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坂東の風  作者: 青木 航
第三章 青年編

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第6話 攻防の始まり

 満仲邸への押し込み事件の成り行きは意外な展開と成った。意気込んで狙いを付けたものの、千方とは無関係だったのだ。

 盗まれた物は全て戻って来た。しかし、下手人(げしゅにん)の正体が分かってみると、満仲は何か複雑な気持になった。千方を捕らえることには繋がらなかった訳だが、悔しがるよりも他のことに心を奪われていた。収まらないのは満季(みつすえ)である。

「兄者。あ奴の尻尾を捕まえることは出来るのか?」

 意気込んで質(ただ)す。

「必ず掴む」

 己に言い聞かすかの様に、満仲が答える。

「麿に任せては貰えぬか」

 膝を乗り出した滿季が、満仲の目を見て詰める。

「どうするつもりだ」

「奴がやったように、闇から闇へと葬る」

 満仲が満季《みつすえ》の顔をじっと見て頷く。そして、

「郎等は使うな。証拠は残すな」

と釘を差した。

「分かっている」

 満季《みつすえ》は、満仲と母を同じくする弟であり、三男である。恰幅(かっぷく)の良い満仲とは違って、痩せ形細面(ほそおもて)、やや神経質な印象を受けるが、印象とは違ってそんな面は全く無い。満仲とは幼い頃から仲が良く、長じても親しくしている。強引なことをやって来ている満仲にも、実は情緒的な面が有り、悩むことも有る。それに比べて満季《みつすえ》は現実的であり、より行動的である。


 武蔵権守(ごんのかみ)を退任して都に戻り、満仲が就いた官職は左馬助。その相当位階は正六位下(しょうろくいのげ)である。権官(ごんかん)とは言え、大国・武蔵守の相当位階は従五位上(じゅごいのじょう)。実はこの時点での満仲の位階は、正六位上(しょうろくいのじょう)であり、五位にも成っていなかった。位階相当でない官職に就くことはまま有る。しかし、六位と五位の間には高い壁が存在するのだ。臨時的な職てある権官(ごんかん)とは言え、貴族にも成っていなかった満仲が、武蔵権守(むさしのごんのかみ)の職に在ったのは異例と言って良いだろう。


 この時の武蔵守は、満仲の母方の祖父・藤原敏有であった。その敏有が、任期残り一年を切った時点で病に伏し、職務が行えなくなってしまった。短期・臨時的ながら、権守(ごんのかみ)として誰を派遣するべきかと言うことになる。そこで手を挙げたのが満仲だった。目代(もくだい)として赴任させるのならまだしも、権守では官位不足だ。しかし、満仲は権守としての赴任を執拗に強請(せが)んだ。短期・臨時的な措置でもあるし、身内と言うことでもあるので、まあ良いかと言うことになった。実際、その後の処遇の約束でもしなければ、こんな短期・臨時的な条件で引き受ける者も他に居なかつたのだ。

 日頃から、公卿(くぎょう)達に奉仕し、貢物(みつぎもの)を贈り続けていたことが効を奏したと見える。実際に満仲が狙っていた官職は左馬助である。その為の工作を続けて来ていた。

 正六位上(しょうろくいのじょう)である満仲が、格下の正六位下(しょうろくいのげ)相当の左馬助をなぜ熱望したか。最も大きな理由は、帯剣出来るからだ。馬寮(めりょう)の官人(つかさびと)は武官とされて帯剣を許されていた。兵(つわもの)に相応(ふさわ)しい官職と思った。建前はそうだが、実は他人(ひと)に恨まれる覚えが数々有る。朝廷での公務とは言え、丸腰で過ごすような職務には、余り就きたくないのだ。

 職務に就いてからも、利点は有った。上司に当たる左馬頭(さまのかみ)の官位は従五位上(じゅごいのじょう)である。本来の武蔵守と同等なのだ。前(さきの)武蔵権守(むさしのごんのかみ)。こんな経歴の部下を、嘗て一度も持ったことが無い。権官《ごんかん》ではあるし、位階は五位の壁を挟んで二段階も下なのだから、本来、気にするべきほどのことでは無い。だが、気になるのは、満仲の人脈だ。多くの公卿(くぎょう)達と繋がっていると言う噂が有る。異例の武蔵権守への就任も、この人脈を駆使した結果と言われている。しかし、誰とどの程度繋がっているのかは分からない。


