↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂東の風  作者: 青木 航
第二章 幼年編 弐 陸奥へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/123

第4話 危うき勝利と虚しさと ⅱ

 与えられた居室(きょしつ)に戻った千方が朝鳥に言った。

「もしもの話だが、将門が陸奥の蝦夷と手を結んでいたら、日本(ひのもと)が真っ二つに割れていたのではないかな?

「ふふふ。何故(なにゆえ)そのようなことをお考えになりますかな?」

 朝鳥は千方の成長の度合を考え方の上でも見てみたいと思った。 

「蝦夷は強い。もし、坂東と手を結んでいたら、朝廷も迂闊に手を出せぬほどの勢力になっていたのではないかと思ってな。俘囚(ふしゅう)の方が、京人(みやこびと)よりも遥かに我ら坂東武者に近いような気がしていると、先程そのほうも申したではないか。もし、将門が蝦夷と手を結んでいたら、どうなっていた?」

「下野藤原家(しもつけふじわらけ)は滅びておりました。大殿も手前も討ち死にしておったでしょうな」

と朝鳥が答える。『また、例に寄って朝鳥の意地の悪い言い方が始まったな』と千方は思った。

「単に勢力はどれ程のものになっておったかと思うただけじゃ! もし、そうなっても父上は将門と戦ったであろうか?」

 朝鳥の答え方に千方は少々不機嫌になっていた。

「剣呑(けんのん)なことを申されますな。大殿は朝敵を征伐されたのですぞ。それで従四位下(じゅしいのげ)を賜(たまわ)ったのです。お忘れなさいますな」

 妙に形式張った言い方をする朝鳥に千方は失望した。

「分った。この話はもうやめよう。…… しかし、そのほうも以外と面白味の無い男だな」と投げやり気味に嫌味を返す。

「本気でも無いのに戯言(ざれごと)で物騒なことを口走り、それを誰かに聞かれて通報され罪に落される者も少なくは御座いません。口は災いの元。お気を付けなされませ」

 朝鳥の言い方に千方はムッとした。

「ここは陸奥じゃ。そのような者おる訳も無かろう」 

「いえ。例えば、この舘に何かの不満を持つ者がおり、偶然聞いたことを是幸(これさいわ)いと訴え出て恩賞に与(あずか)ろうとするかも知れません。……」

 朝鳥が厳しい顔付きでそう言った。そして、

「夜叉丸、秋天丸。回廊を見張っておれ」

と二人に命じた。

「え? あ、はい」

 秋天丸は一瞬戸惑ったように答えて回廊に出た。夜叉丸は無言で同じ行動を取った。 

 これも、朝鳥の教育のひとつなのであろう。千方には日頃の言動に注意を払うよう求める一方、夜叉丸と秋天丸には、いちいち命じられなくても、このような時には、辺りを見張るよう躾(しつ)けるつもりなのだ。

 それでいて、朝鳥自身は、物騒なことを平気で口にしたりするのだが、本人はその矛盾を余り自覚していない。己自身のことと千方に教育すべきことは別と思っている節(ふし)が有る。身分や立場が違うということなのだろうか。

「六郎様」

 朝鳥が少し声を落として言った。

「大殿は色々なことをお考えの上で、立場を決められました。まず、第一には勝つこと。次に、何がご自身に取って、下野藤原(しもつけふじわら)家に取って、更には坂東の兵(つわもの)に取って良いことか。色々お考えになったのでしょう。

 実は、麿もお供しましたが、大殿は将門が謀叛に突き進み始めた後、一度、秘かに会いに行っておられます。その会談の後、大殿は明らかに不機嫌になられました。お心の内は明かしては頂けませんでしたが、恐らく大殿は、それまで将門に期待を抱いておられたのだと思います。その期待が見事に裏切られたという感じでした。麿は別室で待たされていたので会談の様子は分りませんでしたが、舘を出た後、一言(ひとこと)『愚かな』と仰いました。将門のやろうとしていることが坂東の為になることでは無いと、見抜かれたのだと思います」

