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江戸の道灌  作者: ふじまる
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第28章 新たな出会い

 江戸城へ資忠すけただの次男・資家すけいえがやって来た。色白でおとなしそうな少年である。

(資忠の言う通り、こりゃあ武将には向かねえな)

 初対面の席において一目でそう思った資長すけながは、努めて優しい口調で話しかけた。

「よく来た、資家。今日からはこの城を自分の家と思ってくれ」

「はい」

「資家はいくつになった?」

「十五歳です」

「そうか、ウチの紫音しおんより三つ年下だな」

「・・・」

「いずれ紫音とも会うと思うが、その時は仲良くしてやってくれよ」

「はい」

「父親の話では武芸より学問の方が好きだそうだな?」

「はい」

「この江戸城の書庫には俺が集めた書物がたくさん置いてある。どれも自由に読んで良いぞ」

「はい」

「好きなだけ学問に励んでくれ」

「はい」

「・・・あー、それから、これが欲しいとか、ああして欲しいとか、何か希望があるか? あるなら遠慮せずに言ってくれ」

「何もありません」

「生活しているうちに、これが足りないとか、あれが必要だとか、そういう物が出てくるだろうから、その時は遠慮なく申し出てくれ。すぐに用意させるから」

「はい」

「あとは・・・」

 資長は続けて何か言おうとするが、言葉が出てこない。資家は無表情のままじっと黙っている。男の子供に持たない資長は、思春期にありがちな無口で何を考えているかわからない少年の扱い方がわからず、戸惑うばかりだった。

(昔は俺にもこんな時期があったのだろうけど、すっかり忘れちゃったしなぁ・・・)

 苦手意識を持った資長は資家との対面を早々に切り上げ、逃げるようにして紫音の部屋へ向かった。

「紫音、紫音」

「はい、父上」

 紫音は自分の部屋で机に向かって何やら書きものをしていた。

「おう、そこにいたか」

 紫音の姿が目に入るや資長はホッとし、自然と笑顔になった。

「今、忙しい?」

「いいえ、大丈夫ですけど、どうかしましたか?」

「いや、今日からさ、この江戸城に、おまえの従弟の資家が住むことになったんだけど」資長はそう言いながら紫音の横にどかりと座り込んだ。「どうにも俺は苦手だな、ああいう若い連中は」

