第1話、摂関家の蠢き
康保二年(九百六十五年)九月の或る日、舘に戻る途上千方は千晴から、後で居室に来るよう言われた。戻って着替えた後、対屋から母屋に向かう。庇に座り名乗り、
「入れ」の声を待って入る。
舘に帰ってからの千晴は、疲れの為いつも陰鬱そうで、近寄り難い。最初は取っ付き難いと思っていた千方だが、高明邸に出仕するようになって千晴の働き振りを目にすると、違和感は消えていた。だが、仕事以外で寛いで長話をするようなことは無かった。
「六郎、目出度い」
笑顔の千晴からそう言われて、千方は戸惑った。なぜ兄が笑顔なのか、何が目出度いのか分からなかった。
「何でしょうか?」
そう聞いた。
「何も言うて無かったな。大納言様に予てよりお願いしておったのだが、そのほうに付いて、修理識の大属とする旨ご内意が有った。除目が済み次第正式なご沙汰が有ろう」
と千晴が説明してくれた。
「兄上……」
礼を言うより前に、驚いてその言葉が口から出た。兄のこんな屈託の無い笑顔を見たのも初めてだったし、高明にそんな願いをしていてくれたことも全く知らなかったのだ。
「何じゃ、その顔は」
千晴はそう言って柔らかい笑いを浮かべた。
「は、はぁ。有難う御座いました。突然のことだったので、驚いてしまいまして」
千方は余りの意外さに、まだ戸惑っている。
「麿のことを、煙たく思っていたのであろう」
無関心を装っていたが、千晴は千方の心を読んでいた。
「はい。多少」
と気まずそうに千方が答える。
「まあ良い。今宵は呑み明かそうぞ。酒を持て」
千晴がそう言って手を打った。
修理識は令外官であり八省から独立した組織で、識としては中宮識に次いで格が高い。主に内裏の修理造営を掌る役所である。
職員構成は、大夫(かみ)・(従四位下相当)一人
亮(従五位下相当)一人
大進(従六位上相当)一人
少進(従六位下相当)二人
大属(正八位下相当)一人
少属(従八位上相当)二人
であり、木工、檜皮工、その他様々な現場部署を統括し、事務を取り扱う役職である。これらの下部組織に「大工」「小工」などの階級が有ったが、やがて「木工」のみを指して「大工」と言うようになる。
千方の位階は従七位下であるので、少進には二段階足りない。大属は正八位下相当であるから、二段階下の職と言うことになる。建前としては、蔭位に該当する者は、目を経ず掾(修理職では”進“)から始まる。しかし、官職は不足しているので、空きが出れば役不足などとは言っていられない。兎に角職に就いて位階が上がるのと、上に空きが出るのを待ちながら勤務することになる。
「縹色(=藍色)の位袍を着て出仕することになるのか」と千方は思った。もちろん官職に就けて貰えたことは素直に有り難いと思っているのだが、位袍を着た己の姿を想像すると、正直どうもしっくり来ない感じがした。
それは兎も角、少し煙たく思っていたこの兄が、自分のことをこれほど思ってくれていたとは思っていなかったのだ。
「兄上、有難う御座いました」
両手を突いて、改めて礼の言葉を述べた。
「一族の長として当然のことをしたまでじゃ」
年の離れた兄弟の間に有った壁は取り払われた。酒の力も有ってか、珍しく千晴も饒舌となり、坂東のこと、父の思い出など、話が弾んだ。
「満仲殿の弟・満季も任官するそうだ」
思い出したように千晴が言った。相模の山中での出来事に付いては、千方は千晴にも話していない。
「満季殿は何の職に?」
「検非違使の看督長だそうだ」
看督長とは、下輩十人を率いて現場での捕縛や取り調べに当たる下級官人である。何か嫌な予感がした。
「それと、満仲殿もな、鷹飼に任じられるそうだ」
鷹飼は鷹狩用の鷹の飼育と調教を担当した官職で、定員は十名だった。
「鷹飼ですか? 満仲殿は、なぜ鷹飼など望んだのでしょうか」
千方が尋ねる。鷹狩の際は帝に近侍する訳だが、それだけで満仲が望む官職とも思えなかった。
「蔵人所に属するからだ」
と千晴が答えた。
蔵人所とは、帝の身の回りの世話や事務を取り扱う部署である。従って、位は低くても昇殿出来る職がいくつも有るのだ。六位蔵人と言う職が有る。この六位蔵人に入れれば、先任者から順に五位に任じられ、やがて受領となる道が開ける。
「五位を得て国守として赴任出来れば、あの男なら多くの財を貯め込むことが出来るだろう。それが狙いだ」
「なるほど。やはり、強かな男ですね」
兄には言っていない満仲との経緯に想いをはせて、千方は、改めて満仲の強かさを感じた。
