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アームド・ブラッド―畏敬の赤―  作者: chiyo
第五章 破戒/再醒―Escalation―
101/172

英雄特別篇Ⅳ 蒸着—”combat”— 

EX4


(”救世主メシア”という概念……)


 目の前に立つ、”他の世界での適正者ヨゼフ・ヴァレンタイン”の言葉に、サファイアは息を飲み、立ち尽くす。


 秀麗な顔立ちに浮かぶ柔和な笑みが、蠱惑的な甘い声音が語る言葉は、耳障りの良さとは裏腹な重圧を持って、少女の内腑にまで響き渡る。  


 ”創世石”と長い時間を共にした”適正者”の存在は、わずか一昼夜、数時間の経験しか持たない”仮初の適正者”であるサファイアから見て、ひどく遠い、高い位置に居るもののように思えた。


 ……言うなれば、それは、”人間”ではなく、”概念”に等しき存在。


 目の前の美貌の下にある、人としての”血”と”肉”を、少女の五感は認識する事ができなかった。


 まるで、そこにあるのは空っぽの――、


「面食らっている……という様子だね、”救世主メシア”」

「……その”救世主メシア”という呼び方はやめてくれませんか。ボクの名前はサファイア。サファイア・モルゲンです」


 己の思考を停止させてしまいそうな、異様なヨゼフの”圧”を断ち切るべく、少女はあえてヨゼフへの反発を言葉とする。


 鼓動を早める心臓が、緊張の汗に濡れる握り締めた手が、動揺を形とする前に、何とか気持だけでも対等に、このヨゼフと対峙しなくては。


 そんな想いが、今にも後ろへ退がりそうだった少女の足を一歩、前へ進ませる。


「……随分と気丈なお嬢さんだ。そして、”創世石”に見初められるだけの”業”もまた、その青い瞳に映し出されている。人と繋がる限り、人を救わずにはいられぬその”業”は」

「な、何を……」


 青年の柔和な笑みの中、目だけが笑っていなかった。


 その目は少女の青の瞳を覗き込み、彼女の内にある”業”を、”悔い”を、”願い”を読み解き、味わうように、眼鏡の下で僅かに細められる――。


「……僕もそうだった。凡俗に生まれ、凡庸を重ねながら、ただ人を救う事を、ただいつか総てが救われる事を願い続けていた。”力”もないのに、ただ勝手に世界の不平を、人心の腐敗を嘆き、勝手に心折れるような――きわめて凡庸な男だったよ」


 懐かしんでいるようでいて、嘲笑っているようでもある、独特の調子で、青年は己の”適正者”としての軌跡を語り始める。


 それは、”仮初の適正者”であるサファイアにとっても興味深く、無視する事は出来ない”情報”であった。


「だが、ある日。”畏敬の赤”は……”創世石”は、僕を選んだ。ありきたりな”死”をきっかけとして、僕は”物質としての神”に選定され、”救世主メシア”として『鎧醒アームド』を果たした」

「”死”……?」

「そういうケースもあるという事だよ。僕の場合は、”死”を通して”創世石”を得られるだけの”業”が育まれたとみるべきだろう。飢え、蔑まれ、自らを”死”に追いやってもなお、絶望に満ちた世界への希望の発芽と、人心の”救済”を願い続けた――その、”業”が」


 肌が粟立つ。


 青年の言葉が進むごとに、サファイアの脳裏に幾つかのイメージが浮かび上がる。


 ”共繋リンク”。


 ”畏敬の赤”が高濃度で漂う場所で、対峙する”適正者”同士に起きる”意識”と”経験”の共有。


 サファイアの精神に、青年ヨゼフの記憶が混じり、”語り”始める。 


「星々を巡り、僕は多くの”悪”を討ち斃した。斃して、斃して、斃し尽くした。だが……”悪”を滅ぼすだけでは"人類(ヒト)"は、"宇宙"は救えない。そう、救う事は出来ないんだ――熟れ、腐りきった”人の心までは”」

