災悪
「クロガネの坊主ぅ! 次は森の方に連れてってやるよ!」
そう、俺に声をかけるのは、父の親友。
エルドのおっちゃんだ。
「ありがとう、エル爺」
行商人をしているエル爺は、その傍らで俺を色んな所に連れて行ってくれる。
エル爺は愛称だ。
もっとも、そう呼ばれている本人は、あまり気に入ってはいなそうだけど。
もう脳がそう覚えちゃったのだ。
仕方ないよね。
ぶつくさと、「……俺まだそんな歳じゃねぇんだけどなぁ」と呟くエル爺を見ながら、魔力を弄くる。
我ながらに、少ない魔力だと思う。
この世界には、スマホなんてものはない。
隙間時間とか、暇な時間にやる事は、あんまりないのだ。
それこそ、魔力を弄くるくらいには。
貴族ともなれば、魔力の量はまた別だけど。
優秀な血族、歴史ある家系。
そうなれば、魔力量も比較的多いものが生まれ安くなるのだろう。
正直、羨ましいとは思わない。
貴族なんて、しがらみが多くてめんどくさそうだ。
◇◆◇
エル爺との、約束の日。
森を走る馬車の中は、いつもより新鮮に感じた。
エル爺は、商人だ。
この馬車には護衛の人もいるし、余程のことがなければ、安全だろう。
襲ってきた、馬車に匹敵する程の魔獣を、一瞬にして殺した護衛の人を横目に、そんなことを考えた。
──瞬間。
馬車の外から、悲鳴が鳴り響く。
気になって外へ出てみれば、そこに居たのは──
──白い、少女だった。
足が震える。
目の前に映る景色の全てが、歪んでいる。
なんで……あっ。
視界の端には、過ぎ去っていく馬車と、護衛の人達。
彼らは口々に、こう言っていた。
──"災悪"が出た。
そうして気づく。
視界いっぱい、視界にすら収まりきらない、景色の歪み。
……これ、ぜんぶ、彼女の魔力なのか
俺は、呆然と立ち尽くす事しか、出来なかった。
純白で白髪。
幼さこそあるものの、端正な顔立ち。
頭から生える、2本の角。
白い、皮膜のような翼。
トカゲのような、しかし幻想的で、神秘すらも感じる、白の尻尾。
そして──黄金の瞳。
俺は、立ち尽くす事しか出来ない。
──だって、動いてしまったら、もう二度と、同じ角度で、同じ距離で、彼女の姿を見ることが出来ないかもしれないのだから。
瞳孔が縦に裂かれた、黄金の瞳。
その目は、絶えず俺の事だけを射抜いていた。
尻尾は、地面を叩くように揺れている。
「は、ァ、ハァ、ハア……ッ!」
呼吸が、心臓の音が、早くなる。
視界が、縮まって、それでも、彼女をこの目で見ておきたくて。
胸が痛い、脳が熱い、目が乾く。
俺の、まだ10歳になったばかりの身体では、耐えきれなかった。
視界が、暗転する。
最後に見えた彼女の顔は、依然として、警戒の色に染まっていることだけはわかった。
あと一瞬、それで意識は落ちるのだろう。
最後に、彼女へ向けて伸ばした手は、空を切った。
◇◆◇
目覚めた時。
その時にはもう、彼女はいなかった。
……災悪、か。
その名には、聞き覚えがある。
確か──
脳裏に、あるフレーバーテキストが流れる。
──彼女の存在は、存在そのものが、世界の破滅を招く。龍と人が交わる禁忌の末、さらに突然変異まで起こした、龍人個体。
…………。
……綺麗、だったなぁ。
真昼間の、森の中。
一人、大の字に寝転がりながら、ぼんやりと、そんなことを考えた。
……とりあえず、帰ろ。




