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中学生腹ペコギャンブル日誌(2021年 6月31日〜)  作者: 斉藤和秀
第1章 おかわりじゃんけん
2/2

ep.2 裏切りと賄賂

この作品はep.1 おかわりじゃんけんの続きです

幻聴ではあるが、銃声が空に打ち上げられたような音がした。

生まれてから14年、僕の人生はなんだったんだろうか。

何も考えずに過ごしてきた人生だ。

何も考えずに親に勧められた中学に行き、何も考えずに親に勧められた塾に入り、部員が足りなくて必死になってる先輩に同情して、本当は行きたくないサッカー部に入る。

人に自慢できる趣味もなく、家のベッドでゲームばかりして、知らず知らずのうちにみんなに抜かれていく。

自分の船の舵を切ることもできず、ただ親に縋り付いて敷かれたレールに沿って、沈んでいく太陽に向かってトボトボと歩き出すだけの人生。

何も残らない。

何も生み出せない。

ただ消費されるだけの、ゴミみたいな存在。

そんな人生に、とうに飽き飽きしていた。


終わらせたい……。



僕は心の底から、そう思った。

だが、腹が減っていては終わらせることなど到底無理だ。

これは堕ちに堕ち抜いた僕が、勝つことができるかもしれない唯一の、最後のチャンスなのだ。

まず、僕は知っている。

志奈先生はじゃんけんをするときにランダムに出すことはない。今年の春、2人で丘の上で寝そべりながら夕陽を見ていた時に、急にキノシタが笑いながら言っていた。

「親分、志奈先生ってみんなでじゃんけんするとき、不正防止のために後出しがしにくいようにしてるんですよ。よく考えてますよね〜! つ・ま・り、先生がもしチョキを出した場合って、相手がパーを先に出してたらバレずにグーに直す動きが大きくなるから難しいじゃないですか! だから、大人数の時の初手は絶対チョキしか出さないんですよね! まぁこんな知識、いつ使うのかわかりませんけどね」

つまり、初手の最善手はグーだ。

僕とキノシタと先生だけが知っている、秘密の情報だ。


「ちょっと待ったーーー!!!!!!!!」


そう声を荒げたのは、僕らの班の向かい岸にいるシュウだった。背も高く顔がいかつくて声も一段と低い、みんなから怖がられている存在だ。

だが、あいつもバスケ部で大きな怪我をして以降、誰からも必要とされなくなって部活を辞めた落ちこぼれ。いわば僕と同じ底辺の、ゴミみたいな人間なのだ。

「牛乳を飲まないやつや味噌汁を飲まない人間に、唐揚げを食べる権利なんて1ミリたりともねぇんだよ! 食べ物は粗末にしやがって、おかわりしようとする神経が本当に信じられねぇ! お前ら全員、フードロスの元凶だろが! 自分のエサには死ぬほど飛びつくくせに、嫌いな食べ物は平気で残飯の山に捨てやがって……まるで昔の意地悪で腐った白人の貴族どもじゃねぇか! うせろ、そんなクズども!」

「いや待てよ、アレルギーの人間だっているし、みんな食べたくても口が受け付けないんだよ」

僕が言い返す。

「そうだ、そうだ!」「俺たちにだって人権はある!」

周りのざわめきが一瞬で爆発し、巨大な得体の知れない怪物に化けていった。

もちろん、それを狙っていたのかもしれないが、おかわりじゃんけんから撤退するやつは一人も現れなかった。

それでもシュウは微動だにせず、むしろ余裕の笑みを浮かべていた。

しかし、シュウの行動の真意は、当時の僕には全くわからなかった。

もしかしたらあいつも先生の法則を知っていて、いつもの流れをぶち壊したかったのかもしれない。

ただ目立ちたかっただけか、普段から溜まりに溜まった不満が爆発しただけか。

——あの事件以降、ずっと考えていた。シュウはあの頃から、生粋のギャンブラーだったのかもしれない、と。

そんなことを考えているうちに、ざわめき声がどんどん僕を覆っていき、視界まで真っ黒に染まっていった。

今まで見えていたはずの勝ち筋が、どんどん崩れ、消えていく。

もしかしたら先生はこの噂が広まっているのを知っていて、チョキを外してくるかもしれない。

みんながグーを出すのを先生が知っているから、次はパーを出すかもしれない。

その可能性があるならチョキが最善か……?