 官僚は人脈を大事にする。そして、最も恐れるのも、この人脈なのだ。そう言う意味で、左馬頭(さまのかみ)に取って、満仲はかなり使い難い部下と言うことになる。実際勤め始めると満仲は、病と称して度々休む。厳つい体型、健康そうな外見からして、病に罹るようなタマでは有るまいと思うのだが、余り煩(うるさ)く言うことは出来ない。気後(きおく)れするのだ。


 言いたいことを我慢していると、人の心には不満と憎しみが蓄積して行く。だが、満仲はその辺も心得ていて、公卿(くぎょう)達への貢物と比べればほんの些細な物だが、物を贈って、鬱積したものを解消してしまう。この時の左馬頭もそれを突き返す程の硬骨漢ではなかった。


 満仲が度々病と称して休むのは、退庁後の暇(いとま)だけでは捌き切れないほどの私事を抱えていたからである。表には出せない請負仕事であり、大切な収入源となるものである。出世の為には官職に就くことが必須となる。だが、それだけに専念している訳には行かないのが満仲なのだ。

「麿の夢はな、我等・清和源氏の名を世に轟かすことじゃ。決して、己(おの)が出世のみを考えている訳では無い。汝(なれ)達兄弟も、そして、我等の子や孫も胸を張って生きられるようにしたいと思うておる」

 満季(みつすえ)の目を見詰めながら、満仲が言う。

「済まぬ。兄者にばかり苦労を掛ける」

 満季《みつすえ》は、神妙な面持(おもも)ちで、満仲の話を聞いていた。

「まずは、麿が貴族に成ること。それが出来れば、汝(なれ)達も必ず引き上げてやる。だが、そう簡単に貴族には成れぬ。指を加えていれば、我等の身分は、代々下がる一方じゃからな」

「全くその通りだ。父は元王、爺(じじ)様は親王(しんのう)と言うのに、今の我等は何なのだ。公卿(くぎょう)どもに顎で使われてよ」

 満季(みつすえ)は、日頃の不満を口にした。 

「三郎。そんな繰り言を一生言い続けて朽ち果てて行く者が、どれくらい居ると思う? 目を瞑(つぶ)って石を投げても当たるくらいおるわ。皆、伸し上がろうとする覇気も無ければ才も無い連中だ」 

「そう言われてもな。どうにもならぬことも多いではないか」

 満仲が満季《みつすえ》を見据える。

「皆がどうにもならぬと思っていることをどうにかせねば、前には進めん。それが分からん奴は駄目だ」

 厳しい満仲の視線に、満季《みつすえ》は幾分たじろいだ。

「どうすると言うのだ」

と尋ねる。

「力有る者の力を借りる。だが、それをするには莫大な財が必要となる。並の者は『無理だ』と思い、そこで考えが止まってしまう。後は愚痴と繰り言の人生よ」 

「確かに」

と納得するように、満季《みつすえ》は頷いた。満仲が畳み掛ける。

「何故か? 腹を括ることが出来ぬからだ。麿は公卿(くぎょう)をも操って見せる」

「高明(たかあきら)様か?」

 少し不審げに満季《みつすえ》が聞く。満仲は

「まあな」

と曖昧に答えた。

「何だ。気の無い返事だな」

「世の中、一寸先は闇。何が起こるか分からん。それも考えて置く必要が有ると言うことだ。どう転んでも良いように、あらゆる方向に道を付けて置かねばならん。だがな、繋がりは付けても縛られてはならん」

