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江戸の道灌  作者: ふじまる
33/45

第33章 景春の挙兵

「もし謀反を起こせば、俺が徹底的に立ち塞がり、こてんぱんにやっつける。だから馬鹿な考えは捨て、白井城でおとなしくしていろ」

 道灌どうかんねんごろにそう言い聞かせて景春かげはるを帰した。しかし、油断はできないので、五十子陣いかっこじんへ到着すると、すぐに関東管領の上杉顕定うえすぎあきさだ山内やまのうち上杉家の家宰・長尾忠景ながおただかげに相談したが、二人とも端から相手にしなかった。

「景春は口先でいきがっているだけで、本当に謀反を起こすだけの度胸なんか無えよ」

 というのが二人の一致した見解だった。道灌は「それでは判断が甘すぎるんじゃないか」と危惧したが、景春の件には首を突っ込むなと道真どうしんから注意されていたこともあり、それ以上の進言は控えた。その後、景春に不穏な動きが見られなかったので、

「景春の奴、諦めてくれたのかな?」

 と、道灌はホッと胸を撫で下ろした。その矢先、ずっと病床に臥せていた佳子よしこ越生おごせの屋敷で死去したという知らせが届いたので、景春の件は頭の隅へ追いやられ、いつの間にか忘れ去られた。

「母上、母上、何ひとつ御恩を返せず、お許しください」

 佳子の死を嘆き悲しんでいると、今度は明子あきこが懐妊したという報告を受けたので、喜んで良いのやら悪いのやら、道灌は感情の持って行き方が一瞬わからなくなったが、そこはやはり嬉しさが勝り、

「きっと母上がご自分の命と引き換えに新しい生命を授けてくださったんだ」

 と前向きに考えて遠慮なく喜んだ。出産予定は翌年の始めである。

「明子、でかしたぞ」

 道灌がそう言って労わると明子は満足そうに頷いた。

「ようやく自分の使命を果たすことができました」

「使命とかそういう堅苦しい考えはどうでもいいから、元気な子供を産んでくれよな」

「必ずや男の子を産んでみせます」

「別に女の子でも構わないからさ、気を楽にして養生してくれ」

 紫音しおんがお祝いに訪れたので、道灌が

「おまえたちの方はどうなんだよ? まだその兆しはないのか?」

 上機嫌な顔でそう尋ねると、紫音は顔を真っ赤にして「もう、父上ったら」と頬を膨らませた。

 文明八(1476)年二月、遠江国へ出陣していた駿河今川家当主・今川義忠いまがわよしただが敵の流れ矢に当たって討ち死にした。

 同じ月、道灌に子供が生まれた。それも待望の男子が。道灌が狂喜乱舞したのは言うまでもない。

「ありがとう、明子、跡継ぎを産んでくれて」

 道灌が泣きながら感謝すると、明子は自信たっぷりな表情で微笑んだ。

「ね、言ったでしょう? 必ず男の子を産むって」

「うん、うん」

「わたしは完璧に仕事をこなす女なの」

「おっしゃる通りです」

 自分と同じ鶴千代つるちよという幼名を与えた息子を両腕に抱きながら、道灌はしみじみと幸せを噛み締めていた。それでも時おり

「ああ、この可愛い鶴ちゃんを母上にも見せてあげたかったなぁ」

 と、佳子の顔を思い出しては涙することがあった。

 息子の誕生を喜び、浮かれていた道灌の元へ、扇谷おおぎがやつ上杉家当主の上杉定正うえすぎさだまさからの招集状が届いた。「何事か?」と思ってさっそく河越城へ赴くと、定正が開口一番「息子が生まれたそうだな。おめでとう」と言った。道灌は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「息子の誕生であれこれ忙しい中、急に呼び出してすまんな」

「いえいえ。で、何か問題が起きましたか?」

「今川義忠が戦死したのは聞いておるな?」

「はい」

「義忠亡き後の今川家で、いま跡目争いが起きているのじゃ」

「ほお」

「義忠の嫡男・龍王丸たつおうまるを推す一派と、義忠の甥・小鹿範満おしかのりみつを推す一派に分かれて対立している」

「はぁ」

「筋目を重んじれば龍王丸という結論になるが、龍王丸はわずか六歳。この乱世の中、今川家の舵取りを任せるのはとうてい無理だ」

「ま、そうでしょうね」

「それに対して二十四歳になる範満の方は政治経験が豊富で、家臣からの信頼も厚い。堀越におわす公方さまは、ぜひ小鹿範満を当主にと希望しておられる」

「え? 公方さまが?」

「伊豆国にいらっしゃる公方さまは、実質的には隣国・駿河の今川に守られていると言っても過言ではないからな。今川家の内紛が続けば、いざという時に援軍を頼めなくなるし、また範満のような信頼できる指導者がいなければ、今川による保護が途絶える心配がある。それゆえ公方さまは範満を推していらっしゃるのだ」

