七十一.雪は嫌いだ
オルタナの言葉を静聴していた俺達は、次の言葉が見つからないでいた。
その物語は誰の事なのかというのは問い詰める必要も無いだろう。
メグミンは涙を流し、その場に膝をついてしまっていた。
オルタナは遠い過去を思い出すかのように、天を仰いで雪を眺めた。
「この世には持つ者と、持たざる者がいる」
オルタナのその言葉は胸に刺さる。俺自身、転移する前はそんな事を考えながら過ごしていた。彼女も無く、就職先も無い、これと言って打込んでいた趣味すら無い。ただ日々を過ごしていただけ……。
だけど――――。
「それでも……! 相手を傷つけて良い理由にはならない!」
「ショウと言ったか? お前の言う理由とは何か?」
「それは……!?」
何だ? 言葉が出て来ない。ざっくりとイメージは出来ていても、どこかで矛盾している気がする。それを言葉として表現する事が出来ない事を、俺はその時初めて知った。
「そこの娘! この質問に答えられるか?」
俺の返答を待たずに、オルタナはハピアを指で差し問いかけた。
「良く分からないよ。あたしはあなたに、母さんを殺された。それに、村の皆を痛めつけた悪いやつだ! でも、あたしはあなたみたいには、ならない! それだけは、はっきりと言える! あたしが間違った事をするようなら、周りにいるじいちゃん達が怒ってくれる」
オルタナはじっとハピアを見つめ、鼻で笑いながら祭壇の方へと歩き出した。
「ふふ、一部の者からしたら確かに悪者に見えるでしょう。しかし、大多数の者から見れば私は本当に悪者なのか? その答えはいいえですよ。なぜなら私は、女王となって悪政を強いた訳では無いのですから」
オルタナの言っている事は本当だろう。商店街を歩いてみた時の事を思い出しても、どこからも不満など聞こえてこなかった。
「だとしたら、お前は一体何がしたいんだ? ハピアの親を手に掛けてまで……。それに、自身の体を魔人へと変貌させてまで一体何を?」
その質問を聞いたオルタナは、少し考えた後に、この状況下で大きく口を開けて笑った。
「さあ? もう昔の事で忘れてしまいました。問答は御仕舞にして続きを始めましょう。とは言っても普通にやり合っては直ぐ終わってしまいそうです。一度だけ猶予を与えましょう。レイク王国の王都でのあなた達の活躍は聞き及んでいますよ」
それは、俺が魔人を両断した時の技を使えという事か? 俺は振り返りあの場に居たミズキに確認を取ろうと振り返る。そうするとミズキの姿が映り、目元が少し腫れている事が見て取れた。
ミズキはその事を隠す様子も無く力強く頷いた。
俺は剣を新調してから一度も『快刀』を使用してはいない。切る事に特化したこの刀でそのスキルを使用したら、どれ程の威力が出るのか皆目見当も付かないからだ。
刀を上段に構え、握る柄に力が入る。
その瞬間、ふと、オルタナを切る事に少し違和感を感じた。
魔人としてオルタナを捉えるならば、討伐対象になるからこの刀を振り下ろすのは正しい筈だ。だが、女王としては? または、オルタナ個人として捉えた場合は? 目指す目標の為に一度でも間違った行動をしない奴なんているのだろうか?
これはもう闘いと言うよりも、この状況をどう決着を付けるのか? というものになってしまっている。俺にはこのまま振り下ろす事は出来ない……。刀を上段に掲げたまま俺は動けなくなってしまった。
「ショウは下がってて!」
そう言い放ち、俺とオルタナの間を遮ったのはハピアだった。
「あたしが終わりにする」
ハピアの身体からまたもや淡い光を纏い始めた。
「良いでしょう。これも運命と言うものでしょうか――――」
オルタナはどこか遠くを眺める様にハピアを見据えている。俺達は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
更にハピアの身体が光り輝いたと思った瞬間、オルタナは大きく後方へと仰け反り、呆気無く谷底へと姿を消していった。
「やはり、雪は嫌いだ」
オルタナは谷底に消える間際、最後にそう言ったように聞こえた。
彼女にとって、雪の降る時期は印象深い事だったのだろう。全てがその日から始まったと言っても間違いでは無い。一人、頂を目指したオルタナに比べ、同じく両親が居ないにも関わらず正反対に育っていったハピアを直に見て何か思う事があったのだろうか?
今となっては、それを知る事は出来ない。何とも後味の悪い結果になってしまった。
「すまないハピア。俺がやるべきだった」
俺は耐え切れなくなって、ハピアに謝罪した。
「ううん、ショウは今まで何度も助けてくれた。これは、あたしが終わらせたかったの。両親の為に――――」
それから遠くで見物していたシンシア達が俺達の元へと駆け寄って来た。
「皆さん無事ですか? 随分と憔悴しているようですけど?」
「ああ、シンシア問題無い。ただ、疲れているのは確かだよ」
肉体的疲労よりも精神的に俺達は参ってしまっていた。今まで魔獣だ、魔人だと何処か夢物語で、手に入れたスキルや魔法で倒していった。しかし、こうも生々しく一人の物語を聞いた後では重みが、まるで違う。
そう、俺達は一人の人を殺したのだ。相手が何者だろうと、その事実だけは受け止めなくてはいけない。俺に関して言えば、もう既に一人手に掛けているのだから――――。
「皆様方、疲労困憊の所大変申し訳ありませんが、王城に戻りましょう。この結果を、先に逃げ延びた各貴族に報告しなければなりません。それに、此処よりも王城の方が身体も休まる事でしょう」
ヴァンフィリップさんはそう告げて、馬車を用意した。
帰りの馬車はやけに静かだった。それぞれ思う所があるのだろう。窓を覗くと、相も変わらず深々と雪が降り続けている。
俺はきっと、雪が降る度に思い出すのだろう。片田舎の少女が一国の主になった物語を――――。
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