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臆病者の画策


 いくらこの世界の人たちの倫理観が前世よりおかしいとはいえ、結局のところ、俺はまだ10歳の子供に過ぎない。


 反抗期の振りをしようとも、ただ放っておいてくれる訳ではないということくらい、分かっていた。


 俺は、転生者だ。

 何事にも無警戒でいれるほど、子供にはなりきれない。


 災悪と俺が関わっていることを知られればどうなるかなんて、想像に難くないだろう。



 だからこそ──対策をする。



◇◆◇



 災悪と出会ったあの日から、1ヶ月程の時が過ぎた。


 そんな、ある日の早朝。

 今日も俺は、彼女に会いに行こうとしていた。


 はっきりとした理由は、未だに分からない。

 ぼんやりとしていて、言葉にすることが出来ない。

 けれど、彼女の傍にいると、その時だけはなんだか、心地がいいんだ。


 そんな意味の分からない戯れ言を、ただ虚空に。


 そうして、身体強化の魔法を体に施しつつ、森の中を進む。


 彼女がいる──真反対の方向へ。


 鬱蒼と生い茂る木々は、彼女のいる場所よりは数が少なく、朝の陽光を透かして見晴らしがいい。


 数分ほど進んだ辺り。

 木が少なく、土の禿げた場所で足を止め、木剣を取り出す。

 あの日、今世の父親が俺を叩きのめした時に使った、少し刃の欠けた木剣を。


 少しの脱力と共に、剣を正面に構える。

 縦に真っ直ぐ伸びる線のように、姿勢を正して。


 街から離れたこの場所は、ただただ静けさだけが漂う。


 だからこそ、普段は聞こえない音たちが目立つ。

 踏みしめる地面は擦れ、宙を舞う葉は草木と触れ合い、音を鳴らす。


 自身の身体からは、僅かな身動ぎや、心臓の音が、体内で鳴り響いていた。


 そして──




──呼吸の音が、後方の木の上から。


 俺自身の基本的な感覚は、そこまで鋭いわけではない。

 ただ、身体強化を聴覚に寄せれば、どれだけ才能がなかろうと、小さな音も、ある程度までは拾える。


 俺の背後を取る、木の上の気配。

 それは十中八九……いや、ほぼ確実に、今世の父親なのだろう。


 この1ヶ月余り。

 これまでも、何回か追跡されるようなことがあった。


 俺には父親の感覚が分からないが、親ともなれば、例えこの世界の人体がどれだけ頑丈であろうと、心配にはなるのだろうか。

 


 何度でも言おう。

 所詮俺は、まだ10歳あまりの子供に過ぎない。


 反抗期真っ只中の、ただの子供。

 だからこそこうやって追跡されるし──誘導しやすい。


 何がきっかけだったかは覚えていない。

 ただ、前世で学んだ記憶がある。


 確か……人は、納得のいく結果が見えると、それだけが真実なのだと信じてしまいたくなる、だったか。


 要は、思考の誘導だ。


 幸いなことに、俺は反抗期の子供で、父親に模擬戦で何度も叩きのめされたという良質な材料が揃っている。


 故に、今世の父親の考えを誘導することは、容易いと言えるだろう。


 そう考えながら、剣を振る。

 顔を引き攣らせて、苛立ちを孕んだ雑な呼吸を繰り返して。

 一分、二分と時間が経つ毎に、力任せに踏み込み、乱雑に木剣を振る。

 訓練の最中、まるで嫌な記憶でも思い出しているかのように。


 そうして、また少し過ぎると、落ち着きを取り戻したかのように、姿勢を正し息を吸い直す。


 これを、ただひたすらに繰り返していく。



 太陽が頭上へと近づいた頃。

 ゆっくりと、意識を沈めるように、呼吸をする。

 同時に魔力を身体中に流していき、再び、音が鮮明となる。


 周囲の気配を探っていく。

 そこにはもう、俺以外の人間の気配など感じられなかった。



◇◆◇



 俺は、子供にはなりきれない。

 一度死を経験したせいか、前世よりも少し臆病になっている自覚すらある。


 そのせいか……いや、そのお陰と言ってもいいかもしれない。


 他人の動向に対して、自分でも少し引いてしまう程に敏感になれる。


 追跡をされる原因となるものは、何だろうか。

 そう考えた時、すぐに思いつくのは──痕跡だ。


 足跡だったりが、一番身近だろうか。

 他にも、血痕や、移動により折れた木の枝だとか。


 ……魔力による痕跡、なんてものもあるらしいけど、俺が知る限り、今世の父親には出来ないだろう。


 そもそも、俺自身の魔力が低いのだし。


 何度か、移動中に今世の父親の追跡方法を探ったことがある。


 結果だけいえば、足跡と足音、だろうという推測だけ。

 直接視認するのはリスクが高すぎてやる気にはなれなかった。


 まぁ、推測の域を出ないとはいえ、それだけ分かれば十分と言えるだろう。


 災悪の居場所は、バレてはいけない。

 だから、俺は細心の注意を払う。


 どうにも、油断をする気にはなれないのだ。


 足跡を複数、それぞれ別の方向に伸ばして、移動方向をバレないように偽装していく。

 あらかじめ手袋を装着して木の枝にぶら下がり、空中で土の着いた靴を取り替え、そのまま木の上を伝い、尚且つ迂回しながら彼女の元へ向かう。


 …………。


 ……うん、なんだか暗殺者じみてきたな。


 まぁ、元を辿れば、元冒険者の知識を今世の父親が俺に教えたのが、こうまで出来る発端になったんだし、それに前世の記憶を少し足し合わせただけ。


 何の問題もないだろう。

 そう、言い訳をするように思考を流す。


 …………。


 ……我ながら、やっていることが過剰なのは自覚している。


 それでも、それ以上に、災悪の名が重いということが、理解できているんだ。

 だからこそ、それがやらない理由にはならなかった。


 こうまでする自分自身の行動原理に……この、心には、まだ、言語化が出来なかった。


 肌に当たる空気が、冷たく感じられた。


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