七十二.新女王の誕生
王城に戻った俺達は、大広間で待ち構えていた貴族達の目前へと赴いた。あの騒動で何人か傷を負ったのだろう。治療した後や狼狽している者が目に入った。
俺達の中に女王の姿が見えないのを不思議に思った貴族達が騒めき立つ。すると、一人の貴族が声を掛けてきた。
「女王陛下はご無事なのですか? 今どこに?」
ああ、この人達はオルタナが、あの化け物だった事を知らないのかと気付いた。俺は意を決し説明しようと口を開いた。
「あ……、女王陛下は――――」
「女王陛下は、皆様もご覧になった化け物に殺されました」
ヴァンフィリップさんは声を大きく出して、俺の言葉を遮った。
俺はその行動に驚いた。彼は、あの化け物がオルタナだと知っている筈だ。何故そんな嘘を言うのだろうかと不思議でしょうがなかった。
「あの化け物はどうなったんだ!」
「貴方様の力添えがあれば私の息子が――――」
「ああ、何て事だ!」
「この国に加護は無いのか……」
各貴族達が矢継ぎ早に言葉攻めしてくる。血筋は絶たれたと嘆く者もいれば、今度の王は国民から選抜せねばと先の話し合いをする者まで多種多様だった。
本当はそうじゃない。俺は正直に伝えようとした。
「いや、実は……」
そう言い掛けた時、今度はシンシアが、俺の腕を掴み首を左右に振る。それを見た俺は次に出そうとしていた言葉を呑み込んだ。
シンシアは顔を俺の耳元まで近づけて、誰にも聞こえないような声で語りかけた。
「ショウ。その真実を告げた所で、皆が混乱するばかりです。この国は王を失ってしまったのです。各貴族達が権力を我が手にと思うでしょう。最悪の事態になれば、内戦が起るかもしれません。そうなれば、国民が巻き込まれてしまいます。ここは、ヴァンフィリップさんに任せましょう」
シンシアの思慮深い考えに納得した俺は小さく頷き静観する事にした。
そのやり取りが終わるのを横目で見ていた、ヴァンフィリップさんは、軽く咳払いをして続きを話し出した。
「残念な事に女王陛下の遺体は、渓谷の谷底へと化け物によって投げ捨てられてしまいました。回収する事は困難でしょう」
相も変わらず貴族達は騒ぎ立てまくる。
「それはどうでも良い! 化け物はどうしたと聞いている! 此処に居て安全なのか?」
どうでも良い? オルタナの評価はどうであれ、その主に仕えた者の言う言葉では無いと、俺が身を乗り出そうとした瞬間、大きな声が響いた。
「そんな言い方はおかしいよ! だって、女王って言ったらこの国の一番偉い人なんでしょ? その人の為に皆頑張ってくれてたんでしょ? だったら仲間……、家族みたいなものじゃない! あたしが、仲間や家族からそんな事言われたら絶対傷ついちゃうよ」
俺達がプレゼントしたお守りを握りしめて、ハピアは涙を流しながら必死に声を荒げた。
「ふん、どこの馬の骨とも分からん小娘が! 引っ込んでおれ」
その貴族は悪びれる様子も無く、傲慢な態度を取っていた。
話が進まなくなると思ったのか、ヴァンフィリップさんは話を続けた。
「化け物についてですが、此処におられる冒険者の方々と、先程声を浴びせられた、この娘が討伐して下さいました」
貴族達の俺達を見る目が変わっていくように感じた。もちろん、ハピアについてもだ。
そこで、ヴァンフィリップさんは畳みかける様に言葉を繋げた。
「そもそも、オルタナ女王陛下と前女王陛下フィオ様の子供と噂される、この娘……ハピアとの間で真偽を確かめる為の儀式を執り行っていたのです。皆様もご存じの通り、儀式は行われました。そうして、最後に立っていたのはこの娘です。崇高なる儀式によって、フィオ様の子だという事は証明されました。私は、次期女王はハピアが相応しいと思うのですが?」
ハピア自身も面食らってしまったようだ。大きな目をさらに丸くしている。貴族達もどよめき立っている。
「血筋から言えば確かに継承するに相応しい」
「まだ子供だぞ? 任せられるのか?」
「そうなると今の内に息子を――――」
何やら様々な思惑が端々から聞こえてくる。
「儂は認めんぞ! こんな、小娘がぽっと出てきて王座に就くなどと!」
そう声を荒げるのは、先程も突っかかって来た貴族だった。
「おい! ヴァンフィリップ卿! お主が、フィオ様の実兄だからその小娘を妹君の子供として祀り上げているのだろう? 今の地位を失いたくない保身であろう」
何だって? ヴァンフィリップさんが前女王の兄? ハピアのお母さんの兄妹という事は叔父に当たる人だ。それが本当であれば、ハピアの親族という事になる。
ヴァンフィリップさんは、貴族の罵声を静かに目を閉じ聞いていた。すると、横に立っていたシンシアが一歩踏み出した。
「先程の儀式の際、ご紹介に預かりましたレイク王国王女シンシアです。この度は不運な事故によりオルタナ女王陛下が亡くなった事、心よりお悔やみ申し上げます。私は正当な決議の為、生前の女王陛下より見届けるよう言われ、それを承諾いたしました。その結果は、御覧の通りです。私はハピアが、王位を継ぐに相応しいと宣言します」
「くっ! そう仰られるなら」
最後まで納得は出来てはいないようだったが、シンシアの後押しにより、一気に貴族達は静寂を取り戻していった。
それを確認した後に、ヴァンフィリップさんがこう告げた。
「後を継ぐ者は、この娘以外考えられない。王女様が言われたから言っているのでは無い。この中には見た者がいるだろう。ハピアが、魔法を使う時のフィオ様の面影を――――」
「ああ、私は見たぞ! あの雰囲気は間違いない」
「私もだ! この娘こそ、ご息女に違いない」
「冒険者諸君も良く国の危機を救ってくれた!」
いつの間にか、掌を返す様に疑いの眼差しから、称賛へと変わっていた。
「えっ? えっ? あたし、女王になるなんて言ってない! あたしには無理だよ!」
ハピアの必死の訴えは、この称賛の嵐によって見事に掻き消えて行った。その様子を見ていたヴィクトールさんは近くに寄り添った。
「大丈夫じゃ、皆ついておる。暮らす場所が変わっただけじゃ。ワシらは、今も昔も変わらずお前の傍に居続けよう」
そこへヴァンフィリップさんも近づく。
「長い間、姪を守ってくれて本当に有難うヴィクトール。私の不手際で、下の兵達に乱暴な事をさせてしまった。すまない」
「とんでも御座いません閣下。ワシとて、ハピアを危険な目に遭わせてしまった。ワシは団長失格ですかな?」
「ふふ、何を言うヴィクトール。これからが、忙しいのだぞ。宜しく頼む団長」
そうして二人は固く抱擁を交わすと、それを皮切りに各々顔見知りや友人達と懐かしい再会を喜び合っていた。もちろん、レスターも「兄上」と声を挙げながら一目散にヴィクトールさんの元へ駆けて行った。
それから大広間は、すっかり宴会の席へと様変わりした。
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