英雄特別篇V 電光―”Disco”―
#EX5
「宇宙刑事……!」
黒のスーツの上に眩く輝く銀のアーマー。
胸に輝く七色のパネル。
銀の仮面の奥に光る橙色の眼。
「”…………”!」
駆け付けた英雄は、対峙する”怪物”へと、己の銀光を叩き付けるように名乗り、抱えていた少女の身体を石畳の上へと下ろす。
(お嬢さん……)
少女の『鎧醒』は解除され、露わとなった可憐な少女の傷ついた表情と身体が、英雄の胸に鋭く突き刺さる。
憔悴し、意識を失った少女を包み込む眼差しは温かく、銀の掌が少女の頬を流れる涙を拭い、握り締められる――。
「ヨゼフ……!」
威風堂々と、無明の迷宮を照らす銀の輝きは、”畏敬の赤”に満たされた怪物――ヨゼフ・ヴァレンタインをも照らし、彼の、”血喰の殺戮者”の目に淡い”憤り”の色を灯す。
「……全くもって不可解だ。何故、君が此処にいる? 何故、君が此処に来る? ”悲しい”よ……」
ヨゼフが茨に覆われた掌を翳すと同時に、高濃度の”畏敬の赤”の粒子が、銀の英雄へと吹き荒び、概念干渉によって、”時間の流れ”、”対象への距離”、”視覚するものと知覚するもの”が次々と歪み始める。
だが、
「その程度……惑わされんぞ! ”畏敬の赤”!」
「ヌ……!」
躊躇うことなく跳躍した英雄の身体が空中で回転……! 竜巻のように”畏敬の赤”の粒子を散らしながら突撃する英雄の両拳が、ヨゼフの異貌を直撃し、彼の身体を構成する朱鎧の欠片を、周囲へと舞い散らせる。
――まるで次元が爆裂したかのような、強烈な一撃であった。
この男の攻撃は、”自分に届く”。
その認識を得た怪物の眼が細められ、開いた掌の上に、新たな”奇蹟”が顕現する。
「……やはり、一筋縄ではいかないね」
嘆息が怪物の口元から漏れ、その掌から樹木のように盛り上がった皮膚が、”得物”となって、彼の掌に握られる。
”朱き神獣の杖”。
夥しい茨に覆われたその朱槍は、自らの棘を主の血肉へと喰い込ませ、その体内を循環する”畏敬の赤”を吸い上げていた。
「フン……」
飢え、悶えるかのように朱槍の棘が蠢き、液状化した”畏敬の赤”が滴り落ちる……!
それは、一気に間合いへと踏み込んできた英雄が右手に顕現させたブレードと、耳障る轟音とともに鍔迫り合い、同時に、英雄と怪物の眼光が激しく交差する――。
「ヨゼフ……! まだ、お前は”救済”という悪夢を見ているのか……!」
「理想ではない。それは”私”が成す唯一にして最大の祝福……!」
鮮血が弾ける。
ヨゼフの背から伸びる触手が、英雄の身体を”剣が届く”間合いから弾き飛ばし、”畏敬の赤”を充填した”朱き神獣の杖”から、先程の”威嚇”ではない、”本気”の一撃が繰り出される……!
「手始めに、君へ”終焉”を贈呈しよう――」
「………!」
”我呪う血の祝祭日”。
”朱き神獣の杖”から解放された”畏敬の赤”の粒子が、あらゆる概念を歪め、”現実”を飲み込み続ける”小型のブラックホール”となって、英雄へと叩き付けられる……!