「だが、そう簡単なことでは無い。六位蔵人は公卿の子弟達で占められているからな。四名から六名が定員だが、毎年必ず一人、巡爵と言って、正月の除目で、上﨟者(在職年数の長い者)から順に五位に上がって行くから、毎年必ず欠員が出来る。それを埋めるのが非蔵人と言って、六位の者の中から選ばれた者だ。つまり、六位蔵人の見習いだ。定員は四名から六名。六位の者の中から選ばれ、昇殿を許されて雑務をこなす者だ。まずはこの非蔵人に入ることを狙っているのだろうが、鷹飼から成れるものかな? 麿には分からぬが、抜け目の無いあの男のことだ。目算が有るのであろう」
千方との経緯は知らぬ千晴も、満中には警戒感を持っている。
「兄上にも何かご内意の伝達が有ったのですか?」
そう言われて、千晴は静かに笑った。
「麿は、目先の出世など考えておらん。大納言様が左大臣に成られれば、官職など自ずと付いて来る。焦る必要など無い。そう遠い先のことでは無いぞ」
「左様で」
そう返事をしたが、兄の持つ自信と安心感にふと不安を覚えた。父・秀郷は、どんなに有利な状況にある時でも、最悪となった場合のことを想定して策を考えていた。母方の祖父・久稔には疑うことを学んだ。それに加えて満仲、満季兄弟の存在が、千方が将来を楽観視することを拒んでいた。
権大納言・藤原師尹と言う男、四十六歳になる。その男の舘に、満仲は通い続けている。ひと口に言って頑固な男である。物事への拘りが強く、他人には厳しい。生真面目と言えば生真面目で、性格は長兄の実頼に似ている。視野が広く融通性の有った次兄・師輔とは対称的である。
天徳二年(九百五十八年)には娘の芳子を村上天皇の女御とすることに成功したが、その子を東宮(皇太子)とすることは出来なかった。天暦二年(九百四十八年)に兄・師氏に先んじて権中納言に任じられ、以降は常に官職ではこの兄の上に在る。優越感と劣等感の間で常に揺れ動き、他人に寛大に成れない男なのだ。
師尹は、最初満仲を嫌っていた。貢物を持って何度訪れても会うことさえしなかった。それでも満仲は訪ねて来る。吝嗇な男なので、最初は、持って来た物は黙って貰って置いて何も感じなかった。だが、いい加減な男では無く、拘りの強い男なのだ。会いもせずに貰う物だけ貰っていると何か気になって、心地が悪くなって来た。それで、一度会ってやることにした。何を頼んで来るのか警戒したが、満仲は、近付きになりたいだけで、頼み事は無いと言う。師尹は満仲のことを他人が言うような胡散臭い男でも無いようだと思った。
この年、康保二年(九百六十五年)四月二十四日。師輔の後を受けて右大臣の職に在った時平の二男・藤原顕忠が薨去した。享年六十八歳。時平の子の中で唯一早死しなかった男だ。質素な生活を貫いた。
翌五月十一日。顕忠が兼任していた左近衛大将の職を、まず高明が引き継いだ。そして、翌康保三年(九百六十六年)正月十二日、源高明は正式に右大臣に就任した。
上に左大臣・実頼が居るが、外戚でも無く実力者でも無い。その上高齢であるから、数年待てば高齢或いは病を理由に致仕(引退)を申し出て来る可能性は高い。村上天皇と高明の悲願である真の『帝親政』を実現し、摂関制度を完全に廃し、藤原氏の権力基盤を消失させて、源氏が政を補佐する体制を作る大改革を行う日は目の前に近付いているのだ。
なんらかの策を用いて実頼を失脚させ、改革の実現を早めることも可能と思われた。だが、不必要に師尹や師氏を刺激し、結束させてしまうのは得策では無いと思った。摂関家の中で不仲や対立が有ることを高明は把握しており、好都合と思っていたのだ。
注目すべきは伊尹と言う男だ。五年前の天徳四年(九百六十年)、父・師輔が右大臣在任中に薨去した年の除目で、参議に列せられた。伊尹、当時三十七歳。高明と比べれば十年遅い出世だった。父・師輔を敬う気持ちは常に有った。だが、才も実力も有りながら前に出ようとしない父の性格に苛立ちを感じていたことも確かだ。凡庸な伯父・実頼に遠慮して先に出ようとはしなかった。村上天皇に遠慮して、曾祖父・基経、祖父・忠平と続いて来た摂関の座を強く要求せず途切らせてしまった。
そして何より迂闊だったのは、源高明の勢力拡大を援けて来たことである。左大臣である伯父・実頼を始めとして、師尹、師氏の両伯父とも、右大臣と成った高明と比べ、その才気に於いて遥かに及ばない。
