八十八.迷子
昨晩は遅くまで出歩いていたせいか、俺が起きたのは昼過ぎだった。
最近の様子だとメグミンが起こしに来ても不思議では無い時間帯。あいつも寝てるのか? 俺はメグミンが居る部屋をノックした。
「おーい、メグミン。起きてるかー? 今日も祭りに行くって言ってなかったっけ?」
返事がない……ただの空室のようだ。
何だよ、一人で行くくらいなら起こしてくれても良いのに。
探しに行くかと思い立ったが、この祭りでは皆が仮面を着けて出歩いている。似た様な仮面もある為、その中を見つけ出すのは至難の業だ。
そうなるとどうするかな、一人で何もせず宿に居るのも何か勿体無いような――。あっ、そうだ、海猫商店にでも寄ってみるか。まだ、お礼の品を貰っていないしな。
俺は仮面を着けて早速貴族地区へと足を延ばした。祭りの熱は留まる事を知らず、先日よりも熱気を帯びていた。お祭り騒ぎとは正にこの事をいうのだろう。
人混みを避ける為に、俺は少し人通りの少ない路地へと入った。店の大体の方角は分かるからその内着くだろうと安易な考えだったのが間違いの元だった。
「完全に迷子になってしまった」
建物に挟まれた路地の真ん中でぽつり一人で呟いた。
建物内に人がいればと期待して、各戸を尋ねてみたが祭りに参加するようで出払っているようだ。
来た道を戻ろうにも似たような分かれ道が入り乱れている。仕方ない、自分の方向感覚を信じよう。
前を向いてしばらく歩いているとどこかから人の声がする。
耳を頼りに声のする方へと近づいて行った。水路に跨る橋に差し掛かった所で一番はっきりと声が聞こえる。誰かと話しているみたいだ。それにこの声どこかで……?
しかし、視界には誰の姿も無い。尚も聞こえる話声、さらに耳を澄ますと橋の下から聞こえてくる。
「……の準備は出来ているのか?」
「仰られた通り辺境の村々を巡り滞りなく用意いたしました。今回の事が上手くいったら、本当に娘は返して頂けるのですか? 本当に今回で最後なんですよね?」
「無論だ。明日の晩に開かれるオークションが、上手くいけばな」
俺はそっと橋の上から覗き込む。一人は白い仮面をした紳士だった。確か昨日パレードの時に話しかけてきた人物に似ている?
もう一人もどうやら男のようだ。着けている仮面は、特徴が無く覚え辛い。服装は体型に相応しくない茶色い長めのコートに身を包んでいた。
「しかし、お前の薬学にこんな使い方があったとはな。どうだ? 私の元に来れば、金の心配をしなくても良くなるぞ?」
もう一人の男は首を横に振っていた。
「娘さえ戻ってきたら、もう二度とこんな事はしません。他所の子供を捕らえ、競売に掛けるなどと――」
何だって!? 俺はもう少しはっきり聞こえないかと欄干に身を乗り出した。
その時に胸ポケットに入れていたコインがスルリと一枚落下した。甲高い音が鳴り、白い仮面の紳士が瞬時に反応する。
「誰だ!」
コインが落下するのに気付いた俺は咄嗟に欄干の影に隠れて、幸いにも姿は見られていない。
傍にある石階段から、コツコツと足音が近づいている。
まずい! そう思った俺は姿勢を低くしたまま、慎重に且つ迅速に橋を抜けて、路地に入った所で走った。
右に左にそしてまた右にといった具合に、とにかくどこへ行っているのか、自分でも判らないほどに距離を取った。
息切れたのを整えながら後ろを振り返り、追ってきていないか確認する。
撒けた……のか? 建物の壁に寄りかかり大きくため息を吐いて座り込んだ。
あれは何の話だったんだ? オークション? 子供を捕まえた? 競売に掛けるとも言っていたな。あのやり取りからだと、白い仮面の紳士が首謀者なのか? もう一人は弱みを握られている様子だった。
何はともあれ、他人が聞いてはいけない話だったのは確かだ。
手掛かりは明日行われるオークションという事ぐらいか。
この祭りの中、仮面を頼りに探すか? しかい、それは難しい。似たような仮面だらけだ。それに、キナ臭くて公にしていい話でもなさそうだ。
気にはなる話だったけど、今考えてもどうしようもないな。
さてと……ここはどこだろう? 辺りを見回しても似たような景色ばかり、中心部から遠く離れているせいか祭りの賑わいさえ聞こえてこなかった。
参ったな、天を仰ぐように上を向くと、日が暮れ始めているのが分かった。
兎に角、ここに座って居ても何も変わらない。立上り適当に歩き始めた。
すると水路から一隻のゴンドラが流れてくる。助かったアレに乗れば戻れる。
そのゴンドラは客を乗せておらず、俺を海猫商店まで送り届けてくれた。
店の扉を開いて中に入ると奥から店主が出てくる。どこにでもありそうな仮面を着け、茶色い長めのコートを腕に持っていた。
「いらっしゃいませ。体に良く効くお茶をお求めですか?」
顔見知りなのにやけに他人行儀だな……。あっそうか、俺が仮面を着けているからわからないのか。それにしてもあの茶色いコート先程見た物に似ている。
仮面を着けていて分からないならば、俺にとっても好都合だ。まさかと思いつつ聞いてみよう。腕に掛けたコートを指差して尋ねた。
「どこかに外出されていたのですかな?」
どうせ祭りのせいで、相手の階級なんて分かりっこない。出来る限り情報を得る為、声色も変えて貴族らしく振舞った。
店主は腕に掛けたコートを上に持ち上げる。
「ああ、これですか。先程少しだけ配達に出ていたものですから」
配達……そう言われてしまっては、これ以上深く聞くと怪しまれそうだ。出掛けていたという情報だけで考えると同一人物の可能性もゼロではない。
もう少し何か情報は無いのか。そう思案している内に、会話のキャッチボールが上手くいかない様子を店主は訝しんでいる。
これ以上は無理かと諦めようとしていると店の奥から、うめき声のようなものが聞こえて来た。
「あっ……息子が私を呼んでいる様なので、今日の所はここで」
慌てた様子で、体裁を取り繕う店主に確信を得た。俺は店主の制止を振り切って強引に店の奥へと押し通る。
その声は奥にあった扉の向こう側から聞こえている。
「ちょっと! あんた! 人を呼ぶぞ!」
呼び止める声すらも振り払い、その扉を大きく開け放った。この店の倉庫であろう、広い空間の中に、樽がいくつも並べられていた。鼻で呼吸をすると糞尿の嫌な臭いがする。
店主は扉の前で頭を抱えて蹲っている。それを尻目に俺は樽の蓋を一つ開けると、想像していた通り少年が丸まっている。猿ぐつわをつけられて……。
一つ、また一つと蓋を開けると十数人の年端も行かない少年少女達が、同様に納まっていた。その内うめき声をあげていた少年以外は、どうやら眠っている様子だった。
起きていた少年を抱き抱えて、メイドリンさんへと向き直って俺は告げる。
「どういう事か、説明して貰えますよね?」
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