九十.懐かしの顔
人で賑わう大通りを俺達は走っていた。仮面もつけていない少年を抱えているせいで、祭りで賑わう通りでは人々が振り返り注目を浴びてしまっていた。
「まずい、目立ってるな」
「あそこ観て! 仮面屋みたいなのがあるよ」
メグミンの指差す方向には、土産用の仮面屋が出店していた。俺達は駆け込むようにして、仮面を購入して少年に被せた。
これで取りあえずは目立つ事はないだろう。しかし、奴らが追ってくるかもしれない。一度貴族地区から遠ざかった方が無難だろうとメグミンと意見が一致した。
少年を連れて庶民地区の宿屋に戻った俺達は、汗ばんだ身体を休める。
「改めて聞くけどメグミンはどうして、あの場所にいたんだ?」
「えーとっ、絶対怒らないなら話しても良いよ」
その言い方に一瞬首を傾げたが、気になるので続きを促した。
どうやら、俺が一人で出歩いていたのを見かけたメグミンは、ひっそり後を着けていたようだ。【隠伏】のスキルまで使って何をやっているんだろうか。
しかし、俺は一人で出歩く時にも変な行動出来ないなと心に刻み込む。
「それにしても助かった、ありがとう。メイドリンの話は聞いていたか?」
「あの人達が子供達を売り捌いているんだよね?」
大雑把に捉えているけれど概ねその通りだったので俺は首を縦に振った。
「とりあえず連れてきちゃったけど、この子どうするの?」
「この子はギルドで保護して貰う。事情を話せば力になってくれるかもしれない」
俺達の会話を遮るようにして少年は声をあげる。
「僕だけ助かる訳にはいかないよ! あの中に友達がいるんだ!」
「同じ村の子なのか?」
「そうだよ! 僕の大切な子なんだ!」
少年の目には揺るぎない意志が宿っているように見えた。すると、メグミンが優しく問いかける。
「それって女の子?」
それを聞いた少年は耳を赤く染めて静かに頷いた。メグミンは優しく頷き返して俺に顔を向ける。
「ねぇ、ショウ――」
「言いたい事は分かるよ。どちらにしろ、時間が無い情報を集めにギルドに寄ろう」
メグミンは嬉しそうな表情を浮かべて、少年に抱き着いていた。少年は恥ずかしそうに藻掻いてはいたものの、どこと無く顔がにやけている。可愛い子にそうされては顔が緩むのも無理はない。
大分身体も休まり、早速ギルドに向かおうと宿屋を出た時に、遠くから複数人の男達が俺達の方を見て話し合っていた。
「子供を連れた男女二人組ってアレじゃねぇか?」
「ピエロの面とウサギの面……特徴も一致してるな」
「あいつら捕まえたら褒美が貰えるんだろ? チョロい仕事だぜ」
仮面を着けていれば誰だか分からないと思っていたが、特徴を聞くと丸分かりだ。仮面を替えるにしても一旦奴らを撒かなければ。
「メグミン! 走るぞ!」
うん! という返事と共に俺達は駆け出した。後ろからは声を荒げながら屈強そうな男達が追いかけて来る。男達は通りの人を押しのけながら、どんどん向かってくる。
ちらりと少年の方を見ると息が上がって来ている。このままじゃ直ぐにバテてしまいそうだ。ゴンドラに乗るか? いや、水上ではいざという時に動けない。とりあえず、どこかに身を潜めてやり過ごそう。
「こっちの路地に入るから付いてきて」
人の河を抜けきった俺は、そう告げて路地に入り込んだ。
角を曲がった所でふっと現れた影と俺はぶつかった。その衝撃で俺の着けていた仮面は水路に飛び込んだ。
その影は地面に尻餅をついて悲痛な声をあげていた。
「いたたた。何っすか急に、痛いじゃないっすか。ん? あれれ? ショウじゃないっすか!」
俺は顔を鈍らせて相手を見る。相手は仮面を着けているせいで誰だか分からなかった。その様子を見て彼は自分の仮面をずらす。
するとそこには懐かしの顔があった。
「チェキラじゃないか!」
「チェキラだ!」
メグミンと一緒に驚きの声をあげるも、後ろから男達の怒号が聞こえてくる。
「あいつらどこ行った? 俺はこっちを探す。お前らはあっちだ!」
チェキラとの再会をゆっくり楽しんでいる時間は無さそうだ。その場から急いで立ち去ろうとすると、チェキラが俺の腕を掴む。
「事情は分からないっすけど、こっちに来るっす」
そう言って路地にある建物の一つへと案内してくれた。中に入ると、以前チェキラと共に行商をしていた見知った顔がちらほら伺えた。
「とりあえず、ここにいたら良いっすよ」
「おい! チェキラ。何か揉め事か?」
「俺も分んないんっすけど、仲間が困ってたみたいなんで連れてきたっす。良いっすよね? ヴィオラさん」
チェキラに声を掛けてきたヴィオラと言う人物は、チェキラがいる行商団の親分的存在なのだろう。この男臭い部屋の中にいて唯一の紅一点であるこの女性は、腰まである長い髪を靡かせて俺達に迫ってきた。
「ん~? あんたらはベネット村にいた奴らじゃないか。ああ、ガイウス坊やの付き添いって話だったね」
見目麗しい端正な顔を徐に近づけてきて、俺達の顔を確認してきた。年上女性独特の妖艶な色香につい顔が赤く染まっていたのをメグミンに悟られたのか後ろから叩かれてしまった。
それをごまかす様に俺はチェキラがいる理由を尋ねた。
「どうしてチェキラがいるんだ?」
「あれ? カオル君から手紙届いてないっすか? この街で仕入れっすよ」
そのやり取りを聞いていたヴィオラさんは、チェキラを睨みつけるようにして付け加えた。
「そう、仕入れだ。チェキラがもたついてなければ、とっくに別の街に商品を届けれたのだがな」
どうやら祭りが始まる前に街を離れる予定だったみたいだ。
「ちょ、それは無いっすよ。ヴィオラさんが、ここの酒は旨いとか言ってズルズルと居座ったんじゃないっすか」
「ほほう、私に口答えとは偉くなったものだな」
チェキラ達の口論は次第に熱を帯び始めて、止まる様子が無いのを俺達は呆けて眺めていると、行商団の一人が俺達に声を掛けてきた。
「いつもの事さ、チェキラが良くやっているから姉御もああやって、絡んで行くのさ」
俺はそうやって馴染みの仲間が上手くやっていけている様子を感慨深く眺めていた。一通り仲間内だけのテンプレのような言い争いが終わってヴィオラさんが俺達に顔を向けた。
「それで? チェキラの話だと追われていたみたいだけど、どういう事情何だい?」
子供がオークションで売られてしまう事や、時間が無い事、そして子供達を助けようとしている事を俺達は経緯を掻い摘んで説明した。
彼女は成程といった様子でジョッキにエールを注いで唇を濡らすと口を開いた。
「この祭りのオークションと言ったらアレしかない。変態共が集まる闇市の事だろう」
「ヴィオラさん知っているんですか? どこで開催されるんです? 俺達は子供達を助けたいんだ」
「まあ、落ち着きな、急く男は女に嫌われるよ。この話、金の匂いがプンプンするな野郎共!」
「おお!」
行商団の男達はヴィオラさんの一言で一斉に声をあげる。その様子をみて俺達は面を食らってしまった。
「さぁ、ショウと言ったか? 仕事の話をしようじゃないか」
俺達はヴィオラさんに招かれるままに部屋の奥へと案内された。
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