伊尹は、摂関家が消滅させられるのではないかとの危機感を抱いていた。ただ、やっと参議に成ったばかりの伊尹にどうにか出来るような問題では無い。仮にも左大臣である伯父・実頼が健在なうちに手を打たなければ、手遅れになってしまう。そう思った。正直言って伯父達を余り好きではない。だが今はそんなことを言っている場合では無いのだ。使いを出して実頼に会う段取りを取ってみた。
「良う参った。珍しいのう」
実頼が皮肉混じりに言った。本来なら一族の長者である自分を立てて、もっと頻繁に顔を出すべきと思っているのだが、師輔の子らも、弟ふたりも余り顔を出さず、自分を立てていないことに不満を感じていたのだ。
「今迄ご無沙汰勝ちだったこと、お詫び致します。父を亡くし、顕忠様も亡くなった今、貞信候(忠平の別称)の血を引く我等は、もっと強く結び合わねばならぬと、後れ馳せながら思い至った次第です」
と腰を低くして、伊尹が無沙汰を詫びる。
「もともと麿は拒んではおらぬぞ。そなたらが近付かなかっただけではないか。何か下心でも有ってのことか」
弟達や甥達が、普段自分を立てていない事に実頼、日頃強い不満を持っている。
「伺いました理由は、己ひとりのことでは御座いません。一族の先行きを案じてのことです」
大声では無いが、十分に力の籠もった声で、伊尹が訴える。
「ふ~ん。一族の先行きを考えてとな」
実頼は、真剣には聞いていない。
「率直に申します。伯父上は、関白、或いは太政大臣と成るお気持ちは御座いませんのか?」
伊尹がずばりと切り込んだ。
「滅多なこと申すな。帝が望んでおられぬことじゃぞ」
実頼はたじろいだ。
「存じております」
「ならば申すな。帝の御心に従いながら、そのほうの亡き父と図りながら政を進めて来た。栄達を考えての事では無い」
「はい。それは存じております。父が薨じた後、顕忠様がそれに代わられましたが、その顕忠様も亡くなられ、高明様が大納言から右大臣に転じられました。高明様相手に、今まで通り伯父上のご意向通りの政が出来ましょうか?」
と突く。実頼の表情が変わった。
「伊尹、僭越であるぞ。伯父、甥の間柄とは言え、新参の参議ふぜいが政に付いて、左大臣に対し、そのような口出しするとは何事じゃ。不快じゃ、帰れ」
実頼は、そう怒鳴った。それを見て伊尹は、
「ご無礼致しました」
と頭を下げて、実頼邸を辞した。しくじったとは思っていない。実頼自身が感じていることを、若い伊尹にずばり指摘されて取り乱したのだ。落ち着けば考え直すに違いない。そう思っていた。
翌日伊尹は、兼家を屋敷に呼んだ。直ぐ下の弟である兼通よりも兼家を可愛がっていた。兼通は我が強く、己の利を優先させる傾向が強い。それに、近頃、高明に近付いているのも気に入らなかった。比べて兼家は兄に柔順であり、高明に対する警戒心を持っている。そして、兼通とは犬猿の仲である。同母弟二人が仲が悪いのは好ましいことでは無いが、そこはやむを得ないと思っている。
「今が、いかに危ういかと言うことを伯父上に分かって頂こうと思い敢えて怒らせたが、もし、麿の無礼にいつまで拘っておられるようなら、その時はそなたに骨をおって貰うことになる」
と伊尹が兼家に告げる。
「畏まって候。して、他の伯父上方に付いては、如何致します?」
「うん。まずは師尹様だが、癖の有る難しいお方だ。ただ行っても、話は聞いて貰えぬであろうな」
兼家の問にそう懸念を示す。
「はい。確かに難しいお方です。ですが、上手く取り入っている者がおります。まずは、その者を通して話を聞いて貰える機会を作りましょう」
と兼家は策を献じた。
「誰じゃ、それは」
「源満仲と言う者です」
「高明様の手の者ではないか」
何を馬鹿なとでも言いたげに伊尹が言った。
「一応、そう言うことになっておりますが、あの男、高明様に恩など感じておりません。損得勘定でどちらにでも転ぶ男で御座いますよ」
と自信有りげに兼家が答える。
「大丈夫か?」
と訝る伊尹に、兼家は
「お任せあれ」
と胸を叩いた。
兼家は満仲を呼び付けた。
「伯父上の所へ使いを頼みたい」
と満仲に告げる。
「伯父上様とは権大納言様のことですか?」
と満仲が確認した。
「そうだ」
「ご用件は?」
「麿が一度お会いしたいと申しておると伝えてくれれば良い」
満仲は困った表情を見せる。
「用件をお伝えしなければ難しいと思われます。あのお方は」
兼家が口を少し曲げて考えている様子を見せた。
「一族のことに付いてご相談したいと申せ」
「はい。承りました」
土に膝と拳を突いた満仲が、頭を下げる。