「何か失礼な真似をしたのですか?」

「そうじゃないけどさ、こちらが何か言っても無表情のままボソッと返事するばかりで、何を考えてるのか読めなくて不気味なんだよ」

「資家さんは、おいくつなんですか?」

「十五歳だってさ。紫音より三つ年下だ」

「そのくらいの年齢の男子はみな同じような感じなのでは?」

「うん、俺もそれはわかるよ。だけど苦手に思う心はどうしようもないよな」

「でも、父上が呼び寄せたのでしょう? 確か俺が教育係になると叔父上さまに大言壮語して」

「確かにそれはそうなんだけどさ、想定外の事態が起きる事もあるじゃない。今回もその一例だよ」

「まぁ、調子の良いことを。とにかく、ご自分がお呼びになったのですから、最後まで責任を取らなくてはいけませんよ」

「そんな冷たいこと言わないでさぁ」と、資長は両手を合わせて紫音を拝んだ。「助けてくれよ、紫音ちゃん」

「わたしにどうしろとおっしゃるのですか?」

「俺の代わりに資家に学問を教えてやってくれ」

「何でわたしが」と、紫音は気色ばんだ。「お断りします。わたしには関係ありませんから」

「そう言わずに、紫音、おまえの弟みたいなものじゃないか」

「わたしは一人っ子です」

「姿を見られるのが嫌なら御簾の中から講義すれば良いからさ」

「嫌です。父上がご自分でなさってください」

「俺は忙しいんだよ。もうひとり江戸城に来るものだから」

「え? どなたがいらっしゃるのですか?」

 紫音にそう尋ねられた資長は、しばらくの間モジモジしていたが、遂に意を決して「新しい妻が・・・」と呟いた。

「新しい妻? 再婚なさるのですか?」

「・・・うん」

「どこのどなたと?」

 資長は五十子陣いかっこじん長尾景信ながおかげのぶと話した内容をそのまま紫音に伝えた。景信はこう話した。

「わしと忠景ただかげには母親の違う弟がおってな。つまり父が妾に産ませた子供だ。景明かげあきという名のその弟はとっくの昔に死んだのだが、娘をひとり残した。その娘は名前を明子あきこといって、年齢は景春かげはると同じ二十八歳。いちど結婚して女の子を産んでいる。しかし、不幸なことに夫と娘を流行り病で一度に亡くし、今はひとり身だ。この明子を資長どのにもらって欲しいのだ。伯父のわしが言うのも何だが、なかなかの美人だぞ。若干ふくよかな体は健康そのもので、まだまだたくさん子供を産める。その上、名前通りの明るさで、よく笑い、よく働く。物事に前向きな一途な性格で・・・ま、多少のめり込みすぎるきらいもないではないが・・・ちゃんと優しい気遣いもできる聡明な女だ。資長どのの後添いには適任だと思うのだが、どうだろうか?」

「それで」と、資長の説明を聞いた紫音は声を詰まらせた。「父上は承諾なさったのですか?」

「うん・・・病身の伯父上から、ああ熱心に勧められたら、断れんだろう・・・」

「その方・・・明子さん・・・いえ、新しい母上は、いつこちらへいらっしゃるのですか?」

「この数日のうちに来る予定だ。景春が連れて来ることになっている・・・なぁ、紫音、おまえはこの結婚に反対か?」

「いいえ、とんでもありません」と、紫音は首を横に振った。「父上の幸せの為に、とても良いお話だと喜んでおります」

「本当はおまえに相談してから決めようと思っていたのだが、なにしろ伯父上が答えをせかすものだから・・・」

「わたしの事は気になさらないでください。父上の人生における重大事の話ですから。わたしはどうこう言える立場ではありません」

「伯父上の話の通りだとすれば、悪い女性ではなさそうだから、仲良くしてやってくれよな」

「それはもう・・・」

「これからも我ら親子で力を合わせて難局に立ち向かっていこうな」

「当然です」

「そういうわけで、俺は新妻の世話で忙しいから、資家の教育係を頼んだぞ」

「え?」と、紫音は目を丸くした。「それとこれとは話が・・・」

「父さんは紫音だけが頼りだ。よろしく」

 資長はそう言って紫音の肩をポンと叩くと、悠然と部屋を出ていった。仕方なく紫音は資家の教育係を引き受けるハメになった。とは言っても、知らない人の前に姿を晒すのは絶対に嫌な紫音は御簾の奥に隠れたままであり、また教えるというよりも資家と共に漢文の書物を読んでは感想を述べ合うという形だった。

 そうこうしていると明子が景春に護衛されて江戸城へやって来て、静勝軒せいしょうけん内で簡素な結婚式が執りおこなわれた。資長が初めて目にした明子は、景信の言葉とは少し違い、美人というよりも可愛い感じで、童顔のせいか実年齢より若く見えた。前妻の沙羅さらは細身の体型だったが、後妻の明子は全体的に豊満で、特に胸元が大きく盛り上がっていた。

(おいしそうだ)

 久しぶりに資長が体の奥からムラムラと沸き上がってくるものを感じていたところ、次の瞬間、今度は般若のような表情をした沙羅の顔がどろどろどろーんと脳裏に浮かび上がってきた。

(うわー、ごめんなさい。でも、これは男の生理現象だから、どうしようもないんだよ、沙羅)

 ささやかな祝宴が始まり、景春が資長のところへ酒をつぎに来た。

「兄上、結婚おめでとうございます」

「おお、景春、この度は世話になったな」

「叔母をよろしくお願いします」

「わかったよ。ところで、お父上の具合は、その後どうだい?」

 資長にそう尋ねられた景春は下を向いて表情を硬くした。

「厳しい状況です」

「そうか・・・これから何が起きても、景春、おまえがしっかりしなければならないぞ」

「わかっています」

「俺もおまえを全力で支えるから上杉家を守ってくれよ」

 景春は硬い表情のまま「はい」と頷いた。

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