”畏敬の赤”の”適正者”ではない、歪められた概念を矯正する手段を持たぬ英雄に、それを避ける術はないように思われた。
だが、
「”絶界”……!」
「………!?」
英雄が翳した掌を起点に発生した障壁が、ヨゼフの生み出した小型のブラックホールを霧散させ、それを形成していた”畏敬の赤”の粒子を、ヨゼフの異貌へと逆に叩き付けていた。
この異能は、この業は、正しく――、
「”畏敬の赤”……いやそれだけではない。”概念干渉”を物ともしない特権! これは正しく――正しく”物質としての神”の力……!」
これは、”創世石”の力。
驚愕と憤怒に彩られた声音が怪物の口顎から漏れ、怪物の口舌が、己が結論を苦々しく言葉と成す。
「……そうか、何という、何という巫山戯た話だ! 貴様が……”創世石”を斬った貴様が、”畏敬の赤”の加護を受けているなど……!」
”馬鹿げている”。
怪物はそう告げながらも、同時に納得もしていた。
そうだ。
いかに”次元跳躍”の技術を持つ宇宙警察機構と言えども、その技術だけで、この”観念世界”まで自分を追跡出来る訳がない。
業腹ではあるが、認めざるを得ない。
”畏敬の赤”の――”創世石”の残滓が、彼を此処に導いたのだ。
「俺は託されたのだ。死した神から、落とし子たるお前の事を」
「戯言を……」
幾ら言葉で否定しても、目の前にある事象が、逃れようのない”現実”をヨゼフの喉笛へと突き立てていた。
流暢な彼の”慇懃無礼”に、苦渋の音色が絡み付く――。
「流石、一度は、”私を斃した男”という訳か……。それがただの一度の、”幸運”であったとしても」
「確かに……俺は、お前を斃した。だが」
銀色の仮面が、真っ直ぐに怪物を見据え、橙色の眼が、その奥底にある”ヨゼフ・ヴァレンタイン”を射抜く。
「俺は、お前を救う事が出来なかった。その悔いは……現在も俺と共にある」
「何……?」
俺は、あの少女を護る為に。”創世石”を護る為に。
「お前を救う為に、俺は此処に来たのだ」
「嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああッ‼‼‼‼‼‼」
英雄から告げられた言葉に、怪物の喉奥から吐き出された感情は、果たして何か――。
憤怒か、嘆きか、歓喜か。
震え、”畏敬の赤”を噴き散らす朱鎧は、”朱き神獣の杖”を地面へと突き立て、その内部に蓄えられた粒子を、魔術師の描く魔法陣のように、獲物を捕らえる蜘蛛の巣のように敷き詰める――。
「”鮮血神殿”に引きずり込め……!」
「………!」
足場となっていた石畳が消失し、英雄の身体を、虚無の深淵へと”落下”させる。
重力も、温度すらも感知する事が出来ない、虚ろな世界。
まるで、宇宙空間のような底無しの闇の中、胸部の七色のパネル――”次元調整装置”が発光・作動し、自らが居る位置を、状況を探る。
そして、
【”Aroundight”――起動】
「……!」
虚無を彷徨う右脚が、”次元調整装置”の作用によって辿り着いた”足場”を踏み締めたその瞬間、悪意を秘めた電子音声が、電子聴覚に突き刺さる。
襲い来るは”双獄の凶星”――”蜥蜴”の獰猛なる蹴撃。
展開した脚部装甲から溢れる”魔剣”の紫紺の輝きが、英雄の首を刈り取らんと、轟然と咆哮を上げていた。
だが、
「甘い……ッ!」
「………!」
英雄が手にしたブレード、その刀身を英雄の指がなぞると同時に、眩い輝きがブレードに溢れ、”魔剣”の躍動を、振り向き様に受け止めていた。
――”閃光の剣”。
そう呼ぶに相応しい、雄々しく高貴な輝きが、その剣にはあった。
蹴撃を受け流すように、”魔剣”の上にブレードを滑らせた英雄は、舞い散る火花とともに”死線”を潜り抜ける。
スライディング気味に”蜥蜴”と交差した英雄は、すぐ様、全身の感覚をフル稼働させ、態勢を立て直していた。
己を凝視し、首を狩らんとする”殺意”は一つではない。
”毒蜂”の毒針が、銀の装甲を貫かんと、虚無を轟然と斬り裂いていた。
【”Tristan”——起動】
「”閃射”……!」
空中から襲い来る”毒針”を、英雄の左腕から放たれた閃光が迎撃し、相殺されたエネルギーが、周囲の空間を照らし、撓ませ、この”鮮血神殿”の全貌を、英雄の目に映し出す。
”畏敬の赤”に染め尽された、朱い空と朱い大地。
その上に、あらゆる概念が歪み、絡み合いながら歪な”現実”として吐き出されている。
朱々とした霧の中に浮かぶ神殿が、ヨゼフの居城の如く英雄の電子視覚装置に映し出される。
それはヨゼフの心象風景の具現化か、あるいは、その心の闇を覆い尽くす城壁か。
紫外線や赤外線、あらゆる波長を補足・分析する電子視覚装置も、その解答までは導き出してはくれない。
そして、
「余所見をしている暇はないぞ……銀屑」
「君の相手はあまり愉しくない……」
「ぬぅ……!」
神殿に意識を逸らした英雄へと、”双獄の凶星”——”蜥蜴”・”毒蜂”の二体が繰り出す連撃が襲い掛かる。
英雄は”閃光の剣”で”蜥蜴”の蹴撃、”毒蜂”の正拳を捌き、距離をとると、刹那の隙に、緑色と黒の鎧装へと見事にカウンターの斬撃を加えて見せる。
ヨゼフの分身といえど、歴戦の”宇宙刑事”の経験は容易く崩せるものではない。
怯む二体を、鋭い橙色の眼光が貫く。
「確かにな……俺に、お前達の相手をしている”暇”はない!」
「オオオ……オオオオオオオオオッ!」
”黎明に凶兆は輝く”——その必殺の連携を成立させるべく、自らに突撃した二体に対し、英雄は跳躍……! その”閃光の剣”を、自身の回転とともに円月状に舞わせる……!