「………!」


 ”共繋リンク”に侵され始めた少女の脳裏に、青年ヨゼフとその鎧装が歩んできた軌跡、流し続けてきた”血”の群像が、まるで毒花のように咲き乱れる。


 極彩の悪夢に、全身の神経が痺れる――。


「悲しい……僕は、”私”は、悲しい」

「な……」


 青年の目から眼球が溶け落ちたかのように、液状化した”畏敬の赤”が垂れ流され、その”空洞”となった両目から、おびただしい程のいばらが這い出し始める。


 共有した”思考”の暴走。共有した”記憶”の侵略。


 ドロドロに溶け合い、混ざる二つの意識が、青年ヨゼフが歩み続けてきた、血塗られた旅路へと、少女の精神を飲み込んでいく。


「あ……あ……?」


 ……吐き気をもよおすような”正義”であった。


 容赦なき"正しさ"であった。


 彼が認定した、"世を乱す悪”を殺して、殺して、殺して、殺し続ける――。


 正に、”鎧纏う血液アームド・ブラッド”の名に相応しい、暴虐の”正義”であった。 


 世に彼が”悪”と定める存在が生じた時、その暴虐は、天より舞い降り、血の雨と”救済”を世にもたらす。


 例え、その”過程”でどれ程の犠牲が生じようとも、確実に”救済”を完遂する。

 

 正しくそれは、”救世主メシア”という概念、そのものだった。

 

 だが、それは――、


「”救世主メシア”という概念、”物質としての神”。……信仰の偶像としてまつり上げるには、絶好の対象だ。同時に、僕を”破滅を齎す者”と忌み呪い、畏れるのも当然の事。その二つの分断は、僕の意志とは異なるところで、対立を、騒乱を宇宙に呼んだ。……悲しいよ」

「そ、それで、あなたは……」


 青年ヨゼフの両眼の”空洞”から、虚ろに開いた口、その喉奥から這い出したいばらつたが、少女の喉元に絡み付き、搾り出す少女の声に苦悶の喘ぎノイズが混じる――。


「そう、総ての”清算リセット”を試みた」


 己を巡る二つの勢力を殲滅し、己自身をも、純粋な”概念”として”分解”。


 そして、その過程で――、


「あなたの……愛する、人達も……」

「あ…唖…ア嗚呼ああああああああああああ……!」


 聴覚ではなく、精神の奥底にまで轟く絶望の咆哮こえが鳴り響く。


 少女は不意に気付く。


 壁面に描かれている、”何かを抽象した不気味な絵”。あれは、”過程”だ。


 ”適正者”である青年ヨゼフが人類に絶望し、”堕ちる”までの過程を描いたものだ。


 そして、堕ちた”救世主メシア”の概念が、病んだ宇宙に与えんとした、血染めの”祝福ギフト”。


 それは……少女サファイアにとって、到底、看過できるものでも、受容できるものでもなかった。


「総ての人類を”概念化”し、干渉・管理する……そんな事……」

「”物質としての神”なればこそ成し得る業だ。人類が過ちから逃れられぬなら、過ちから遮断すれば良い。概念として共生する事で、人類はあらゆる苦悩から罪から”救済”されるのだ……」


 熱に浮かされたような、確信を秘めた虚ろな声。それがいばらで満たされた喉奥から吐き出され、少女の精神と脳を、直に”まさぐる”ように響き渡る。


 ―—いけない。この声は精神を直に揺らし、聴く者の意志をも”侵食”するものだ。


 人間ヒト人間ヒトでなくするものだ。


 腰のバックルに収められた”創世石”がそう警告していた。

 

「くっ……ああっ!」

「……! ほう……」


 少女の腕が己に絡み付くいばらを払い、己を保護する”畏敬の赤”の光とともに後退する。


 青年ヨゼフによって与えられた花嫁衣裳ウェディングドレスは、サファイアがそれを剥ぐように腕を振ると同時に、”概念”で編まれていた生地をほつれさせ、少女が好む、従来の活動的な衣服へとその様相を変えていた。


「……足掻くのかい? いま”見せた”ように、人間ヒトは絶え間なく間違い、”悪”を成すもの。ならば、その間違いを阻む事こそが――」


「ボクの世界には、傷だらけになっても、重すぎるものを背負わされても、誰かの為に微笑んで戦える大好きな人がいる。耐え難い悲劇で自分の心を黒く塗り潰しても……まだ光をその胸に灯して、歩き続けている人がいる。それを知るボクが”人間ヒトの可能性を諦める”なんて……出来る訳がない!」 


「……”悲しい”ね」 


 ”…………!” 


