光に近寄る黒の虫
蛇とかの爬虫類は、寒さに弱いのだと、前世で学んだような気がする。
少なくとも、それを詳しく覚えていないということは、俺が真面目な人間でなかったことを表しているのだろう。
──早朝。
まだ、太陽すらも見えない。
夕暮れと同じような、暗い時間。
適度に身体強化の魔法を使いながら、森の中を歩く。
いくら重量軽減の効果があろうとも、大量の荷物を入れた背嚢は、10歳の体には少しきつい。
少し、息が漏れる。
脚の筋肉が、じんじんと痛む。
……これでも、体力は、ある方だと思っていたんだけどな。
この時間の森は、酷く冷え込む。
──そんな、時だった。
……なんだ、この、魔りょ──
「──あ、あの、時の……!」
この魔力は、覚えている。
体が、震えて、鳥肌が立つ。
あ、あ、あぁ!
景色が、空間が歪む程の、人の形には許されないはずの、膨大な魔力!
頭が、ぼんやりとして、足が、ふらついて──
──首元のネックレスに、魔力を流す。
緑色の宝石が飾られた、『魔力透過のネックレス』に。
一歩、また一歩。
圧を増していく魔力の中を、進んでいく。
膨大な魔力は、俺を押し潰さんとして、俺の体を通り抜け、後ろにいた小動物の意識を刈り取るのみ。
……これ、やっぱり効果あるのか。
首元のネックレスを手のひらの中に包み込み、思考する。
魔力透過のネックレス。
店主の翁曰く、災悪よりも、ずっと前。
古の時より、世界を破壊すると言われた魔物。
その魔物が纏う膨大な魔力に、一般の兵士でも耐えられるよう、耐久性を上げるのではなく、透過させる形に工夫を重ねた物らしい。
…………。
……つまりは、そんな化け物のような魔物と同等ということか。
少なくとも、魔力の圧という点では、そうなのだろう。
──視界の端で、白が映る。
◇◆◇
ガサリ、と茂みを抜ける音が、静かな森で、響く。
抜けた先は、少し開けた場所だった。
小さな湖に、周囲で生きる草食動物たち。
そして──
「……ッ」
「……」
──災悪。
淡い光を帯びたような、純白。
彼女は、俺を睨みつけている。
恐ろしい程の魔力に、縦に割れた、黄金の瞳での睨み。
足がすくむ。
脳が、今すぐにでもここを立ち去れと、強烈な危険信号を、繰り返している。
……ボロボロの服に、ボサついた白髪。
少し濡れているように見えるのは、直前に水浴びでもしていたからだろう。
危険性のある動物たちが、ちょうど休眠に入る時間。
それが今しかないのを、彼女は理解しているのだろう。
彼女の手は、少し震えていた。
こんな寒い中、さらに水浴びまでしたのだ。
当たり前、なのだろう。
……もっとも、俺なんて、彼女の比にならないぐらいには震えている訳だが。
彼女の目には、少しの困惑が見えた。
……俺を、覚えていたのだろうか。
逃がしたはずの生き物が、自ら姿を見せに来たら、驚くのも無理はない。
無言の時間。
視線だけが、ただ交差する。
──動いては、ダメだ。
無意識か、本能か。
それだけは、理解できた。
……やっぱり、綺麗だ。
汚れていて、ボロ臭くて、なのに、綺麗に見える。
……これが、災悪。
「……ふぅー」
震える体を、激しく鼓動する心臓を、治めるように、息を吐く。
その間も、彼女から、目を離さない。
……離せない、というべきか。
彼女は、少しの困惑を浮かべながらも、依然として、膨大に魔力の圧を、俺にぶつけている。
…………。
……さて、どうしたものか。
とりあえず、俺は両手を上げて、座り込むことにした。
抵抗の意思はないと、見せつけるように。
……そういえば、両親に報告なんて、していなかったなぁ。
目の前には、俺のような凡夫の命など、容易に刈り取ることが出来るのであろう、少女。
怯えを隠すように、冷静な思考を装う。
自分すら、騙すように。
…………。
……ふぅー、恐いなぁ、やっぱ。