そうやって、終わりのない読みの無限ループに、僕は完全に飲み込まれていった。

そんな僕たちを待ってくれるはずもなく、志奈先生が明るく言った。


「とにかくやるよ! じゃんけん……ポン!」


先生は何事もなかったような顔で、裏切ることなくしっかりとチョキを出した。

僕は1年から同じ担任だから、先生がそんな裏をかくようなことはしないとわかっていたし、信じていた。グーを出した。

勝った。

安堵が、全身を駆け巡った。

まずは1勝。


残ったのは、数えてみるとシュウ、ハヤト、ドスコイマサオ、キノシタを含む11人だった。これは僕にとっても、残った11人にとっても最悪の事態だ。予選は10人以下になるまで続けるが、今いる人数は11人——つまり、もう一度先生とじゃんけんをしなければいけない上に、次の手に絶対の正解はない。11人という人数がどれほどきりが悪くて不利なのか、一目瞭然だろう。もしあの時シュウを肯定していたら、おかわりじゃんけんから降りる人が出て、今頃は唐揚げを頬張っていたのだろうか。クッソ、そんなこと考えたところで何にもならねぇ。

だが安心してほしい、前回にも言ったように僕は100%勝つ方法を知っている。そう、イカサマで先生の目を欺くことだ。だがこのままでは11人という人数が少なすぎて、先生にバレる可能性だって大いにある。しかも先生は体育の先生だからなのかわからないが、他の人と違って目がいいのだ。だから、ミスディレクションで先生の注意を逸らす必要がある。

ミスディレクションとは何かを示しているうちに、観客の注意が集まっていないところで別の動きをする——古くから手品師に愛されてきたマジックの技法の一つだ。

先生は誰が勝ったかを確認するために右から見始める。そして僕は席で言えば最も左側の窓側にいる。つまり先生が右に注意を向けている時に手を変えればいい。しかも、一番窓側にいるから、周りの人にも見えにくい頭の後ろの位置でじゃんけんの手を出せば、誰にもバレずに勝つことができる。


「シュウくん〜……ハヤトくん〜……君たち牛乳好きだろ? 僕が牛乳を2個ずつあげるからさ、降りてくれないか。僕は今日どうしても唐揚げが食べたいんだ」


そうやって情けなさそうな声で言ったのは、ドスコイマサオだった。班員がいつもドスコイマサオに牛乳をお裾分けしているらしい。どうしてもって、あいつ確か帰宅部で両親とおばあちゃんと4人暮らしで、家に帰ったらおばあちゃんが甘やかしてどでかいご飯をおやつに食べさせてくれると言っていたな。もしかしたら今日はそのおばあちゃんがいない日なのか。にしても、あいつ賄賂を渡して自分だけいい思いしようなんて、あまりにもクズな人間だ。

「嫌だね。クズがお前がうせろ。唐揚げが欲しいのはお前だけじゃねぇんだぞ。賄賂を渡したいなら他に渡せ」

シュウもハヤトも動く気が一切なかった。

「牛乳欲しい人他にもいる?」

全員が黙る。そして沈黙が5秒続いて、最初にそれを破ったのは1班の日誌集め係、陸上部で背の高い、僕と仲のいいイシダイだった。


「僕は牛乳を受け取らないが、この勝負から降りる。クラス替えをしてからやっとみんなと仲良くなりかけている頃、僕は失望したよ。このクラスがこんなにもクズばっかだったってことに。こんな奴らとはやってらんねぇ」


それを聞いて僕はなんだか突き放されているというか、周りの人たちが遠くに行っているように感じた。確かに今思えば、食い意地でこんなに熱くなっているのは僕たちだけだったのだ。

「僕も、降りる」

誰が言ったのかはわからないが、そいつを機にどんどんと僕たちに呆れて降りていった。僕も恥ずかしさの余り降りようか迷ったけど、空腹のせいでもう一歩も引くことのできない状態になっていたのだ。

そして、最後に残ったのは、僕、シュウ、ドスコイマサオ、ハヤト、そしてキノシタの5人だった。

みんなが一斉に教卓の前に集まって円を作る。

「いいか、今からみんなでじゃんけんをする。勝った2人が唐揚げを2つずつ食べることができる。いいな」

僕が念のため確認をする。そのセリフを言った時、周りの冷めた空気とは裏腹に、この円の中にはとてつもない熱気が篭っていた。

「じゃんけん……ポン!!!!!!」

僕は勢いよくそう言って、じゃんけんで一番勝率の高いパーを出した。しかし、なぜだろう。ドスコイマサオだけ何も出していないのだ。

「ねぇ、シュウくん、あれだけみんなが熱くなって、この唐揚げのおかわりじゃんけんを単なる運で決めるなんてよくないと思わない? ちょっとだけ、ルール変えようよ」

「うるせぇ! 怠けたこと言うんじゃねぇ! ご馳走様でしたまで残り5分しかねぇんだぞ!」


「ちょっと待った。マサオくんの言ってることは僕にもわかる。僕に良い考えがあるんだ」


ハヤトが冷静にそう言って、教室の後ろのロッカーから何やら怪しい木箱を持ってきた。


いや、待てよ。今の今まで全く気づかなかったのだが、僕のために唐揚げを1個残してくれたあのキノシタは、なぜおかわりじゃんけんに参加してここまで残っているのだ?

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