 青年の溜息とともに、新たな”気配”が少女の五感を(くすぐ)っていた。


 石畳を叩く革靴の音が二人分。


 少女の背後で足を止め、”彼等”は、不穏な影を少女の視界に伸ばす。


「この先にあるのは、無明の無限地獄。歩き続けた先で倒れ、天を仰いでも、そこには太陽の光など輝いてはいない――」

「ねぇ……お姉さんも一緒に堕ちようよ。愉しいよ? ”コレ”は”コレ”で」


(な……!?) 


 振り返ったサファイアの青い瞳に映ったものは、それぞれ異なる表情を浮かべた、二人の”ヨゼフ・ヴァレンタイン”の姿だった。


 しかし違う”人格”を感じる。いや、”感情”と言うべきか……?


「先程も言ったが、現在の”私”はかなり無理をして、現世に繋ぎ止めている状況だ。”喜怒哀楽”ごとに己を分割し、個々に活動させる事で、ようやくこの”観念世界”に潜り込む事が出来た。本来の”私”の個は、世界と世界の狭間を越えられる程、小さくはないからね……」

「”奪わせて”もらうぞ、その”創世石”——」


 背後の影が不穏に揺れ、動き出す。


 肌を突き破り、内臓にまで達するような”重圧”とともに、憤怒の形相を浮かべたヨゼフと、恍惚とした表情を浮かべたヨゼフが、緑色と黒色の”鎧醒器アームド・デバイス”を手にし、間合いを詰め始める。


「「『鎧醒アームド』ッ!!」」


 現実空間を硝子ガラスのように叩き割り、顕現けんげんした”鎧装”。


 それが”聖痕コネクト・ポイント”を浮かべた二人の青年ヨゼフの全身を覆い、おそるべき”刺客”を誕生させる。


 "双獄の凶星ヘルズ・ノヴァ”。


 橙色オレンジに輝く六つの眼を持つ機械的メカニカル仮面マスク


 格闘戦を前提としていると思われる俊敏性を重視した鎧装と、肘と足首に設けられた”引き金(トリガー)"のようなパーツ。


 一体ならともかく二体では、"手に余る"相手である事は明白であった。


 緑色を基調とし、蛇腹状の槍の如き尾を持つ”蜥蜴リザード”。


 黒色を基調とし、右腕に鋭利な毒針……パイルバンカー状の武装を持つ”毒蜂ワスプ”。

 

 これらに対抗する手段など、一つしかない――。


「『アー……」

「……させないよ」


 ”…………!”

 

 不思議な事が起こった。


 ヨゼフの一睨みで、”創世石”はその発光を止め、『鎧醒アームド』の為に練られたエネルギーは、"現実空間”を叩き割る事が出来ずに、周囲の石畳を吹き飛ばすにとどまる。


「なっ……」


 ”抑えられた”のだ。


 ヨゼフの意志で、”創世石”の力を。


「……僕も”創世石”に選ばれし者。そして、君よりも”創世石”を理解し、欲している。この程度の干渉、造作もないよ――」


「……おとなしく、人類は汚泥を這いずる汚物だと認めろ。”救世主メシア”の成り損ない――」


「泥塗れで悶えるお姉さんも、素敵だと思うよ……」


 『鎧醒アームド』を封じられ、”打つ手”を奪われた少女へと、二体の”双獄の凶星ヘルズ・ノヴァ”が躍り掛かり、その蹴撃が、拳が、身をかわした少女の背後にあった壁を、柱を粉砕する。


 弄ぶように行われる二体の追撃を、その身を前転させる事でかわしながら、サファイアは絶えず思考し、”生存”へと繋がる突破口を探していた。


(このまま……こんなところで、終れるわけがない……!)


