六十五.取り決め
「ふふ、知らないのであればわざわざ教える必要も無いでしょう? シンシア王女に一つ助言しましょう、女性は隠し事があった方が価値が上がるのですよ。それと、この時期此処は天候が荒れやすく、毎年何人か行方不明が出ますので、気を付けた方が宜しいかと思いますよ」
これは脅しだ。あまり深く関わらない方が身のためだぞと警告しているに違いない。
それからガイウスが指名され、俺達はいつ放たれるとも分からない魔法に身構えていると、急に後ろの方から轟音が聞こえた。
振り返ると壁の一部が削られ大きな穴が開いていた。こんなものが当たれば俺達は全員この場から消え失せていた事だろう。
ハピアが片手を突き出し、俺達を助けてくれた事は明白だ。
この場で俺達を亡き者に出来れば、俺達は旅先で行方不明になったと言い、レイク王の追求からは知らぬ存ぜぬを貫けば事足りただろう。
オルタナの行為がシンシアの癇に障った事でいよいよ、駆け引きが終わり、確信へと迫っていく。
「紹介が遅れました。彼女はハピア。正妃の御子とうわさされている娘ですよ」
オルタナは顔色一つ変えずに鼻で笑った。
「そのような事を信じるとでも?」
「それはそうでしょうね。しかし! 自称でもウィンティア王国の第一女王候補を名乗っているハピアをレイク王国の王女が無下にする事は出来ません! 確証がないのであれば与太話も真実味を帯びて来るのではないのですか?」
「戯言を……小娘風情が!」
人形の様に整ったオルタナの顔がようやく人間らしく崩れ、感情を露わにした。オルタナ自身もレイク王国と事を構えるのは得策とは言えない。
なるべく人知れず自身の優位に進めたい筈だとシンシアは言っていた。途中魔法の攻撃は予想外だったが、大筋はシンシアの作戦通りの展開だ。
前半のやり取りで、少しずつ苛立たせ感情的にして、正妃を死に至らしめた何かを探ろうとしたのだ。
結果オルタナの放ったあの魔法は、正妃を人知れず谷底に突き落とすには充分過ぎる力だ。
レスターは、正妃が谷底に落ちる直前『突然身体を仰け反らす程の突風が吹き荒れた』と言っていた。先程、オルタナが魔法を放つ前にも風が吹くのを感じた。
疑う余地は無いと思うが、こちらとしても何の証拠も無い。
「時に話は変わりますが、女王陛下は信仰心が高い事で有名ですよね?」
「それがどうだと言うんです? 風の民は信仰深い者が多い私に限った事では無い」
確かにこの国の人達は、先祖の加護がある琥珀を大事にしたり、やけに歴史に重点を置いている気がする。
「お互いに決め手に欠けるこういう時、この王国では古くから重要な事を決める際には風の神であるドラゴンに決めて貰うという儀式があるそうですね?」
「他国の者がなぜそのような事を知っている?」
「これも文献で得た知識です」
シンシアは得意げな表情で言い返した。しかし、シンシアが知ったのはレスターから話を聞いた時で、今得意げに言い返した話は真っ赤な嘘だというのは、内緒の話だ。
こうも堂々と言い返せる姿を見て、ただのお転婆娘では無く立派に教養を受けた王族なのだと改めて感心した。
オルタナは少しばかり考えてシンシアの言葉に賛同した。
「……わかりました。シンシア王女がそこまで仰るのならば、この国のやり方で此度の話を決めましょう。後々あらぬ疑いを掛けられては、民衆が不安になりますので、シンシア王女には見届けて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「その申し出、確かに承りました。それで? どのようにお決めになるのですか?」
「おや? その言い方は、良くご存じ無いのですね。お互いに相容れない主張がある時は、この国ではドラゴンの目の前で決闘を行うのですよ。そう……、私とその娘がね――――。」
何だって!? こんな幼いハピアがオルタナと決闘する事になるだなんて……。俺達は、面食らった様子でざわめき立つ。
「静かに! これは、レイク王国の者が口を挟んで良い事ではありません! ハピア、あなたはどうするのですか?」
シンシアの言葉に俺達は制止され、その後優しくハピアに目線を落とす。
ハピアはシンシアの顔を見た後、オルタナの方を向き幼いながらも力強い言葉で言い切った。
「あたしにも譲れないモノがあります。お受けいたします」
オルタナは不敵な笑みを浮かべて、隣に居る男に決闘の準備を進める様にと命令した。
今は、雪が積もり《竜の喉笛》への道は閉ざされている。整備するには五日程かかる事だろう。
俺はこの出来事に心底驚いた。途中魔法の攻撃が来た事以外は全てシンシアの作戦通りなのだから。決闘の話をオルタナがした時、狼狽した様子もシンシアに言われた通り演じただけで、本当にそんな言葉が出て来るとは思いもしなかった。
シンシアが最初に言っていた、『それは望んだ形では無いかもしれない』というのは、この決闘の勝敗によってはハピア達を救えないという意味だった。
その事について俺達は、長く話し合った結果ハピアは皆を助けたいと願い決心した。
シンシア曰く、勝算は五分五分だと言っていた。如何に自身を浮かせる程の魔力を身に宿していようとも、訓練を受けていないハピアには荷が重すぎる話には違いない。
この数日間で、シンシアの魔法に関する知識と実際に魔法を使えるミズキがハピアにどれだけ教授出来るかが重要になってくる。
そんな事を考えながら俺達はオルタナとの謁見を済ませ帰路についていた。
「はぁ、一時はもうダメかと思った」
そう呟くのは、オルタナに指名されたガイウスだった。本人からしてみれば、台本には無い出来事であり、あのやり取りの中で一番の危機だったのは言うまでも無い。
「ハピアにお礼を言わないといけないな、ありがとう」
俺はハピアの頭を撫でながら、そう言うとハピアは照れくさそうにはにかんだ。
「これで一安心と言う訳では無いのよ。むしろ、ここが正念場よ! 私とミズキでハピアちゃんを勝たせて見せるわ」
そう息巻いてシンシアはミズキとハピアに目配せし、互いに頷き合った。
この数日間は俺に出来る事は少ない、願わくばこの世界に神が居るのであれば、この小さな娘に祝福がある事を願おう。
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