「朝敵となることだからか?」

と千方が聞く。

「ふふ。朝敵で御座いますか? 六郎様は、朝廷とはどう言うものと思われますか?」

「帝(みかど)が政(まつりごと)を行う場であろう」

「では、帝(みかど)とは?」

「帝(みかど)は全ての氏族の祖先である天照大神(あまてらすおおみかみ)の直系の末裔であろう」

「では、朝廷の権威とは何で御座いましょう」

「う? それは、以前兄上にも問われたことがある。日本(ひのもと)の総本家であり、全(すべ)ての大和人《やまとびと》の親である帝(みかど)の権威ではないのか?」

「では、政(まつりごと)を行っておられるのは、帝(みかど)で御座いましょうか?」

 朝鳥はそう本質に迫る。

「違うのか?」

「確かに桓武(かんむ)の帝(みかど)はご自身で政(まつりごと)を行っておられたと聞いております。桓武帝(かんむのみかど)は山部王(やまべおう)時代より、大学頭(だいがくのかみ)や侍従として実務を熟(こな)されておりましたゆえ。 

 しかし、前帝(さきのみかど)(朱雀(すざく)天皇)は八歳で即位されました。

 元よりご自身で政(まつりごと)を行うなど無理な話です。そこで、伯父である藤原忠平(ふじわりのただひら)候が摂政(せっしょう)として実際の政(まつりと)を行うようになったのです。そして、帝(みかど)元服の後には、帝を補佐すると称して、関白(かんぱく)として実権を握り続けました。

 前帝(さきのみかど)の御在位中に将門と純友(すみとも)の乱が有り、他にも富士の山の噴火や地震・洪水などの災害・変異が多かった為、弱冠二十四歳の御歳(おんとし)に弟君(おとうとぎみ)である今上帝(きんじょうのみかど)(村上天皇)に譲位(じょうい)されご隠居されました。世が乱れ天変地異が頻発するのは、天子に徳が無いからと言われます。それが為、前帝(さきのみかど)(朱雀(すざく)天皇)は退位せざるを得無くなったという訳です。

 しかしながら、実際の政(まつりごと)は忠平候が行っていたのですから、前帝(さきのみかど)としては、さぞかし無念な想いを抱きながら譲位されたのだと思います。その忠平候も昨年八月に亡くなられました」

 千方が薄笑いを浮かべながら朝鳥を見る。

「一年も山中におったのに、そのようなこと、何故(なにゆえ)知っておる?」

「お舘へご挨拶に伺った際、聞き及びました。忠平候重病といえども、依然、お子である左大臣・実頼(さねより)候、右大臣・師輔(もろすけ)候のご兄弟が大きな権力を握っておりましたし、今もそうです。朝廷の権威とは、必ずしも帝(みかど)の権威ということでは無いということで御座いますよ」

「では、朝廷の権威とは何か?」

 以前千常に聞かれた事を、千方は朝鳥にぶつけた。

「一言(ひとこと)で申すなら、官位で御座います」  

「官位?」

「はい。位階を与え、それに応じた官職に任ずることを『官位』と申します。それは、朝廷にしか出来ぬことで御座います。位階を得なければ官職には就けません。位階を与えるのは、建前上は帝(みかど)ですが、実のところ公卿方(くぎょうがた)の思惑次第ということです。それが、朝廷の権威であり力で御座います。 

 大臣以外の官職を決める儀式を除目(じもく)と申します。朝廷が震え上がったのは、将門がこの除目を行ったからです。同じ頃、瀬戸内(せとうち)の海賊を束ねて、前伊予掾(さきのいよのじょう)・藤原純友(ふじわらのすみとも)と言う者が反乱を起こしておりましたが、朝廷は、一時この純友と和解をして、まず、将門を討とうとしたのです。