 そんな彼女へと”蜥蜴リザード”の変幻自在な蹴りが襲い掛かり、かわしきれず、脇腹で受けた一撃が彼女をゴム毬のように跳ね飛ばす。


「クッ……!?」


 ……だが、不思議と激痛いたみも損傷もなかった。

 

 ”創世石”を収めたバックル――”ヘヴンズゲイト”から溢れ出した蒼い光。


 それが、少女の損傷ダメージを軽減させ、護っていた。


(護者の……石)


 温かな光が、少女の頬を撫でる。


 ”ヘヴンズゲイト”に”創世石”と共に収められ、数多の局面で、少女を救い、導いてくれた蒼き石が、少女を激励するように、その輝きを増していた。


 その光の温かさに、清らかさに、少女は思い出す。


 自分に託されたものを。


 それを託してくれた人を。


 託された想いを届ける”力”となってくれた”友”を。


「そうか……そうだったね……ボクは――」


 その彼女へと、光の源たる”護者の石”が告げる。


 唱えよ、”適正者とも”よ。


 ”自分を使え”、と――。


「ボクは、一人じゃない……!」

「—————ッ!?」


 ”『鎧醒アームド』……!”


 その言霊の発声とともに、”ヘヴンズゲイト”から青の光がほとばしり、そのみなぎるエネルギーは青の強化被膜アンダースーツと白銀の鎧装として再構成され、少女の肢体を覆ってゆく。


EXイクス NOVAノヴァ――起動完了アームド・オン


 電子音声が告げる、”蒼き聖邪断つ剣イクス・ノヴァ”の再誕。


 流線型の白銀に、蒼のラインが添えられ、青の隈取を持つ眼部に赤い光が灯る。


 ”創世石”の適正者であるヨゼフの意志も、”護者の石”にまでは及ばない。


 これは、”創世石”と”護者の石”の両方に選ばれるという、彼女の歩んだ軌跡のみが辿り着ける、正真正銘の”切り札”である。


「……”救済”への足掻きは、無駄な苦しみを永続させる。”悲しい”よ……」

「………!」


 その”再醒”を前に、青年ヨゼフの嘆きが、いびつな”奇蹟”を奏で、び起こす――。


 ”イクス・ノヴァ”となったサファイアの前に、巨大な”血溜ちだまり”が出現し、其処から”血肉と鎧装が混ざり合ったような”腕が、液状化した”畏敬の赤”を滴らせる異貌ボディが、無数に這い出し、うめき声を上げる。


(”赤…朱…あヵ…アゕァ…”)

 

 ”血に溺れた者達ブラッド・ドーパーズ”。


 かつて”創世石の適正者じぶんとおなじもの”だった存在の成れの果て。


 ”畏敬の赤”を求め続けるだけの、血肉を伴った”妄念”が、五本の指が自らの目をえぐり取っているかのような造形を持つ醜悪グロテスクな顔で、少女を見据えていた。


 飢えと渇き以外の感情を失くしたかのような、人間性の欠片さえ見出せぬその様に、サファイアは唇を噛む。


「あなた達にも託されたものや、届けたい想いが、あったでしょうに……!」

【”あか、AKA、アカぁァァァァ…………ッ!!!!!”】


 己へと向けられた少女の叫びに応えるように、”血に溺れた者達ブラッド・ドーパーズ”は一斉に少女へと殺到。


 その”飢え”を暴力へと変換し、彼等は、白銀の鎧装へとその”畏敬の赤アームド・ブラッド”を叩き付ける……!


 しかし、


「これ以上……けがれさせないッ!」


 螺旋を描くように跳躍した”イクス・ノヴァ”の首からたなびくマフラーが、”畏敬の赤”を吸収し、鋭利なブレードとなって、”血に溺れた者達”を迎撃、斬り裂いていた。


 纏ってみて理解わかる。


 この鎧は、この”蒼き聖邪断つ剣イクス・ノヴァ”は、”畏敬の赤”との戦闘に特化した鎧だ。

  

 ”創世石”を護る為の”石”であり、”鎧”であるこのイクス・ノヴァは、必然的に他の”畏敬の赤アームド・ブラッドクラスとの戦闘を想定し、それに備えざるを得なかった。

 

 これは、性能スペックを犠牲とする事で、対”畏敬の赤”用の機能ギミックを多く組み込んだ鎧装。


 これは、”創世石”を護り、”創世石”を持つ者が”道を誤った”時に、”道を正す”為の鎧装。


「その役目……いま、ボクが果たす……ッ!」


 ”赤い"眼は、”概念干渉”に惑わされる事なく、正確に標的の動きを捉え、腰部鎧装から射出され、左右の五指に握られた”蒼の聖釘ブルー・クナイ”は、投擲と同時に、”血に溺れた者達”を穿ち、たおす。 


