六十四.女王陛下との謁見
「シンシア王女様、謁見の間にて女王陛下がお待ちです」
シンシア姉ちゃんは、衛兵に招かれるまま歩を進めた。
王城は崖全体に彫刻を施していた為、内部はアリの巣状に通路が入り乱れていると思った。けど、そうじゃ無かった。
王城に入った瞬間目の前に広がった空間には驚いた。天井近くでは、木材かな? 三角形状に沢山組み込まれた物が芸術品の様に上部の岩盤を支えていて、通路は門型の支柱で所々支えられていた。
古くから坑道を掘り進めて築き上げた知識だろうかと辺りをきょろきょろした。
そんな事を考えていたら、あっという間に謁見の間へと到着したらしい。
扉の前で、シンシア姉ちゃんは振り返りあたし達に最後の確認をするように目配せした。
此処まで来たんだ、もう後戻りは出来ないという固い意志を見せつける様にあたしは深く頷いた。
そして、シンシア姉ちゃんはにこやかに微笑み返してくれた。再度振り返り、歩を進める度重たそうな扉がゆっくりと開かれて行った。
玉座には、とても綺麗なお姉さんが足を軽く組みあたし達が入って来るのを静観して待っていた。
女王の傍には、大臣らしい人の姿があり、その他には数人の兵士しかいなかった。
「お初にお目に掛かります、オルタナ女王陛下。レイク王の第一王女シンシアと申します。以後お見知りおきを」
「遠い所良く参られました。この日の為に、会食を用意しているのだけれど……その前に何やら話したい事でもありそうですね?」
この場では不釣り合いなあたしを見てからそう聞き返してきた。あの人はきっとあたしが誰だか知っている。じいちゃん達を捕まえた目的は私だったと、レスターのおじちゃんが言ってた。
「そうですね……少しお時間を頂いても?」
「許しましょう」
「私は、レイク王国を出る前に少しばかり他国の国情を勉強して参りました」
オルタナ女王は笑みを浮かべながら冗談交じりに問い返した。
「それは勉強熱心ですね……それで我が国と戦いでも始めようと?」
一瞬その場に居る人達の雰囲気が乾いた様な気がした。だけど、シンシア姉ちゃんはあたかも平然と続きを話し出した。
「ああ、今の言い方では誤解が生まれてしまいますね。戦だなんてとんでもありません! 私が個人的に他国で恥を搔かない様にする為ですよ」
ふーん、と目を細めながら女王は続きを促している。
「女王陛下は先王の側室だったそうですね? 不運にも先王と正妃がお亡くなりになられて、さぞそのお心は傷つかれた事でしょう」
女王はわざとらしく、口元を手で覆い目を瞑り呟いた。
「当時はもう……。しかし、時間が癒してくれました」
「時間と言えば、正妃は身籠っていたとか? 御存命であればお腹の子も生まれて四、五歳くらいでしょうか?」
その言葉を聞いた瞬間、女王は組んでいた足を直して重い口調で質問した。
「それがどうかしたのですか? 彼女は亡くなったのです。私は実際に彼女が谷に落ちる所を見ました。お腹の子には残念ですが、母親と一緒だっただけ幸せだったかもしれませんね」
女王はどうして、そんな事を言うの? あたしは生きてるよ? お父さんや、お母さんは知らないけど爺ちゃんの弟だって言うレスターおじちゃんは、泣きながら何度も説明してくれた。あれが、嘘なはず無い!
