりなのだろう。 ヘルガもヘルガで、クレイディオの前にグラスを置くと、部屋の隅に控える。

 よく知らない人間と、一国の王子を同じ部屋に置いておけないという心理はわかるが、今回くらい、と思ってしまう。


 悩んだのは、数瞬。 けれど、この機を逃してはならないと思ったのだ。

 クレイディオは立ち上がり、そして、膝を折って胸に手を当てた。


「礼に求めることが非礼なことはわかっているけれど、母上。私は彼女を、妃に迎えたい」


 こんなに緊張したことが、今まであっただろうか。 いや、ない。

 本来ならば、クレイディオの気持ちひとつで口にしていいことではないのもわかっている。

 わかっているけれど、止められなかった。 きっと、これが恋なのだろう。


 部屋の隅に控えたヘルガは、ほとんど壁と同化しているようで何も言わない。

 クレイディオの妖精は、何の話をされているのかわかっていないかのように、無言だ。

 そして、母親であるミュリエルは、というと、少し困ったように微笑んで、そっとクレイディオを立たせるのだ。

「お立ちになっていただけますか、殿下。殿下のお気持ちは、嬉しいのですけれど…。申し訳ありません。この子、殿下のお妃様にはなれませんわ」

 優しく、柔らかく、だけれど、クレイディオの希望は断られた。


 そのことはわかったのだけれど、認められなくて、クレイディオは食い下がる。

「どうして。許婚でもいるのですか」

 クレイディオの悪あがきに、ミュリエルはますます、困ったような顔になった。

 そして、クレイディオをソファに座るよう促しながら、耳元でそっと囁いた。


「内緒ですよ?この子、男の子なんです」


 目を、見張った。

 信じられない思いで、ミュリエルを見返せば、ミュリエルは申し訳なさそうに微笑んで、クレイディオの妖精に手を伸べる。

「お父様が待っているから、帰りましょうね」

 ミュリエルがクレイディオの妖精に微笑めば、クレイディオの妖精も微笑み、ミュリエルの手を握り返して立ち上がる。

 クッキーにも、飲み物にも、手はつけられていなかった。


 その母子を引き留める術は知らない。

 引き留めたところで、何も変わらないのだ。

 だから、引き留めることはしない。


 だが、クレイディオにはひとつだけ、知っておきたいことがあった。

「母上、ひとつ、教えていただきたい」

「何です?」

「その子の髪の色は、何と言うんです?とても綺麗だ」

 目を眇めながら、クレイディオが問えば、ミュリエルは嬉しそうに笑ってその子の髪を撫でた。

「きらきら光って、まるで光を弾く雪原のようで綺麗でしょう。わたくしは、雲母(きら)色と呼んでいます」


 途端に、そのイメージがクレイディオの目の前に広がった。

 まるで、触れたら溶ける、雪のような。


 その日から君は、私の、雲英雪(きらゆき)の妖精になったのだ。


 待ちに待った夕食の席で、クレイディオは父に訊いた。

「父上、お聞きしたいことがあります」

「なんだ、クレイ」

「どうして男と男は結婚できないのですか?」


 クレイディオの問いに、父は飲み物を吹き出しかけて噎せたし、母は肉を喉に詰まらせかけた。

 弟のオリヴィエは、「また何をおかしなことを…」と顔に書いている。


 不思議なことだが、クレイディオはあの雲英雪の妖精が、男の子だということにさほど衝撃は受けなかったのだ。 そもそも、妖精には性別がない。 納得した、といった方が正確かもしれない。

