七十.山の頂に
瞬く間にオルタナの指に嵌められた指輪が、光り輝き辺り一面を包み込んだ。
視界が戻った頃、その場に鎮座していたのは異形の蜘蛛だった。その蜘蛛は、上半身が女体の身体で何処と無くオルタナの面影がある。
どういうことだ? 呆気に取られていると、その蜘蛛は外周を囲んでいた人達を襲い狂っていた。宰相のヴァンフィリップさんが指示を出しているのが聞こえた。
俺達はその声に応え、一目散にハピアの元へと駆け寄った。
「ハピア無事か? 良く頑張った!」
俺はハピアの元に着いた時そう声を掛けずにはいられなかった。
「うちは大丈夫! それよりも周りの皆が――――」
「ああ! ヴァンフィリップさんも早く非難を!」
宰相のヴァンフィリップさんに声を掛けるも、彼は首を左右に振り呟いた。
「私は良いのです……。この行く末を見届ける義務が私にはあるのですから」
その目には覚悟が固く宿っている様に見えた。この場所で問答をしている時間もどうやら無さそうだ。
中心部で固まっている俺達を見つけて、例の化け物が俺達に迫って来ている。
小規模の戦になら俺の判断でもある程度出来るが、集団戦においては幼少の頃よりアイザック卿に教わっていたガイウスの知識が必要だ。
「ガイウス! どう動けば良い?」
「まずは、シンシア様達の安全の確保だ! シンシア様の護衛兵及びウィンティア王国近衛兵は、各々の仕事を全うしろ! その間、俺達で時間を稼ぐ。俺が前線で攻撃をいなしている間に、メグミンとショウで攻撃して相手の気を散らせてくれ!」
ガイウスは口早に指示を飛ばした。
ミズキはハピアと共に後方で、俺達の補助で時々攻撃を行い、柴田はミズキ達を守備する形の布陣になった。
その間に、ガイウスの指示を聞いた各国の兵達は、シンシアやヴァンフィリップさんを連れて中心部から離れた。
一先ずは彼女達に危害は加わらないだろうと思えた。
それにしても、この化け物は何なんだ? いくら攻撃しても鉄板に打ち付けているみたいで手の方が痺れて来る。
この硬さ何処かで……? そう考えていると、化け物の動きは急に止まり俺達を眺めていた。
「ああ……こんな事になるくらいならば、謁見の間で強引にでも始末するべきだった」
薄々気づいてはいたが、その化け物の声はオルタナのものだった。
「その姿はどうして? それはまるで――――」
「遠い昔の産物……魔人みたいだとでも? その通り、この力は魔鉱の力によって得られたものです」
嫌な予感が当たり、俺は王都での事を思い返し、握る柄に力が入った。
「どこでそれを? 違法じゃないのか?」
「良いでしょう、少し昔話をしてあげましょう。この話が最後になるのでしょうから……」
――――――
ウィンティア王国の端にどこにでもある列村があった。
山を一つ越えるとまた違う村といった具合に、決して孤立した寂しい村ではない。
そこでは、数十人の村人が鉱山で取れた鉱石を加工し、時々訪れる行商人に売って日々生活をしていた。
ある家庭で、一人の少女が生まれた。その少女は、成長し家族の手伝いが出来る程に成長した頃だった。
その少女と同世代の子供達は、親の手伝いの際に微力ながら魔法を使う事が出来たが、少女は一向にその気配が見られなかった。
両親は、気にしなくて良い、元気に育ってくれればそれだけで良いと、口を揃えて励ましてくれた。
少女はそんな両親の言葉に励まされ、そんな事を気にするのをやめた。
それから年月が経ち、身体も女性へと変化して行き、少女は村一番の容姿と噂され始めていた頃だった。そう、初雪が降り始めた頃にあれは起った。
雪が積もれば、鉱山での仕事は危険が増す為、母は父達の作業場所へ告知しに出かけて行った。少女は両親の帰りを暖かいスープを作りながら待っていた。