 変では御座いませんか? 将門が次々と坂東各国の国衙(こくが)を襲い、印鎰(いんやく)を奪い国司を追放していたとしても、坂東は、都から見れば遥か彼方(かなた)。すぐに攻め込まれる心配は御座いますまい。それに引き替え、瀬戸内は目と鼻の先、実際、純友は一時、都に攻め入ったりもしていたのです。それに、四国との交通は元より、海路のほとんどが遮断されておりました。普通ならば、まず純友を討ち、足元を固めてから将門を討とうとするでしょう。将門の勢いに脅威を感じたとも、皇位を僭称したことが何としても許せなかったとも取れましょうが、実のところ、除目(じもく)を行ったことに最も恐怖を覚えたのではないでしょうか。なぜなら、限られた官職に就ける者はほんのひと握りの者でしかありません。それが、公卿(くぎょう)方への貢物(みつぎもの)や追従(ついしょう)に寄って決められているとしたら、官職を得ることが出来ずに、不満を抱いている者は数多くおる筈です。しかし、朝廷に従うしか出世の道は無いと、全てを受け入れて耐え忍んでいた者達に、『官職を与える』と将門が声を掛けたらどう成りましょう。官職を得られず都で鬱々とした日々を過ごしていた地方豪族の子弟達の中には、将門に賭けてみようと言う気になって、地方(くに)に帰り親を説得して兵を挙げる者も出て来たことでしょう。朝廷は、それを最も恐れたのではないでしょうか。

 己自身が嘗(かつ)て同じように都で鬱々とした日々を過ごしていたことがある将門には、その辺りのことは良く分かっていた筈です。そして、除目(じもく)を行えるのは朝廷だけですから、それを行う為には新皇(しんのう)などと名乗る必要が有ったのではないでしょうか。共に戦った者達に官職を与えたかっただけではありますまい」

 朝鳥の説明は、千方にとっても納得の行くものだった。

「何でも良う知っておるのう。朝鳥は嘗(かつ)て荒武者であったと聞いたが、そればかりでは無いようじゃのう」

 感心したように朝鳥の顔を見て千方が言った。朝鳥は不満げに口を少し曲げた。

「六郎様。”嘗(かつ)て”では御座いません」

 朝鳥は、今でも現役の荒武者だと言いたいのだ。

「う? そうか?」

 と千方が惚(とぼ)ける。

「只の口煩(くちうるさ)い爺(じじ)とお思いですかな?」

 朝鳥は不満げだ。

「そんなことは無い。太刀もそのほうから学んでおったではないか。ま、正直。多少口煩(くちうるさ)いと思うておらんことは無いがな……」

 そう言って、千方が思わせ振りに笑う。

「お役目で御座いますゆえ」

 朝鳥は尚も不満げだ。

「そうじゃな。うん、大儀(たいぎ)である」

と千方が躱(かわ)す。

「二荒山大明神《ふたあらやまだいみょうじん》でお会いした折、草原(かやはら)のお舘様が麿にこう言われました。

『六郎は調子者ゆえ、浮付(うわつ)かぬようしっかり躾(しつ)けて下され』と」 

 千方は訝(いぶか)しげに眉根(まゆね)を寄せた。

「…… 本当に爺(じじ)様がそう申されにたのか? その言葉、そのほうの考えでは無いのか?」

「いいえ。確かにお聞きしました」

「ま、良い。ところで、荒武者のそのほうが、なにゆえ朝廷のことまでそんなに詳しいのだ?」

「はい。実は学者もどきの知り合いがおりまして。官職には就いておりませんが、実に色々な書物を読み漁(あさ)っております。偏屈な男ですが、酒好きで、飲むと話が面白い。正直申せば、その男の話の受け売りで御座いますよ。 

 …… ところで、陸奥(むつ)と将門の関わりですが、将為(まさため)という将門の末弟(ばってい)が、乱の直後の天慶三年四月に陸奥国に於いて、舅(しゅうと)の陸奥権介(むつのごんのすけ)・伴有梁(とものなおはり)と言う者と共に謀叛を起こしたと言う話が伝えられておるようですが、確かなことかどうか分りません。その噂から、将門は陸奥の蝦夷と誼(よしみ)を通じ、謀議を重ねて居たと申す者もおります。