「なるほど」

「上杉も同じだ。これまで何度、今川に助けられたことか。先々のことを考えても今川家には安定した状態でいて欲しい」

「そりゃそうですね」

「今川が睨みを効かせていれば、君が前々から危惧している長尾景春ながおかげはるの謀反など起こりようがないからね」

「はぁ」

「それに範満は、わたしにとって母方の従弟にあたるので、奴が当主になれば何かと我らの利益になろう」

「そうかもしれません」

「そこで公方さまとわが扇谷上杉家が一丸となって小鹿範満を今川家当主の座に就かせようと思うのだ」

「あの、それは」と、道灌が口をはさんだ。「五十子陣にいらっしゃる管領さまと山内やまのうち上杉家の家宰は了承されているのでしょうか?」

「あん? 管領?」定正の顔が不快な表情に変わった。「越後から来たこわっぱには、わたしから話を通しておくから心配するな」

 両上杉家の人間は越後から来た関東管領・上杉顕定を快く思っていない者がほとんどだが、定正は特にその傾向が強く、年下のくせに主家の当主面して上位に立とうとする顕定が不愉快で仕方ない様子だった。

「そういうわけだから、すまんが軍勢を率いて今川館のある駿府へ行き、龍王丸派の連中を蹴散らしてきてくれないか? ちょっと脅かしてやれば、すぐに決着がつくと思うので」

 定正に頼まれた道灌は、すぐに決着がつく? 怪しいなぁ。こいつは厄介な役目になりそうだぞ・・・そう思いながらも主君の頼みを断るわけにはいかず、「わかりました。駿河へ行って来ます」と承諾した。

 いったん江戸城に戻った道灌が愛しい鶴千代を腕に抱き、

「トトちゃまはお仕事で少し遠いところへ行ってきまちゅからね。良い子でお留守番しとくのでちゅよ」

 そう話しかけながらあやしていると、明子が心配そうに「いくさになるのですか?」と尋ねた。

「いや、そうはならないだろう。軍事的圧力をかけるだけで相手側はあっさり降参すると思う」

「そうなれば良いのですけど・・・」

「大丈夫だよ。大ごとにはならないって」

「しかし、このテの話は往々にして大ごとに発展するものです。都の戦乱だって最初は似たような原因で始まったのでしょう?」

「ああ、畠山家のお家騒動があちこちに飛び火したんだよな」

「ほら」

「・・・うん」

「気をつけてくださいね、旦那さま」

「わかった・・・」

 文明八(1476)年三月末に三百の兵を率いて江戸城を出発した道灌は、五月末まで相模国に逗留した。堀越公方側も兵を出すことになったので、その準備が完了するのを待っていたのである。六月になり、ようやく三百の兵をかき集めた堀越公方家の家宰・上杉政憲うえすぎまさのりと合流できたので、そのまま一緒に駿河国に入った。

 道灌が駿河国へ出陣したと知るや、待ってましたとばかりに景春が、現在の埼玉県寄居町にあった鉢形城はちがたじょうで反上杉を掲げて挙兵した。荒川の断崖に臨むこの要害の古城を景春は密かに整備させ、自軍の本拠地にしたのである。なぜ白井城ではなく鉢形城かというと、この場所が関東の中央に位置し、どこへ向かうにも便利だったからである。

「長尾景春、謀反」の知らせは、すぐさま関東じゅうを駆け巡ったが、上杉側は「あいつに何ができるものか」と静観の構えだった。「放っておけば自然と自滅する」と考える者も多かった。

 一方、古河公方・足利成氏あしかがしげうじの方は

「よしよし、景春よいぞ。これでこちらも楽になった。いつでも応援を頼んでこい。大歓迎してやるからな。早く俺の傘下に入れ」

 と喜んだ。実は長年の戦闘および膠着状態に嫌気がさし、成氏陣営では厭戦気分が広がりつつあったのである。それゆえ成氏は、景春の決起が刺激となり、再び自陣が活気づくのを期待した。

 今川館のある駿府へ向かって駿河国内を移動していた際、景春挙兵の知らせを受けた道灌は、「あのバカが」とまずは怒り、そのあと悲しみ、最後は悔しがったが、すぐには関東へ戻れないので留守を任せている弟の資忠すけただに書状を送って、景春の動きを注視し、何かあったら直ちに知らせるよう頼んだ。

(何とか景春の命を助けてあげたい・・・そのために駿河をさっさと片付け、早く関東に戻らなくては・・・)

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