 クレイディオにとっては性別など、大した問題ではなかった。


 では、何に衝撃を受けたかと言えば、男と男が結婚できないという、この国の、この世界の仕組みに関して、だ。


 じっと答えを待つクレイディオに、父は長い、長い沈黙の後、このように答えた。

「………私たち人間という種の、存続のため、だろうか」

「…しゅの、そんぞく?」

 その頃は、まだその意味がわからなくて、クレイディオが首を傾げていると、おほん、とひとつ咳払いをし、父は続けた。

「男と男、女と女では子を成せない。そうしたら、いつか我々は滅びてしまうだろう?」


 同じ性別を持つ者同士が、結婚できない理由は、子を成せないから。

 その答えは、クレイディオにとっては非常にシンプルで明快だった。

 その理論で行くと、同じ性別を持つ者同士の結婚など、簡単に可能になる。


 きっと、父が、男が男を好きになること、女が女を好きになること、それ自体を否定しなかったことにも、クレイディオは救われていたのだろうと、今なら思える。

 父の説明は、心の動きを問題にしたものではない。

 父は、同性が同性に恋する気持ちを認めた上で、けれど同性同士の結婚が認められていない理由を父なりに考えてくれたのだ。

 そして、その父の言葉は、クレイディオにはとてもわかりやすく、解法が簡単に導き出せるもの。

 クレイディオは、希望しか見えない未来に、満面の笑みを浮かべたのである。


「では、男と男、女と女でも、子が成せるようにすれば、結婚は可能になりますね!」


 クレイディオの発言に、今度こそ父は飲み物を吹き出し、母は肉を喉に詰まらせ、弟のオリヴィエは「こいつそもそも頭がおかしいんだった」と顔に書いた。


 あれから、十余年。

 自分の体調を維持するために、必死で勉強し、研究し、魔法式を開発した。 身体を鍛えた。

 健康面の問題さえクリアすれば、クレイディオは文句なしの、理想的な王太子だったのだ。


 法を変えるために、国王になろうと思った。

 君の、暮らしやすい国を作るために、国王になろうと思った。


 そんな国王が、国王失格だということも、知っている。

 けれど、君一人すら守れず、君一人すら幸せに出来ず、どうして国民全てにとって暮らしやすい国を作ることができるだろう。

 君を守り、君を幸せに出来たら、いい国が出来上がっていると思うんだ。


 君が、どこの誰かなんて、初めから知っていた。

 ただ、きっかけがほしかっただけなんだ。

 公の席に全く出てこなくなった君を、引きずり出すためのきっかけが。


 縁談を断り続けたから、舞踏会が催されることになった。

 両親も、周囲も、相手が誰でもいいから、とりあえず結婚だけはしてくれと言っている。


 こうでもしないと、周囲の者は納得しなかっただろう。

 こういうきっかけでなければ、認めなかっただろう。


 君を私の生涯の伴侶とするためには、必要だったのだ。

 劇的で、物語のような筋書きが。

 だから自分は筋を書き、登場人物を踊らせた。


 ドレスも、手袋も、髪飾りも、もちろんガラスの靴も、君のためだけに用意させたもの。

 けれど、それらの全てを身につけていなくても、君という存在を見つけただろう。


 君という存在は変わらない。

 オリヴィエの目眩ましの魔法など、意味がなかった。

 あの空間の中で、君だけが、まるで異なる空気を纏っていたのだ。 遠い昔、幼い頃、君を見つけたときを思い出した。

 君の周りだけ、空気が清らかで、きれいで、静かで、惹かれずには、おれない。


 長い、長い時間をかけて、整えた舞台に、クレイディオは足を踏み出し、跪く。

 ガラスの靴などより、君の纏う光の方が目映く、美しい。

 緊張しながらも、それが出ないように、悟られないようにと最大限、優雅に、優美に微笑む。


「お相手願えますか?雲英雪の妖精」


 さて、ここからが本番だ。

 劇的で、物語のような、ひとときを。




ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


ひとつだけ、言い訳というか説明をさせていただきたいことがあります。

作中で、国王陛下が口にした言葉について。


わたしの拙い語彙や表現、説明では、伝わりきらない部分もあるかもしれません。

ですが、この作中での、その言葉は、マイナスイメージでもプラスイメージでもなく、ただ単に状態を表現したものと理解していただければ幸いです。幼い息子に、「どうして男と男は結婚できないのですか?」と先人のつくった法について問われた父親が、考えて捻りだした言葉。それは、気持ちの否定や状態の否定ではないことだけ、伝わればいいな、と思います。


このお話に触れてくださった全ての方に感謝を。


2018.9.11   環名



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