「そうですか……。しかし、この王都に足を踏み入れる時に実に興味深い話を耳にしましてね。何と、その正妃の子供が生きていると言う話なのですが御存知ありませんか?」
「民衆の間で面白可笑しく噂されている事ですね? もちろん知っていますよ、下らない与太話としてね」
「与太話だとおっしゃるなら、私が到着する前に一騒ぎあったと、その民衆から聞きましたよ? 確か、捕まえた賊達は近衛騎士団……と叫んでいたとか」
王女は鼻で笑い、軽くあしらった。
「賊の言う事です。真に受けてはいけませんよ」
シンシア姉ちゃんはその言葉を聞いて、上品に笑った。
「それもそうですね。私とした事が世間知らずで申し訳ありません。ところで、文献で読んだのですがこの国の王族は魔法を扱える者しかなれないと伺ったのですが、失礼ながら女王陛下は何処の出身になられるのでしょう? 何処にも記載されていませんでしたので、御会いしたら是非お聞きしようと思っていました」
「ふふ、知らないのであればわざわざ教える必要も無いでしょう? シンシア王女に一つ助言しましょう、女性は隠し事があった方が価値が上がるのですよ。それと、この時期此処は天候が荒れやすく、毎年何人か行方不明が出ますので、気を付けた方が宜しいかと思いますよ」
二人共顔は笑顔で話しをしている。けど、乾いた空気がもっと煮詰まったようで、息苦しさを感じる。
「成程……御助言有難う存じます。ついでと言ってはなんですが、参考までに魔法を見せて頂けないでしょうか?」
女王は立ち上がりあたし達の方に指を差しこう告げた。
「そこの盾を持った者前に出てきなさい」
床に着けていた膝を剥がし、ゆっくりと盾を持った男が立ち上がった。
「名前は?」
「はっ、騎士ガイウスです。何をすれば宜しいのでしょうか?」
「騎士とは都合が良い……その持っている盾で私の魔法を防いでくれたら良い」
ガイウス兄ちゃんは言われたように盾を突き出しあたし達の前に壁として魔法が来るのを待ち構えた。
女王は、右手をあたし達の方へと向ける、指には緋色の石が嵌った指輪をしていて、怪しい光を放っていた。
突然周りで、風の流れが出来てその流れは段々と女王の右手へと集まっていくのが分かった。
女王の手元で纏まったモノは、音も無くあたし達の方へと近づいてくる。
お兄ちゃん達はまだか、まだかと待ち構えている。お兄ちゃんやシンシア姉ちゃんには見えてない!
あたしには分かる、既に魔法は女王の手元には無い。このままじゃ、ガイウス兄ちゃんやその後ろに居るシンシア姉ちゃん達がケガしちゃう! もう、目の前まで迫って来ているのに!
咄嗟にあたしは、いつもの様に心の中で話しかける。
(お願い! 優しいこの人達を助けたい!)
あたしは左手を突き出し、女王がやっていたように掌に風を集めて一気に放出した。
すると、女王の放った風の球はあたしの風を横から受け僅かにズレて後ろの壁へとぶつかった。
女王は突然の出来事で、一瞬驚いた表情を見せるとあたしを見て、眉間に小さなシワを寄せた。
大きな音と共に崩れた壁を見ていたシンシア姉ちゃん達は、女王に向き直り口元を開いた。
「女王陛下御冗談が過ぎるのではありませんか? これほどの威力いくらガイウスが、盾を持ち防ごうとしても瞬時にあの壁の様になっていた事でしょう。もちろん、後ろに居た私達も――――――」
シンシア姉ちゃんの言う通りだ。女王はあたし達を……、こんな人に捕まった爺ちゃん達が心配になって来た。
「申し訳ありません。制御が下手で見せるのを渋っていたのですが、どうしてもと言われたものですから」
悪ぶれる様子は感じられなかった。息が詰まりそうだった空気が、今度は段々と寒さを感じる様になってきた。
「そうでしたか……無理をさせてしまった私にも非がありそうですね。女王陛下が魔法を使える事は分かりました。しかし、気付いていらっしゃると存じますが、私の隣に居るこの幼い娘も同等の力をお持ちの様ですね……。これは一体どういう事なのでしょう?」
シンシア姉ちゃんはとぼけたふりをして、いよいよ核心に触れようとしている。レイク王国では劇と言うものがあるらしい。誰かに成り代わり役を演じるそうだ、今のシンシア姉ちゃんは二枚も三枚も皮をかぶっているみたいだ。
「最初から気になっていましたよ。その娘は誰なんですか?」
この女王もとぼけたふりで尋ねて来る。知っているくせに! 爺ちゃん達を連れて行ったくせに!
「紹介が遅れました。彼女はハピア。正妃の御子とうわさされている娘ですよ」
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