ep.1 おかわりじゃんけん 2021年6月30日
自己紹介:
僕は師走中学校2年生の高田アキオ。
スペックは皆さんの想像に任せる。
今までヨシコ(母)から月3000円をもらってたんだけど、俺が塾とサッカー部をサボりまくったせいで、今月から一気に1000円までに減らされた。
マジでキツい。
将来の夢も、やりたいことも、好きなことも特にない。
あるとすれば……「食べるのが好き」ってくらいかな。
よろしく!
学校のある日
「6月30日 今日の献立は ご飯、牛乳、鶏の唐揚げ、きゅうりとベーコンのサラダ、春雨スープです。みんなで美味しく食べましょう。ここで一曲、お願いカメさんです」
4時間目の体育が終わった直後、腹をすかしたまま階段を駆け上がっていた俺に、校内アナウンスが明るく話しかけてきた。
その瞬間、背中にビリッと電撃が走った。
教室の前には、すでにA組の給食委員が運んできた大きなコンテナが置かれていた。それを見た瞬間、大事な仕事を思い出し、慌てて教室に戻る。
バケツに水を汲み、雑巾を絞って配膳台を拭き始める。手をゆっくり動かしながらも頭の中はぐるぐると高速で回っていた。
朝練に寝坊して急いで学校に来たせいで、朝から水すら飲んでない。いつもなら大量に余る白ご飯でお腹を満たせるけど、白飯だけじゃ美味しくない。
牛乳はご飯に合わないし、スープとサラダはこの人数ならすぐになくなる。
そして何より――。
今日、陸上部の番長ことマブチさんがインフルエンザで休んでいる。
つまり……
「唐揚げが1個残る!」
このクラスは食べ残し文化が本当に酷い。人数は少ないのに、みんな好き嫌いが激しくて、魚や野菜が出ると大食い担当の俺たちでも食べきれないくらい残る。しかも給食センターも対抗してご飯の量を減らしてきているせいで、俺たちの喉が徐々に苦しめられていく。
だから今日こそは絶好のチャンスなのだ。
親が甘やかして育てたのか、遺伝なのかはわからないけど、このクラスはいじめはほとんどない。ただ、派閥ができやすく、ちょっとした勘違いで静かに追放される空気はある。給食の残飯の山を見ていると、どうもクラスの本質が鏡のように映っている気がしてならない。
今月は梅雨入り。給食献立表のコラムには紫陽花とカエルのイラストと共に、こう書いてあった。
『バランスのいい食事は強い体を作りますーー』
……ふざけんな。
なんでも食える奴が一番強いんだよ。好き嫌いしてるお前らの方が、よっぽど脆くて弱いんだ。
俺は心の中で冷笑しながら、唐揚げを巡るおかわりじゃんけんへの闘争心を、ますます燃やした。
僕の仕事が終わると、給食班が食缶を持ってゾロゾロと入ってきた。
もうこの時点で漂う、大きな熱々な唐揚げの鶏肉と油の旨味がジンジンと伝わる香ばしい匂い! そしてほかほかのご飯に温かいスープ! 見てるだけで僕のお腹は底がどこにあるのか分からなくなるほど空いてきた。もう待ちきれない、頭がおかしくなりそうだった。
「1班どうぞー」
そう元気そうに叫んだのは、うちの2年B組の志奈先生だ。うちの学校は1班から班ごとに給食を持っていける。つまり後半組はお皿に少量しか盛り付けられない可能性があって、大きく不利なのだ。そして僕は……6班……。
みんな、いかにも水を得た魚のように目を輝かせて、縁に花柄模様がある丸くて平らなお皿に盛り付けられた唐揚げを取っていく。この目の輝きは正直僕にとって、僕を煽っているようにしか見えなかった。
「くそっ……どいつもこいつも、ただ前半組にいるってだけでいい思いしやがって! お前らはどうせ、テスト返しの時には、自分の見たくない点数を真っ先に見るハメになるんだからな!」
心の中でそう言って、唇を噛み締めた。
そんなことを思ってるうちに、6班が呼ばれた。順番的には自分が一番最後の番だ。廊下に出て列に並ぶ。給食を取る列はいつもよりずっと長く見えた。3分くらい待ち、やっと僕の番だ。アルコール消毒をして、トレイを持った。首を長くして唐揚げの食缶を見た。
「唐揚げが1、2、3、、、、4つ!?!?」
頭の中が真っ白になった。上を見上げて考えた。唐揚げは1人1つ、先生分と自分分を引けば2つ余ることになる。自分の心はざわつきと嬉しさでぐちゃぐちゃに混じった。
しかしその酔いも一瞬で冷めた。下を向いて手元を見てみると、ご飯と味噌汁の量が……いつもより少ない! まさか、体育終わりの極限腹ペコ状態のハヤトとかドスコイマサオが大盛り注文して奪ってったのか……。自分がどれだけ運のない人間なのか、改めて痛感した。
トボトボと自分の席に戻る。僕が腹を満たすには、白飯はもちろん、大きな唐揚げを2個分おかわりする必要がある。
「何夢見てんだ俺……」
僕の中の正常な僕が目を覚ました。どこかから神様が見ているような気がして、やましい気持ちになった。しかし、その視線は神様だけじゃなかった。同じサッカー部で隣の席の4班のキノシタが、俺のことをジロジロと見ていた。
「親分! 親分のために唐揚げ1個、残しました!」
キノシタがそう言った。内心、余計なお世話だと思いながらも、ちょっと嬉しかった。キノシタは1年から同じ部活で、初めて作った友達だ。入学式くらいの頃、僕が1人でいたそいつを他の友達の誘いを断ってよく遊びに誘ってあげたから、その関係でなぜか親分と呼ばれている。
「手を合わせましょうーーーーい・た・だ・き・ま・す!」
号令係がそう言って、みんな一斉にご飯を書き込んだ。インフルの影響でみんな黙って食べるけど、食に対する熱意がじわじわ伝わってきた。なぜか分からないけど、この時点で勝負の決着がついてるように思えた。自分もランチョンマットにくるまってた箸を握って、静かに食べてその時を待った。
緊張感がすごい。ここで負けたら、この後の3時間もある部活を耐えられるわけがない。絶対に勝つ。僕は目を燃やしていた。もちろんわかってる、勝ちたいのは俺だけじゃない。大食い担当は他にも2人いる。将棋部で頭が切れて駆け引きも強いことでお馴染みのハヤト。相撲経験者で100キロ近くあって食費が大変なことになってると噂のドスコイマサオ。この2人は、何も持っていない自分にとっては厄介な存在だった。
「ご飯とか唐揚げいる人〜」
そうやる気のなさそうな声で呟いたのは志奈先生だった。周りの男子女子約20名が一斉に手をあげた。
「じゃあじゃんけんするから立って〜」
おかわりじゃんけんが始まって、みんな一斉に立った。おかわりじゃんけんには予選と本戦があり、予選は先生が出す手に対して勝つことができれば立つことができて生き残り、あいこや負けはそのまま座らなければいけない。それを生き残りが10人以下になるまで先生がじゃんけんを続ける。
もちろん……この予選に100%勝つ方法を、僕は知っている。
この話はフィクションであります。