「言うは易いが、なかなか難しい」

 言葉としては理解しても、気持ちが追いついて行けていない己を、満季《みつすえ》は感じていた。

「財じゃ。財が有れば出来る。まずは、財を稼ぐ」 

「うん」

「綺麗事では行かん。他人(ひと)のやらぬことをやる。誰もやりたがらぬことをやる。それで財は得られる」 

「ふん。確かに兄者のやっている事を見ればその通りと言わざるを得ぬな」

と満季《みつすえ》が頷いた。

「それからが肝心。どう生かして使うかだ。財を得るのに巧みな者は居る。だが、使い方を知らぬ。使わねば意味が無い。惜しげも無く使うことだ。使い方を間違えなければ、必ず二倍三倍になって戻って来る。その繰り返しじゃ」

「兄者の言うことは分かるが、中々難しいのう。いざ、やるとなると」

 そう言って、満季《みつすえ》は腕を組み首を傾けた。

「まあ、任せておけ。人の真価は、能書きを言うだけか実際行えるか、その差じゃ。麿はやる。例え他人(ひと)がどう評そうともな。能書きを言うしか能の無い連中には言わせて置けば良い」

 少しの間、考えている素振りを見せていた満季(みつすえ)が、決心したように満仲を見た。

「決めたぞ、兄者。一生兄者に着いて行く。兄者のように色々考えることは出来ぬが、腕だけは兄者にも引けを取らん。兄者が我等一族の為にすることであれば、麿ばかりではなく、次郎兄も弟達も、きっと同じように思うはず。我等を手足として使ってくれ」

 満仲が両の手で満季(みつすえ)の手を取った。そして、弟の顔を見詰める。

「三郎。良くぞ言うてくれた。他の弟達も頼らねばならぬが、中でも麿は汝(なれ)を最も頼りにしておる。宜しく頼むぞ」

 満仲の目が、いくぶん潤んでいるようにも見える。満仲と言う男、実の弟でさえ演技で足らし込もうとするのか。

「宮仕(みやづか)えとは窮屈なものでな。適当に暇(いとま)を取ってはいるが、それにも限度が有る。時が足らぬ。これからは、代わりに汝(なれ)にやって貰わねばならぬことは増えるぞ」

「任せてくれ。荒事なら寧ろ胸が躍る思いじゃ」

「頼もしい。汝(なれ)の先のことも考えておるぞ。何とか検非違使(けびいし)に押し込もうと思っておる。数年待て」 

 満季(みつすえ)の顔が上気する。

「本当か? 実は、もし官職に就くなら是非とも検非違使をやってみたいと思うておったのよ」

と笑みがこぼれる。

「そうか。麿は出来ぬ空約束はせぬ。楽しみに待っておれ」

 弟のことを思ってと言うのが嘘と言う訳では無い。だが同時に『身内を検非違使にして置けば何かと便利だろう』と言う計算が有ったこともまた事実だった。


 満季(みつすえ)の動きは速かった。数日後のことだ。千清の案内で京見物をした千方らは、千晴の舘への帰り道、右京の小路(こうじ)を歩いていた。ひとつ先の角に犬丸が立っているのに、まず夜叉丸が気付いた。

「六郎様」

と声を掛ける。千清と話しながら歩いていた千方が、夜叉丸を見る。夜叉丸は、黙って犬丸の居る方へ顔を向ける。釣られてそちらを見た千方も、犬丸に気付いた。

「千清殿。寄って行きたい所が有る。済まぬが先に帰っていては貰えぬか。今日はお世話になった。義姉(あね)上に宜しく伝えて頂きたい」

「左様ですか。では、お気を付けて」

 二人の郎等を従えて、千清は先に帰って行った。それを見届けて、犬丸が走り寄って来る。

「この先の社(やしろ)の境内で十人ほどが待ち伏せています」

「手配(てくば)りは?」

「はい。出来ています」 

「夜叉丸。秋天丸。祖真紀の指揮下に入れ。麿ひとりの方が、敵も油断するであろう」

 秀郷に従って昔何度も京に来ているので、朝鳥は見物に同行していない。夜叉丸、秋天丸は、犬丸と共に姿を消した。


 物見(ものみ)から六人連れと聞いていたのにひとりで現れた千方を見て、男達は一瞬戸惑った。だが、年格好、人相、装束を見ても、聞いている風体に間違いは無い。多いのなら兎も角、少ないのだから問題は無いだろうと思う。寧ろ楽に済む。