「その妄執はここで断ちます……! ここで、”ケリ”を着けます……!」

【”EXcalibur(エクスキャリバー”――起動】


 腰のバックル――”ヘヴンズゲイト”に増設された剣の柄と鍔を模したパーツ、その柄の部分を強く押し込むと、右の脚部鎧装が展開し、鞘から”聖剣”が引き抜かれたかのように、眩い光がほとばしる。


【”EXcalibur(エクスキャリバーBLUEブルー FLASHフラッシュ”――発動シュート

「はあぁ……ッ!」


 鮮烈なる”蒼”が、”畏敬の赤”を斬り裂く。


 少女が、”聖剣”の輝きを宿した右脚を振り抜くと同時に、”血に溺れた者達”の異貌は一閃に断たれ、鎧装と血肉が一体化したようなその醜悪を、塵と還して消滅する。


「”赤”に憑りつかれて、”赤”に振り回されて、こんな最期……虚しすぎるよ」

 

 少女の喉から漏れ零れるのは、悲しみを押し殺した、憤りの言葉。


 機械的メカニカル仮面マスク――その青の隈取が、まるで涙のように輝いていた。


 だが、


「惜しいナァ……。その涙で……この”闇”は照らせない」

「……!?」


 ”血に溺れた者達”が還った塵を目晦ましとして、急接近した”双獄の凶星ヘルズ・ノヴァ”達の蹴撃と正拳突きが、”イクス・ノヴァ”を後退させていた。


 続け様に襲い来る”蜥蜴リザード”の、しなる鞭のような素早く、重い蹴りの乱舞が、流線形の鎧装を砕いていく。


 コレらは、”畏敬の赤”に頼らぬ、純粋な戦闘鎧装バトル・ギア


 すなわち、純粋な”一対二”を強いられる相手である。


 ”創世石”と連動する事で、”イクス・ノヴァ”の性能スペック自体の底上げはされているものの、厳しい相手である事は間違いない。


 ならば、


「ボクに出来る最大で……勝負を賭ける!」

【”EXcalibur(エクスキャリバーBLUEブルー FLASHフラッシュ”――発動シュート

「—————!」


 狙うは、乾坤一擲。


 鎧装を展開した、最大威力の”右脚”を振り抜ぬくと同時に、少女の手がバックルの柄状のパーツを押し込み、左脚の鎧装が展開。


 己の最大を弾幕とした、”本命の左”が”双獄の凶星ヘルズ・ノヴァ”達へと、連続してその”聖剣"の輝きを叩き付ける……!


 しかし、


「甘い、ね……」

「な……ッ?」


 その”聖剣"の輝きは、愉悦を噛み殺した”嘲笑”に、容易たやすはばまれる。


 ”毒蜂(ワスプ”の左腕部鎧装が瞬時に展開し、内部から解放リリースされたエネルギーが、円盤状の障壁を形成。


 ”イクス・ノヴァ”の全身全霊を受け止めた”それ”は、撃ち込まれた一撃のエネルギーを吸収し、より強靭な盾、受け止めた脚を捕獲する"かせ"へと変貌する。


 黒色の機械的メカニカル仮面マスクの下で、”悪意”が口角を持ち上げるのがわかった。


【”Tristanトリスタン”――起動】

「…………ッ!?」


 ”毒蜂ワスプ”の右肘の引き金トリガーが弾かれ、電子音声が”秘儀”の発動を告げる。


 ”毒蜂ワスプ”の右腕のパイルバンカー状の武装が電光を帯びると同時に、強烈な刺突が、白銀の鎧装を抉り、”イクス・ノヴァ”の肢体を、遥か宙へと舞い上がらせる。 


「後は引き受ける……”相棒”」

【”Aroundightアロンダイト”—―起動】


 ”蜥蜴リザード”の両脚の引き金トリガーが弾かれ、その緑色の鎧装が跳躍。


 同時に右脚の鎧装が展開し、紫紺の毒々しい光をみなぎらせる……!


【”黎明に凶兆は輝くデッドエンド・フロム・ヘル”――発動シュート

「がっ……!?」


 凶剣と化した”蜥蜴リザード”の右脚が、断頭台ギロチンのように、”イクス・ノヴァ”の喉元を撃ち抜き、石畳へと叩き付ける……!


