二十三.月明りに照らされて
俺達はスクラの街を追放され、当初の目的通り王都へと向かっている道中だ。
馬車内の雰囲気は重く。息苦しいものになっていた。
助けられたであろう、一人の女の子の手を瀬戸際で握れなかったのだから、皆思う所があるようだ。
俺は話の途中で気付き、館を飛び出したので詳細を知らなかったが、ガイウスがシュバインに問いただしたところ、アイザック卿が奴隷を買いたいとの申し入れを執事から聞いたシュバインは、俺達が来る前に痛めつけあの場所に放置したそうだ。
シュバインは、アイザック卿の事が、鼻持ちならない貴族の一人であり、ただの悪質な嫌がらせだった。
それを聞いた時、結果的に彼女を救える選択肢など、無かったのかと脱力感に襲われた。
選択は、間違っていなかった筈だ。だが、結果的に救えなかったのだから間違っていたのかもしれない。
いや、そうではないのではないか? もっと他に出来る事があったんじゃないのか? 俺は、楽をしたんだ。他人の提案に身を任せ、さらに他人の権限により事をなそうとした。自身で考えることを放棄したんだ……。
「寝付けないなら、うちと少し散歩しない?」
そう声を掛けてくるのはメグミンだった、いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。所々で寝息が聞こえてくる。
俺が考え事をしている間に、夜になっていたようだ。
俺達は旅が始まってから、魔獣や盗賊の襲撃から身を守るために、夜に見張りを付けていた。
順番はローテーションで決まっており、今夜はメグミンの日だ。朝になるとメグミンは昼過ぎまで寝て身体を休める。
「そうだな、少し歩くか」
そう言って、静かに馬車から降りた。
「ショウ、今日ご飯食べてないよね? 干し肉あるから食べなよ」
今日一日馬車から降りた覚えがない。どおりで、尻も痛いし、お腹が減っていた訳だ。ありがとう、と言って干し肉を貰う。
干し肉を咀嚼しながら、空を見上げると月の明かりが綺麗に丸の形をしていた。
「こんなにも、綺麗なのに……」
「もう、今から考え事禁止! うちが誘ってあげたのに無視するのは失礼だよ!」
そう言って、頬を膨らませて怒っているふりをしているメグミンの陽気さに少し救われる。
「ありがとう、心配してくれて」
「ちょっと、こっちに来て」
手を引かれ、道から少し逸れた林の中に連れ込まれた。途端に押し倒されメグミンが馬乗りになってきた。
「いたた、急にどうした?」
メグミンは聞く耳持たないという具合に、自身の装備を解いていく。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何してるのメグミン!」
少しずつ解かれていく、外套、装備、そして、上着といったように徐々に露わになっていくメグミンの体躯。胸部を自身の腕で恥じらうように隠すと、今度は下の衣服を脱ぎ始めた。
「こうしたら元気出るでしょ?」
そういって、俺の胸に頭を預けてくる、メグミンの少し火照った体温と感触が俺の衣服を通じて、伝わってくる。
木々の間から覗かせる月明かりは、メグミンを女性へと変貌させた。
「いや、確かに元気になるけど、なんか違うよ!」
俺はもう、妖精か魔法使いになれるであろう年齢だから、この行動に全くついて行く事が出来ない。
ただ、メグミンから女性の香りが鼻孔をくすぐり、適度に引き締まった体躯は、独特な柔らかさも兼ね備えていた。その誘惑は俺を魔法使いから強制的に狂戦士に、いや賢者へと転職させようとする。
「ショウの好きなようにしていいんだよ」
その言葉通り思うがままにしたい気持ちを抑え込む。経験値ゼロの俺から見てもメグミンは強張っているのが良く分かった。
その姿は必死で俺を元気付けようとしていると感じられ、こんな格好をメグミンにさせてしまった自分が情けなく感じる。
「暖かくなったって言ってもまだ夜は肌寒いだろ?」
近くの外套を手に取り、メグミンの上に掛けてやる。そのまま外套越しにメグミンを抱きしめた。
「言葉に甘えて、もう少しこのままでも良いか?」
小さく頷き返す。いつもなら、服を着てくれとか慌てふためいていたかも知れないが、今回ばかりはメグミンに甘えさせてもらおう。
それほどまでに、俺は精神的に参っていたのだ。人の温もりってどうしてこんなにも心が癒される感じになるのだろうか……。
「ありがとう、大分元気戻った」
「そう……良かった」
メグミンはどこか寂寥感を漂わせた笑顔だった。
明日からはいつも通り皆と接しよう。あの事を忘れることはないが、今はこの旅を楽しもう。そう思い俺は床についた。
翌朝になり、順調良く道を進む馬車、王都に近づくに連れて、魔獣の襲撃も少なくなっていた。
メグミンは馬車の中で心地のいい寝息を立てている。
「なぁ、みんな。何か、その……心配かけてごめん」
俺は気落ちしていた状態の事を謝った。
「なんだ、そんな事か。改めて言うから、帰りたいとか言い出すのかと思ったぞ」
「気にしないで、誰でも落ち込む事あるもの」
「ふん、居心地が悪かったぜ」
みんな、憎まれ口や心配する声で答えてくれる。俺は良い仲間に恵まれていることに感謝した。
「ガイウス、王都までどのくらいだ?」
「あと、二日って所じゃないか? 何とか建国祭には間に合いそうだ」
励まそうとしているのか、ただ単に見せたいだけなのかわからないが、ガイウスは珍しくはしゃいでいる。
祭か。気分転換には丁度いいな。ガイウスの話を聞いていると楽しみになってきた。
「ん、おかしいな? 人の姿は見えないが馬車が横転している?」
ガイウスが指差す方向を見ると、確かに道を塞ぐように馬車が横転していた。
おかしいと言うのは、この道は行商人も良く通る道で、俺達より先に数台通っていたのだ。
ここを先に通った馬車が横転したとすれば、渋滞が起こるだろうし、最後の馬車が横転したとすれば、俺達が後から来ることを知っている筈なのに、助けを求めずに馬車を放置するだろうか?
「確かに、変だな。俺が様子を見て来る」
そういって、馬車から降りて、横転した馬車の方へと歩み寄った。
荷物や人影も無く、争った形跡すら無い事に違和感を覚えた。
「待ちくたびれたぜ、おい! 野郎共!」
何処からとも無く声が聞こえたのと同時に、俺達は二十人程度の人、いや風体からして盗賊らしき人達に囲まれた。
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