 まず一人が進み出て、道を塞ぐように立ち塞がる。

「藤原千方か?」

 見るからに柄の悪い、ならず者風の男である。

「確かにそうだが、汝(なれ)のような柄の悪い輩(やから)に知り合いはおらぬな」

 千方が平然と答える。

「吾も汝(なれ)など知らぬ。だが、藤原千方と言う男が気に入らんと言うお方がおってのう。頼まれた。恨みは無いが死んで貰う」

 他の者達がばらばらと出て来て、千方を囲んだ。

「ふ~ん。何を貰って引き受けた」

 千方が薄ら笑いを浮かべながら、見渡す。

「死ぬ前と言うのに、下らんことを心配しおって」 

「なーに、汝(なれ)達の命の値(あたい)はどれ程のものなのかと思ってな」

 言われた男はキッとなった。

「何だと。頭、可笑(おか)しいのか。死ぬのは汝(なれ)の方だ」 

「そうかな。後ろを見るが良い」

 何人かが、半信半疑で振り返った。そして「うっ」と声にならない声を上げた。

 路(みち)の前後、境内から短弓を構えた祖真紀、犬丸、竹丸、鷹丸、鳶丸、そして、夜叉丸、秋天丸の七人が男達を狙っているのだ。仲間の異様な反応に驚いて振り向いた他の男達も含めて、全員の顔色が変わる。

「言って置くが、その者達は狙った獲物は外さぬぞ。運良く矢を逃れた者が有れば、麿が相手をして遣わす。さあ、どうする」 

 一瞬、辺りを沈黙が支配した。突然、

「わ、分かった。やめる。我等、命と引き替えにするほど多くの物を貰ってはおらん。申した通り、貴殿に恨みが有る訳では無い。無礼は詫びる。頼む、助けてくれ」

 頭(かしら)格と思われる男が、太刀を背の後ろに引き、何度も頭を下げる。

「情けない奴等よのう。まあ、楽な稼ぎと思って引き受けたのであろうが」

「その通り。浅はかな考えだった。済まぬ」

「ひとつ教えてやろう。もし、首尾良く麿を殺せたとしても、汝(なれ)達の命は無かった。成功すれば、当然、後の物を貰う約束をしていたであろう。のこのこ行けば、汝(なれ)達はひとり残らず殺されていたろう。口を塞ぐ為にな」

「真(まこと)か。それが真なら奴こそ許せん」

「それは誰だ?」

と空かさず千方が突っ込む。

「郎等風の男としか分からぬ。顔も布で隠していた。こうなったら奴を殺す。それで帳消しにしては貰えぬか」

 弓で狙われている男達の頭の中は、なんとかこの場を逃れたいと言う気持ちで占められている。

「やめておけ。汝(なれ)達の敵(かな)う相手では無い。皆殺しにされるだけだ。都を彷徨(うろう)いているだけで、見付かったら殺されるぞ。命が惜しかったら、都落ちして遠くへ逃れろ。麿が殺すまでも無い」

「助けてくれるのか? 恩に着る」

 一旦下ろした弓を構え直した祖真紀達がそのままの体勢で道を開けると、男達は、先を争うようにして、我先に逃げ去った。

「皆、ご苦労であった」

 千方が微笑んで言った。

「しかし、あ奴ら逃げ切れるでしょうか」

 犬丸がそう尋ねた。

「さあな」

 抜いた太刀を鞘(さや)に収めながら、千方が答える。

「助けてやっただけでも十分だ。襲って来た奴等の心配などしていられるか」

 犬丸にそう言ったのは夜叉丸である。


*参考


 権官《ごんかん》は、朝廷の官職について、正規の員数を越えて任命する官職。「権」は「仮」という意味であり、官職不足となっていた平安時代に多用された。奈良時代の員外官《いんげのかん》に相当する。 中央政府の次官以下や地方官に置かれた。

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