「別たれた妄執よ……闇に還れッ!」
「馬、鹿な……!?」
呆気にとられたような断末魔が、機械的な仮面から零れていた。
閃いた斬撃と衝撃波は、二体の鎧装を両断し、”畏敬の赤”の飛沫とともに消滅させる。
鎧装は砕け、爆散し、素体となっていたヨゼフの分身は、塩の塊となって”鮮血神殿”の中に吸い込まれていく。
「”本体”はその神殿の中か……! ヨゼフ……! むっ……!?」
足場が崩れ出し、朱い烈風が英雄へと吹き荒ぶ
自らの分身の敗北に焦りを感じたか、朱い大地が鳴動し、崩壊。
全てを飲み込む虚無の孔となって、底の見えぬ深淵へと英雄の身体を落下させていた。
「……! お嬢さん……!」
そして、その英雄の目に、あの迷宮から”鮮血神殿”へと引きずり込まれ、神殿内へと捧げられつつある少女の姿が映る。
”畏敬の赤”で編まれた球体の中に収められた少女の身体は、同伴する怪物の操作によって、神殿内へと真っ直ぐに向かっていた。
怪物の青白い光を浮かべた目が、落ちていく英雄、その銀の輝きを眺める。
「……”分身”の敗北は屈辱だが、時間は稼げた。君はただ落ちていけばいい。”私”が”創世石”を完全に手にするその時まで」
「時間稼ぎ、か……」
ヨゼフは少女を、”創世石”を確実に手中に収める時間を稼げれば良かった。
あの二体が与えられた実質的な任務は、言ってみれば、”それだけ”の事だった。
彼の居城たる神殿に格納されてしまえば、先程のように追跡出来るかも定かではない――。
だが、
「”時間を稼いで”いたのは、お前だけじゃない……! 出番だぜ、”ミリー”……!」
【了解……! ぶちかますぜ! ”…………”!】
「何……!?」
”鮮血神殿”の空気が震えていた。
ヨゼフの意志とは異なるところで、”何かがこの場に出現”しようとしていた。
【”…………”のコンバットスーツが観測した、彼女の”創世石”の反応は、この宇宙船にしっかりと記憶した! 後は船に宿った”畏敬の赤”の加護とその反応を繋げりゃあ!】
”其処に辿り着ける!”
英雄の相棒からの機関銃のような通信とともに、宇宙船の青い巨体が現実と幻想の壁を叩き割り、”鮮血神殿”に出現。
自らの障害となる神殿の一部を轟然と破壊しながら、ヨゼフへと突撃していた。
それだけではない。
宇宙船は突撃と同時に変形を開始し、”青い機竜”となって、ヨゼフが”朱き神獣の杖”から放った反撃の衝撃波を物ともせず蹴散らしていた。
”畏敬の赤”にも耐え得る、その尋常ならざる”力”に、怪物の目が怪訝に細められる。
「これは……”創世石”の加護で、宇宙船が”醒獣”化しているのか……!?」
「そうだ……! 超電子輝醒獣、お前の悪夢を終わらせる俺の切り札だ」
「…………!」
その太刀筋はまさに電光石火。
ヨゼフの意識が僅かに驚愕へと傾いた瞬間、英雄のブレードが球体を破壊していた。
”次元調整装置”によって、”落下”を喰い止めた英雄は、宇宙船より射出されたサイドカーに似た朱のマシンに飛び乗り、少女の身体を奪還。
その英雄を”朱き神獣の杖”で撃ち堕とさんとしたヨゼフを、”蒼竜”の開かれた顎部から放たれた焔が威嚇・牽制し、その隙に英雄と少女の身体は見事、宇宙船へと帰還を果たしていた。
英雄が管制室に戻った事を確認した相棒は、艦に宿る”創世石”の加護と、艦が持つ”次元跳躍”システムを即座に連動させる。
「おのれ宇宙刑事……! ”…………”ッ!」
「”次元跳躍”……!」
ヨゼフの憎悪と憤怒に満ちた声が”聞こえぬ”英雄の名を叫び、英雄の雄々しい声が、自らの艦に指令を告げる。
”畏敬の赤”が弾け、宇宙船の”鮮血神殿”からの脱出とともに、戦闘は一時の終結を迎える。
だが、脅威は去った訳ではない。ヨゼフの野望が、その妄執が断たれた訳ではない。
それに幕を下ろす為の”勇気”はいま、少女の胸には――、
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