八十七.メグミンと一緒3
ボンッ! ボンッ! ボンッ! 朝方、大砲の空砲が鳴り、俺は飛び起きた。
昨日、メグミンに寝坊は許さないと念を押されたせいか、眠りが浅かったのだろう。先程の空砲で起きれたのは良かった。
身支度を整えて、昨日買った仮面を手に取った。目元が笑っていて、片目には涙のような模様が描かれている。
「仮面は人の心を移す……か」
「何一人で呟いてるの?」
うわっと、俺は椅子から転げ落ちて、尻餅をついた。痛めた尻をさすりながら、見上げるとキョトンとした表情のメグミンの姿があった。
「気配を消して近づくのはやめてくれないか?」
「はは、つい癖でね。それより、行こうよ! 窓から見たけどすっごく賑わってるよ」
メグミンに手を差し出されて俺は立ち上がった。
宿屋を出る前に仮面を装着した。メグミンはウサギの仮面を嬉しそうに着けていた。
通りに出るとどこか別の場所に行ったかのような錯覚に陥った。街人の皆が仮面を装着し、馬車を操縦する御者までも着けている。昨日までと雰囲気は一変していた。
それを見て俺は、一度メグミンと離れると見つけ出すのは至難の業だと思い至った。似たような仮面を着けた人がちらほら伺える。
「メグミン離れないようにな」
そう言って俺はメグミンに手を差し出した。ミズキとは違う華奢な指先が俺の手に収まる。彼女の手はヒヤリとしていた。
早速、俺達は貴族地区へと向かった。普段は庶民地区ほどの往来は無い、品のある街並みだが今日に限っては人々が多く賑わいを見せていた。
「あれ見て! パレードかな? 行ってみようよ」
メグミンが指をさす方向を見ると、貴族地区から庶民地区へ続く通りを派手派手しい格好をした一団が歩いている姿があった。その両脇を人々が集まり一本の轍の様に道を示している。
手を引かれて、俺達も集まりの中に割り込んだ。貴族地区から庶民地区へ、庶民地区から貴族地区へと移動するそれぞれの一団は、中央で踊り入り乱れていた。
「あれは何やってるんだろうな?」
俺がメグミンに問いかけると、傍にいる白い無表情の仮面を着けた人物が話しかけてきた。
「初参加なのかい? あれはね、貴族と庶民の間には何も無いというのを現わしているのだ」
「へぇ、素敵な演出ですね」
白い仮面を着けた人物は鼻で笑いながらこう告げてきた。
「はっ! 私は、そうは思わんね。世界は使う者と使われる者に分かれている。平等なんてものは、この期間だけの夢物語さ、無論私は使う側だがね」
その言葉を聞いて、彼の仮面がより不気味なものに見えた。彼は踵を返して、人込みの中に消えて行った。
「なんか嫌味な人だったね。それにしても、聞いた事のある声だったような」
耳打ちしてきたメグミンの意見に俺も同意する様に頷いた。確かに聞き覚えのある声だった。街を観光していた時にどこかで聞いたのだろう。
「それより、今度はあの出店に行こうよ! 小腹も減ってきたし」
そうだなと言って俺達は、出店巡りをした。まず腹を満たす為に、寄った店では食べ歩きが出来る物を選んだ。
パンに挟んだ何枚もの薄い肉をたっぷりの野菜と一緒に食べれる料理を注文した。ケバブに近い食べ物で軽く腹を満たした。
次にメグミンが、口直しに甘いものが食べたいと言い張るので、焼き菓子の甘い匂いがする出店へと足を運んだ。
そこには薄い生地を油で揚げて、表面が白い粉で覆われたものが積まれていた。匂いは甘いが、見た感じこれが菓子だと思えないほどシンプルな作りだ。
「これも菓子何ですか?」
俺は困惑気味に店主に声を掛ける。
「これを知らないなんて、あんちゃん達は初参加だな。この祭りの最中だけの名物菓子だ。『天使の忘れ物』って言うんだ。取り合えず食ってみな、一枚はサービスしてやるよ」
祭りで上機嫌なのか一枚は無料で食べて良いらしい。『天使の忘れ物』と言っていたその食べ物で、連想出来るのは見た目からして、平べったく白い粉が纏っている事から、羽をイメージしているのだろう。
折角の申し出に俺達は一枚を半分に割って、それぞれ味見をした。サクサクの食感で、白い粉は砂糖を塗してあった。油で揚げているから油っぽいのかと思ったが、薄い生地のおかげで全然そんな事は無い。
これならいくらでも、食べていられそうだった。メグミンもそう思ったのか直ぐに注文していた。
「これ袋一杯ちょうだい」
店主はこうなる事を予想していたのだろう。にやけた表情で既に手元に準備してある袋をずいっと目の前に差し出してきた。俺は気付いてしまった。一枚は無料というのも店主の作戦だ。一口食べれば、分かると強気な商売なのだ。
まんまとやられたと思いながらも、俺にも一袋くれと注文し、一人一袋そのお菓子を手に入れた。
それからは、広場で開かれていた。コンサートを聴いたり、仮装大賞を観ながら過ごした。
いつの間にか、日は傾き始めじんわりと赤みを帯び始めた。
「もう、こんな時間か。ぼちぼち、宿に戻るか?」
「何言ってんのショウ。祭りは夜がメインと相場は決まってるんだから」
メグミンに手を引かれてたどり着いた場所は、ゴンドラ乗り場だった。
祭りの賑わいに気を取られて、乗ってみたかったゴンドラの事をすっかり忘れてしまっていた。
先にゴンドラに飛び乗り、俺に手を差し伸べながらメグミンは口を開く。
「ねぇ、乗ろうよ」
水面に街の灯りが反射して、星々の中に浮かぶメグミンの姿が、どこか哀愁を漂わせていた。メグミンの着けている仮面のせいだろう。
「ああ、今行く」
そう言って、船頭に任せて俺達は街中を低い目線から、ゆったりと楽しんだ。そのまま、ゴンドラは水路を抜けて、街の外へと出た。
街の外からは、全体の街並みが見えて、灯った光がゆらゆらと揺れていた。
しばらく、眺めていると城の方から砲撃が鳴り、空高く色とりどりの花が咲き乱れた。
「うわー、ショウ見て! 花火だよ!」
その光景を見たメグミンは、仮面をしていても分かるくらいのはしゃぎようだった。
花火が打ち上げられる中、メグミンは問いかけてきた。
「うち達、これからも上手く生活していけるかな?」
「ここまで力を合わせてきたんだ。これからも何とかやっていけるよ」
すると、急にメグミンがそっと俺の肩に頭を乗せてくる。
「な、何してるんだ。ちょっと近くないか」
「今だけ! 今日だけで良いから――」
今日だけって言われても……まあ、メグミンの我儘は今日に始まった事じゃないな、ここ数日振り回されっぱなしだ。ミズキも居ないし、後で怒られる事も無いだろう。
それから俺達の間では会話は、特になく。ただ、花火が打ち終わるのを眺めていた。
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