 喉も裂かれず、首の骨も折られていないのは、一重に”イクス・ノヴァ”がその全エネルギーを適正者であるサファイアの防護へと瞬時に転換したからである。


 だが、凶悪極まる”双獄の凶星ヘルズ・ノヴァ”の連携コンビネーションは、少女の全身を耐え難い激痛いたみ(さいな)み、麻痺させるには充分に過ぎるものだった。


 動けず、石畳に這い付くばる”イクス・ノヴァ”を、いつの間にか接近していた青年ヨゼフの憐れむような目線が舐め回す。


 青年ヨゼフの手が、慈しむように、労わるように、白銀の鎧装を撫で、整い過ぎた唇が、その亀裂に口づける――。


「悲無駄な抵抗は無駄な痛みを増やすだけ……そして、これは、だいぶ”痛い”よ……?」

「あ、ああああああああああああああああ!?」

 

 まるで、神経の奥深くに直接、指を突っ込まれ、掻き回されたかのような、己という存在を内側からかき混ぜられたかのような感覚が少女を(さいな)み、その喉から苦悶の悲鳴を吐き出させる――。


 耐え難い、いや、耐えられぬ激痛いたみだった。


 青年ヨゼフの五指が白銀の鎧装へと喰い込み、激しい脈動とともに、”護者の石”のエネルギーと、それと連動した”畏敬の赤アームド・ブラッド”の粒子を”吸収”していた。


「キミと概念的に繋がっている”創世石”を強引に引き剥がす程の力は、まだ僕にはない……。だが、その”護者の石”と連動し、強化カスタムされた”畏敬の赤”を”吸血”する事で、”私”はまた一つ力を取り戻す――」

「あ……あ……」


 ”吸血”された”畏敬の赤アームド・ブラッド”が、青年ヨゼフの体内を循環し、不明瞭だった青年ヨゼフの存在に、確かな輪郭を、”実在”を付与する。


「…『血鎧転生アームド・リライブ』…」

「……!?」


 ヨゼフがそう呟くと同時に、青年の皮膚が溶岩マグマのように赤く盛り上がり、バキバキと音を立てながら、その骨格から青年の存在カタチそのものを変貌させてゆく。


 浮き上がった血管の中を”畏敬の赤”が循環するとともに、溶岩マグマのように盛り上がり、硬質化した皮膚は剣や槍を思わせる鋭角な形状に変貌し、完全なる”鎧装”と化していた。それが青年ヨゼフの血肉と混ざり合う事で、いまその肉体は、”畏るべき存在ヨゼフ・ヴァレンタイン”の新たな”器”として”再醒”していた。


 黒の強化皮膜アンダースーツの上を覆う、剣や槍の如き突起を多く持つ朱鎧しゅがい


 悪魔の象徴たる山羊の頭骨を象ったような頭部。


 背部から伸びる、赤々としたいばらを持つ触手。


 黒の強化皮膜に覆われ、青い光を両眼に浮かべた顔面を見れば、彼が既に人類ヒトでなく、”畏敬の赤”を宿した怪物クリーチャーである事が理解わかる。


「……”器”は出来た。後は、”力”が馴染むのを待ち、君から”創世石”を切除する――」


挿絵(By みてみん)


 ”血喰の殺戮者ブラッディ・カイン”。


 誕生した怪物クリーチャーは、”創世石”を収めたバックルを踏み付けながら告げ、その茨の棘に覆われた五指を握り締める。


 曖昧な存在だった青年は消失し、観念世界で知覚した強大なる”ヨゼフの本体そのもの”がいま、眼前の器に収められている。


 ヨゼフが踏み付ける”創世石”を通じて、そう実感したサファイアの肌が粟立ち、湧き上がる”恐怖”に心が軋む。


 自らの力を”吸血”し、生まれ落ちたその怪物クリーチャーは、”畏敬の赤”にけがれ、染まったかいなを見つめながら、”創世石”を抉り出すに足る”力”が、己に満ち始めている事を確かめていた。


(……駄目、だ。渡す、わけには……)

 

