Ep.3 静寂の間、異国の青年
王室直轄の第三流通路における、三つの船団の運航停止。
「定期点検の不備」という書類一枚により、王都復興事業への資材供給は停止した。王室財務部が公権力を使っても、現場の手続きを動かすことはできない。レティシアの指示は、王家の復興事業の予算と行程を正確に遅延させていた。
翌日の午後、乗馬服に身を包んだレティシアは単身で馬を走らせていた。
向かったのは王都の最東端に位置する旧大使館街である。かつて異国との交易に使われていた木造建築群が並び、現在は王国の管理から外れた廃区画となっていた。
レティシアがこの場所を訪れたのは、王家との対立を見据え、『ヴァルハイト』の新たな情報収集拠点を確保するためだった。
馬を繋ぎ、落ち葉の敷き詰められた小径へ入る。
区画の奥に、竹が密生する小道があった。
その奥に、朱色の漆が剥げた鳥居と呼ばれる門が立っていた。
レティシアが足音を殺して竹林の中へ進む。
乾いた竹葉を踏む音が聞こえた。
レティシアは足を止め、竹の隙間に視線を向ける。
木漏れ日の中に男が一人立っていた。
黒地に金の糸で模様が縫われた絹の装束。異国の神職が纏う狩衣を着ている。
肌は白く、髪は黒い。ただ佇み、静かに竹林を見つめていた。
二人の視線が交差する。
相手の佇まいから、レティシアはすぐに察した。
聖女エレノアの婚姻相手としてこの国に連れて来られながら、王家の都合で突然婚約を破棄され、この廃区画に放置された東洋の神職——ギルバートだった。
ギルバートはレティシアを見つめ、静かに頭を下げた。
「……私有地ではない。通るといい」
「いいえ。探していたのはこの場所よ」
レティシアは姿勢を崩さず答えた。
「聖女に梯子を外された神職が、なぜここにいるのかしら」
「本国の神殿へ戻る船の手配を王家に断られた。ここに留まるよう指示されている」
「放置されたということね」
「そうだな。政治的な利用価値がなくなったからだ」
彼の口調に怒りや悲壮感はない。ただ事実を淡々と述べている。
「追放された身で、これからどうするつもり?」
「船が出るのを待つだけだ。……もっとも、王家が私を無事に返すかは分からないが」
「なぜそう思うの?」
レティシアの問いに、ギルバートは視線を逸らすことなく、淡々と答えた。
「外交上の体面を取り繕うなら、事故に見せかけて処理するのが最も確実だからだ。聖女の正統性を主張する上で、最初の婚約者の存在は邪魔にしかならない」
淡々とした口調だが、自身の置かれた致命的な状況を冷酷なまでに論理立てて説明している。
「王家が私との婚約を破棄した理由についても、察しがついているのかしら」
「感情の問題ではない。ヴァルハイト公爵家の持つ経済基盤を接収するための口実だ」
ギルバートは淀みなく言葉を続けた。
「公の場で糾弾すれば、公爵家は反逆か服従かの二者択一を迫られる。だが、どちらを選んでも王家は介入の口実を得る。最初から詰みを作るための盤面だ」
問いかけに対してのみ、迷いなく完璧な構造を返してくる男。
感情に流されず、当事者でありながら盤面全体を客観的に見下ろしている。
レティシアはギルバートの双眸をとらえた。
服従の色も、救援を求める下心もない。ただ淡々と理路を組み立てるその異質な知性に、レティシアは静かな興味を惹かれていた。
「名前は」
「ギルバートだ」
「そう。……ギルバート」
レティシアはそれ以上言葉を重ねることなく、優雅に身を翻した。
乗馬服の裾が揺れ、落ち葉を踏みしめる足音が竹林の奥へと遠ざかっていく。
ギルバートは呼び止めることもなく、ただ去り行く背中を黙って見送っていた。