 しかし、どうでしょうか? 将門の目はむしろ都に向けられており、陸奥には向いていなかったと麿は思います。将門が坂東を占拠した後、承平の乱は、ごく短い間に終結しました。その間、将門は日々戦いに明け暮れておりましたから、蝦夷と連絡を取り合ったり工作をしたりする暇(いとま)が有った筈が御座いません。成り行きで突き進んだだけで御座いましょう。

 もし仮に、将門が蝦夷との連携を模索したとしても、一体誰と話したと言うのでしょうか? 安倍とて未(いま)だ陸奥の蝦夷を束ね切れてはおりません。当時、蝦夷を束ねて将門との連携を図れる者などおらなかったのです。

 …… もし、殿と六郎様が坂東を制し、安倍が陸奥の蝦夷を完全に束ねることが出来た時には、或いは坂東の兵(つわもの)と陸奥の蝦夷の連携ということも可能になるかも知れませんな」

 千方が朝鳥をじろりと見た。

「口に気を付けよと申して置きながら、飛んでもないことを申すな。麿に謀叛を焚(た)き付ける気か?」

と嗜(たしな)める。

「どう致しまして。大殿も都留儀(つるぎ)殿も朝廷との戦(いくさ)など望んでおりません。しかし、朝敵となった将門が悪で、朝廷が正義などと単純にはお考えにならぬことです。

 尤(もっと)も、生きて行く為には建前が必要です。他人の前で、本音で喋っていたら、命が幾つ有っても足りないと言うこともお心に留めて置かれることです」

「朝廷のすることが善とは限らぬと言いたいのか?」

と千方が念を押す。

「祖真紀から阿弖流爲(アテルイ)の最期をお聞きになられましたでしょう。例えば、阿弖流爲を悪の首魁(しゅかい)とお思いになりますか?」 

「いや、思わぬ。蝦夷の間では英雄だ」

と千方は答える。

「ところが、朝廷は阿弖流爲(アテルイ)を『悪路王(あくろおう)』と呼んでおりました。当時、闘っていた敵の首領ですから、そう呼んでも可笑しくは無いのですが、正義や悪という言葉は、誰に取っての正義か、誰から見ての悪なのかと言うことを考える必要が有るということで御座います。誰から見ても正義、誰から見ても悪などというものは存在しません。力を持った者から見ての正義や悪が世に罷(まか)り通り、歴史にもそのように残って行くというもので御座いますよ」

「…… と言うことは、狐支紀(こしき)という者も、必ずしも悪とは言えぬと言うことか?」

と千方が聞く。

「狐支紀(こしき)には狐支紀の正義が御座いますでしょうな。狐支紀から見れば、安倍の方が悪と言うことになりましょう」

「そんなことを考えたら、戦えぬのではないか?」

と千方。

「はい。仰る通りです。戦いに際して考えるのは、敵か味方かと言うことだけで御座います。敵は討たねばなりません」

「敵か味方か、考えるのはそれだけと言うことか」

「はい、そうしなければ、命は保てません。戦(いくさ)に於いてはそれ以外のことは考えぬこと。それが最も大事なことで御座います」

「修羅(しゅら)よな、戦(いくさ)とは……」

 これも千常の口真似だ。

「はい」

と朝鳥が頷く。

「ところで、古能代達はどうしているであろうの。今一度行ってみたいものだな」

と千方が話題を変えた。

「行かれますか?」

「良いのか? 行っても」

「麿も、そろそろ口煩(うるさ)い爺(じじ)の役に少々飽きて参ったところで御座います」

「先程麿が申したことを根に持っておるのではないのか?」

 朝鳥の口振りに不満を読み取った千方が尋ねる。

「どう致しまして。お子と喧嘩するほど若くは御座いません」

 今度は千方がムッとした。

「”お子” とは何だ。既に初冠(ういこうぶり)は済ませておる。童(わらべ)扱いするな。…… やはり根に持っておるな。荒武者・朝鳥の姿を見せたいのであろう」

「そのようなことは御座いません。行って見てもすぐに戦(いくさ)が始まる様相(ようそう)は御座いません。…… 行きたく無いのであれば、それでも宜しいのですぞ」

 意地の悪い男だなと思った。

「分かった。都留儀殿に話してくれ」

と千方の方が譲った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。