九十一.行商人の頭
奥の間へと案内された俺達は、テーブルを囲む様にして腰を下ろした。この場所には、ヴィオラさんを始め行商団の人が二人とチェキラ。そして俺達だけだった。
ヴィオラさんは座った俺達を見て一息ついて酒を煽った。
「端的に言って、私はオークションが開催される場所を知っている」
「どこなんですか? 時間が無いんです!」
「良いか? 私達は商人だ。ただ働きなんて野暮な事はしない。これから先は仕事の話だ」
「そんな……! 俺達は旅をしていて纏まった金なんか今は無いです」
どんとジョッキを置くとヴィオラさんは嘲笑を浮かべる。
「そんな事知っているよ。何も金だけが対価という事は無い、物でも何でも良い。ショウ、君に払えるものは何だい?」
俺がこの人達に払えるもの――。金以外に何があるんだろうか?
ヴィオラさんはジョッキにエールを注いでじっと俺の答えを待っていた。
俺の答えを待たずして隣に座っていたメグミンが立ち上がり声をあげた。
「うちが働きます! この身体でも何でも使って払って見せます!」
それを聞いたヴィオラさんは、先程までの穏やかな物言いから打って変って叱責の言葉が飛び出した。
「その意気込みは買ってあげても良いんだけどね。これは仕事の話だよ、小娘は黙ってな!」
その一言が聞いたのかメグミンは何も言い返せず椅子に座りこんだ。メグミンが子供達を助けたい気持ちは分かる。
あんまり、確証の無いもので話を進めるのは好きじゃ無いけど仕方がない。
「わかりました。何でも良いと言いましたよね?」
「ああ、もちろんさ。無論、仕事に見合うかどうかは検討させて貰うけどね」
俺が持っている価値と言えばアレくらいしか無い。汗ばむ掌を握りしめた。
「俺はこの旅が終わったら王都に呼ばれています」
「ほう、さすがはレイク王家を救った英雄様だねぇ。それで?」
ヴィオラさんは口角をあげ、また一口酒を含む。その表情を見て、この人は俺が爵位を貰う話になっている事も知っているのだろうかと怪しんだ。
「そこで俺は爵位を得て、レイク王から領地を与えられるでしょう。その暁には――」
「その暁には?」
「この行商団を贔屓にさせて貰うというのはどうでしょうか?」
彼女は無言で残りの酒を飲み干すと深く酒臭い息を吐き出した。すると、急に高笑いを始めた。
「それで私に何の得がある? その時になって反故にされるかもしれない。そんなものでは、これ以上の話は出来ないな」
やはり、空に浮かんだ雲のような話では駄目だったか。だけど――。
「俺にはそれくらいしかありません。どうしろと言うんですか?」
ヴィオラさんは首を左右に振り、独り言のように話し出した。
「あー、私達はこの街を出たら北に向かう予定だ。最近になって北の王女が崩御したと聞いてな、物価の変動を調べるついでに新しい王女を拝みに行くつもりだ」
北に行くという事は、ウィンティア王国に行くのか。雪のせいで交通は止まっていた筈なのに、もうその情報まで仕入れているとは驚きだ。
「なにやら噂によると、前王女が崩御した事にシンシア王女と護衛の冒険者達が絡んでいるとかいないとか――」
俺は目を見開いて動揺してしまった。あの一件は、ウィンティア王都でシンシア王女も含めて協議して他言無用とされ、オルタナの死は病死とされている筈――。
「っ――。一体どこまで知っているんですか?」
「んー? 何の話だい? これはあくまで噂だよ。ただ、そんな冒険者がもし居るならウィンティア上部にコネがありそうだなって話だよ」
この人はどれだけ広い情報網を持っているんだ。底のしれない雰囲気はシンシア王女にそっくりだ。
俺達にカマをかけているのか。それとも、情報元から話をきいているのか。ヴィオラさんの表情からは何の情報も得られそうに無い。
メグミンに目配せをすると俺の耳に口を近づける。
「あの人なら紹介出来るんじゃ無いかな? ギルドで酒浸りの――」
そっか。ヴィクトールさんの弟であるレスターさんなら紹介しても良いかもしれない。ヴィオラさんも酒好きそうだし気も合うはずだ。騎士団はこれから忙しくなるってヴァンフィリップさんも言っていたような。何かと入用なら商人の一人や二人教えても良いだろう。
「丁度、知り合いがウィンティア王国に居るので手紙を書かせて下さい。それとヴィオラさん達が取り扱っている商品がわかると話が早いと思います」
そう言うとヴィオラさんは満足気な笑みで握手を求めて来た。それとは別に脇で控えていた行商人の一人が書くものを渡して来る。
あまりにも準備が良過ぎるのが気になり、チェキラに目配せすると申し訳なさそうに合掌している。その姿を見て、この商談はヴィオラさんの掌の上だという事が分ってしまった。
「ああ、そうだ。領地を得た際には是非御贔屓に」
まんまとしてやられた。ヴィオラさんの落としどころはウィンティアでのコネだったのに俺は余計な事を言ってしまったのだろうか。
俺は苦笑いをしながらヴィオラさんの手を取った。
「商人の口上には敵いませんね。ただ、ウィンティア王国で商売の良し悪しは知りませんからね」
目一杯皮肉を言ったがヴィオラさんは顔色一つ変える事は無かった。
とりあえず、レスターさん宛に綴った手紙をヴィオラさんに手渡した。これとは別に後で宰相のヴァンフィリップさんにも手紙を書いておこう。あまりにも情報が漏れるのが早い、王国内がバタついている今こそ余計な火種は少ない方が良いだろう。
「次は俺達の問題を手伝ってくれるんですよね?」
俺は直ぐに本題へと話を戻した。兎に角、時間が惜しい。オークションは明日という事以外何も分からない。考える事は山の様にあるのだ。
「当然だ。大きなコネを頂いたからな、ショウは私達の上客だよ。オークションの場所は庶民地区の一画で行われる」
「こちら側で? てっきり貴族地区かと思ってました」
「だろうな。だが、貴族連中は庶民地区にオークション会場があった方が都合が良いんだ。もし、揉め事になった時に知らぬ存ぜぬを貫けるからな」
成程、泥を被るのは貴族では無く庶民だけという事か――。
「それで何処なんですか?」
ヴィオラさんは得意げな笑みを浮かべる。
「ああ、私も丁度そこに用事があってな、今から向かおうと思っていた所だ」
ん? どういうことだ。
「ヴィオラさんは何しに行くんです?」
「おや? 言ってなかったかい? そのオークションは元々私が始めたものなんだよ。ある男に権利を譲渡したんだが――。本来はまっとうな品を競売に掛けていたけれど、数年前から人身売買の話が耳に入ってな」
チェキラが面を食らったような顔をしている。
「ちょっ、待ってくださいっすよ。俺一言も聞いてないっすよ!」
ヴィオラさんはうっかりしていたと軽く流していた。他の行商人の男達は驚く素振りも無い。チェキラだけ聞かされていなかったのだろう。
「それで審議を確かめようとしていた所で、君達が現れたという話さ」
軽快に酒を煽ると大きなため息をついて気合を入れているようにも見えた。
「もちろん行くよね?」
メグミンも釣られて語気を強めながら同調を求めてきた。
「ああ、当たり前だ。行きましょう、ヴィオラさん」
部屋で準備した俺達は、ヴィオラさんの案内の元オークションが開催される場所へと向かった。
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