 ――だが、いかに心が軋もうが、ひび割れようが、相手がどんなに強大であろうが、自分が託された”創世石”を、多くの人間ヒトの想いが巡り、込められた”創世石”を、彼に渡すわけにはいかない。


 その想いが麻痺した指を動かし、”イクス・ノヴァ”の上半身を僅かに持ち上げる――。


 届くのなら、この腕は、この手は、伸ばし続ける。


 それが、少女の生き方だった。


「まだ足掻くのかい……? その純真さで、善意で人は救えない――救えないのだよ。それは、もはや”悲劇”だ」

「な、なに……?」


 自らの脚を掴む少女を、憐れみとともに見下ろし、ヨゼフはその異形の顔面から溜息と憂いに満ちた声音を響かせる。

 

 その手は、少女の頭部へと翳され、彼女の脳裏に半ば強制的に映像イメージを注ぎ込む――。


「……君の”創世石”との共繋リンクを通じて、現状いま、君の世界で起きている事象を”観測”した。君の善意で、己の道を見定めた男は、後戻りの出来ない”獣の道”へと足を踏み入れ、”人類とも醒石とも相容れぬ”怪物と化した。そして、君に心を救われたという女性は、君への恩義の為に、いま自らの命を捨て去ろうとしている……」


「あ……あ……?」


 視たくはない映像が、脳裏で弾け、少女の青い瞳を曇らせる――。


 ”畏敬の赤”を人体に取り込み、その眼を真紅に染め、”人間ヒトてた”青年。 


 禍々しい群青色の鎧装に全身を覆われ、人間とは思えぬ咆哮を喉からほとばしらせる青年。


 自らの心を救った少女の弟を護る為に、命を賭ける黒衣の魔女。

 

 その様が、少女の脳裏に次々と浮かび上がり、刻み込まれる。


「う、ウソだっ! こんなの……!」


「幾らでも”確認”すれば良い。君と私は”共繋リンク”で繋がれるのだから」


「………!」


 そのヨゼフが告げた”事実”で、少女の心は千切れた。


 苛酷に過ぎる、地上に残された”現実”。


 それを招いたのは、確かに自分の”善意”であったかもしれない。


 確かに自分の"想い"であったのかもしれない。


 自分は正しい道を選んでいると、正しい事をしていると信じて、手を伸ばし続けていた。


 だけど、それが掴んだものは――、


 だけど、それがもたらしたものは――、


 少女の頬を、涙が流れる。

 

【”…………”! 彼女の”創世石”の反応を確認! 狙い通り、ヨゼフの干渉は途絶してる!】


「了解……! お嬢さんっ! いま行くッ!」


 だが、駆け付ける者がある。


 絶望し、宙を仰いだ少女の耳に、石畳を蹴る音が響く。


 駆け付けるために、辿り着くために、石畳を蹴る音が。


「”……諦めるな……”!」

「………ヌ!?」


 ”――着――!”


 言霊が疾走はしる。


 その音声コードの出力とともに、青い光がほとばしり、銀光が迷宮を駆け抜けていた。


 眩い光を纏う、確かな”力”が、ヨゼフを、”血喰の殺戮者ブラッディ・カイン”を押し退け、少女の肢体を抱え去る。


「お前は――」


 ヨゼフの眼が、光の軌跡を追い、その果てに、憔悴した少女を抱えた、銀の装具コンバット・スーツを捉えていた。 

 

 そうだ。コイツは、この”男”はあの忌々しい――、


 そのヨゼフの目線に応えるように、その問いに応えるように、男はその銀の輝きを、無明の迷宮へと示す。


 黒のスーツの上に眩く輝く銀のアーマー。


 胸に輝く七色のパネル。


 銀の仮面の奥に光る橙色オレンジの眼。


「宇宙刑事……!」


 これこそが、”此処とは異なる宇宙”で、人を救い続けた、宇宙を護り続けた英雄の姿。


「”…………”!」


 英雄の名。


 薄れゆく意識の中、響いたその名は、”聞こえず”とも、憔悴した少女の胸に力強く、雄々しく、響いた。


 そして、何故だろう、少しだけ懐かしい――。


 自らを抱える腕の温かさに、そう感じながら、少女の意識は眠りに落ちた。


NEXT⇒英雄特別篇V 電光―”Disco”—

   

挿絵(By みてみん)

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