その光景はこの時期には当たり前の様に繰り返していた事だった。
しかし、その日は違った。
何度スープを温め直しても両親は帰って来る事は無かった。そう、あの日少女の両親は不運にも鉱山内の崩落に巻き込まれ亡くなってしまった。
その翌日、その鉱山で指揮をしていたというおじさんが責任感から少女を引き取りたいと家へ来た。
決して裕福な家庭では無いが、少女を野垂れ死させる訳にはいかないと申し出てくれたのだ。
少女はその申し出を感謝した。家事手伝いくらいしか出来無いけれど一生懸命頑張ろうと心に決めた。
おじさんの家は少女と同世代の息子と二人暮らしだ。奥さんは早くに病で亡くなり、家事だけでもしてくれるとすごく助かると喜んでいた。
こうして、新しい家族との生活は順調に進んでいると、他の家庭からは映っていた事だろう……。
最初の出来事は、おじさんが酔っ払って少女の寝室に入って来た時に起こった、徐に少女の腕を抑え付ける。少女の必死な抵抗など日々鉱山で働いているがっしりとした腕にかなう訳も無い。
泣く泣く少女は、終わるのをじっと待つばかりであった。
翌日、おじさんは頭を下げ必死に少女に謝った。それを少女は信じ、無かった事として振舞った。身寄りの無かった自分を養ってくれているのだという負い目もあった。一度くらいならばと……。
それから数十日が経って、再びそういう事が起こった。
おじさんはまた必死に謝った。その姿をみて少女はまた許してしまったのだ。
十日後……三日後……と、段々と短くなっていった。
ある日、おじさんは行為が終わった時にぼそりと呟いた。
「やっと――――」
そうはっきりと聞こえたのを少女は覚えていた。
それが当たり前になって来たある日の事、夜いつもの様に少女の部屋の扉が開いた。またか……と、思っていると現れたのは息子の方であった。
その相手の下卑た笑みは察するに難くない。
その最中、少女は両親の言葉を思い返していた。『気にしなくて良い』、『元気に育ってくれたら良い』と、それだけを励みにしてきた。
息子は、おじさんとは趣向が違い、少女を罵っては手を挙げていたのだ。その為、痣が出来てしまった。それを隠す様に少女の外出の機会も自ずと減って行った。
ある晩、また息子が訪れて来た。相変わらず少女を罵っては暴力を働く、その罵声の一節に聞き捨てならない言葉が含まれていた。
「お前の両親は言う事を聞かないから死んだのだ」と、少女は意を決し真意を確かめる為、行為を受け入れる形で情報を引き出した。
少女の両親は、おじさんから息子の嫁にと言って少女を欲していたそうだ。
それを少女の両親は頑なに拒んだそうだ。理由は、少女の扱いがこうなる事を予想出来ていたからだろう。
その考えに行きついた後の事は、少女は良く覚えていない。
記憶があるのは、目の前には炭と化した家と何とも言えない匂いだけだった。
それから少女は、村々を渡り歩き、女性へと成長した。村一番と噂された美貌で男達を手玉に取る生活をしている時にある人物に出会う機会があった。
その人物は、女性に無かった力を与えてくれた。それは魔法が使える道具だった。
女性は大いに喜んだ。その瞬間、遠い記憶が蘇る。両親の言葉やおじさん達の下卑た顔つきを……。
そうして女性は考え着いた。この力と、美貌を持ってすれば何とかこの生活から抜け出せるのでは無いか? 自身を如何わしい目で見て来る雑多な者と自分が同列である筈は無い! 私はお前達に夢を与えてやっているのだ!
それから、幾年か掛けて根回しをして、手を真っ赤に染めながら、漸くその女性は高い山の上まで登る事が出来た。
凡人からは見上げても決して届かない頂まで――――。
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