二十二.スクラの街3
不快に思う描写があるかもしれませんので、ご了承下さい。
あれから数日、俺は宿屋から出る事はなかった。
そう、余りにも衝撃的で考える時間と心を落ち着かせる時間が欲しかったのだ。
あの日の晩にガイウスに事情を説明し、アイザック卿ならどうにか出来るのでは? と相談をしてみたが、いくらアイザック卿が有名で階級が上だとしても、他所の領地の問題まで首を突っ込む事は出来ないと諭された。
俺は食い下がり何とか現状だけでも、と頼み込み伝鳥で手紙を送ってもらった。
望みは薄いかも知れないが、俺に出来るとすればこれくらいだった。改めて無力感に苛まれ伏していたという現状だ。
しかし、今日これから一人の奴隷を解放する為に、シュバインの館に行く事になっていた。
先日送った手紙の返事が届き、奴隷を買い取るという旨の書状だった。
ガイウスは朝から、面会の許可を得るために、館のほうへ赴いている。
時間的に言えばそろそろ、戻ってくるだろう。おっ、噂をすれば帰って来たようだ。
「面会の約束が取れたぞ、今日の昼過ぎの予定だ」
「わかった、俺も行こう」
「大丈夫か? 休んでいても良いんだぞ?」
俺の心情を察してか、ガイウスが優しい言葉を掛けてくる。
「ありがとう、でも行きたいんだ」
それ以上ガイウスは何も言わなかった。結局皆で行く事になり、昼まで各々の時間を過ごした。
俺達は再度集まり、シュバインの屋敷へと赴いた。
執事が出迎えてくれ、そのまま客室へと案内される。執事の所作からは品性が出ており、腐っても貴族かと思った。
それから、一時間くらいして、ふぅ、ふぅ、とわざとらしく息を切らし額には油っぽい汗をにじませたシュバインが現れた。
「何のようだね? わしはこう見えても忙しいのだ」
「執事から事前に内容はお聞きになっているかと存じますが?」
とぼけた様に言うシュバインに、ガイウスが嫌味っぽく返す。
「おお、そうだったわ。あの逃げ出した奴隷を買いたいという話であったな」
「はい、ここに書状も御座います。聞き入れて頂けないでしょうか?」
そういって、ガイウスはアイザック卿の書状を差し出す。
「ふ~む、あのアイザック卿の頼みとあれば断れんわ。ところで、そこにいる女冒険者達よ、わしに仕えんか? 良くみると肌は綺麗だし、スタイルもいい。特に顔を前髪で隠しておる方は良く見えぬが美女だとわしのセンサーが物語っておるわ」
自身の股間を指さしながら、下卑た表情で笑いながら言った。
「いい加減にしろ! 早く彼女をここに連れて来い!」
俺は、苛立ちを表に出して立ち上がった。もう、我慢出来なかった。こいつと同じ空間にいるだけで腸が煮え繰り返る程の激情が溜まっていた。
「なんだ、お前は? そんなに大きな声で言わなくても聞こえておるわ。あの女、あの女ねぇ。あいつは、最初は抵抗しておったが、だんだん従順になっていく様は、見物だったぞ。しかし、目を放した隙に逃げ出すとはしたたかだったわ」
ミズキとメグミンは聞くに堪えないと思ったのか、目と耳を塞ぎ拒絶の反応を示していた。
「そんな話聞きたくない! 彼女はどこだ!」
「少し黙っておれ。うるさくて敵わん。ここからが面白い所なのだ。あれからどうしたと思う? 当然逃げ出した罰が必要だろう? ちょっと趣向を凝らせた事をやってな。わしはそれで満足したわ」
満足……? ふと、商店街のおじさんが言っていた事を思い出す。
「お前……まさか此処に入ってきた時の汗と乱れた息は……」
その瞬間、シュバインは口元を歪ませた。
それを見て俺は、最悪の状況が、頭に過ぎり皆を置いて、乱暴に館を飛び出した。
俺の杞憂であって欲しいと、祈りながら一目散で町外れへ走った。
目の前に少年達が集まっている様子を見て俺は、歩幅を緩め一歩、また一歩と近づいて行った。
あの子達は、食べ物か金に群がっているに違いないと自分に言い聞かせる。だが、その考えを覆すように彼女が横たわっていた。
少年達が、掛けてくれただろうと思われる布は、彼女の酷い有様を隠してくれているのだと察しがつく。
俺が近づくと、少年達はゆっくりと道を譲ってくれた。
彼女の頭を抱えると、今にも消えてしまいそうな声で話し始めた。
「私は何の為に生まれてきたのかな? お母さんやお父さんに悪態ばかりついていたけど……やっぱり最後くらい会いたかったな……」
俺はにじみ出る涙をそのままに、彼女の言動一つ一つに頷く。他に連れて来られた人がいるなら助けたい、そう思い聞いてみる。
「ここには君しかいないのか?」
「私の他に……数人一緒に来たけど、残ったのは私だけ……」
「そうか……良く頑張った。もう、大丈夫だから俺達が連れて帰る事になったから。もう、大丈夫」
そう呟くように声を掛けるが、もう彼女の耳には届いていない。
遅れてガイウス達が集まってくるのを感じたが、そんなのはどうでもいい。
せめて、こんな奴がいる土地に埋めるわけにはいかないと思い、少年達にも手伝って貰い火葬してあげた。
火と煙は高くどこまでも立ち上り、それをただ呆然と見上げながら両親の元へ逝けるようにと願いを込めた。
俺達が最初にいた丘の上へ埋葬してやろうと思い、残った骨の一部を袋に入れた。あの場所が唯一前の世界に近いと信じて。
いつの間にか、頬を濡らしていた涙は枯れ、俺は不意に歩き出していた。
ガイウスやメグミン、ミズキ、柴田の声が霞んだ様に聞こえる。……何を叫んでいるのかわからない。
突然後ろから抱きつかれた事で俺は、我に返った。
目の前には腰を抜かしたように倒れ込んでいるシュバイン。俺の右手には鞘から抜かれた剣が怪しく光っていて、握られた柄は手の傷が開き真っ赤に染まっていた。
「ショウ、やめてよ。……こんな事に意味なんてないよ。こんな人の為にショウがおかしくなっちゃうのは嫌だよ」
抱きつきながら、必死に俺を押さえているミズキの腕は僅かに震えていた。
俺はガランと剣を落とすと、憤りを抑えきれず叫んだ。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
その叫び声は、虚しく館内に響き渡った。
その後、俺達はシュバインの兵士に囲まれたが、アイザック卿の手の者に何かしたと在っては、面倒だという事で街からの追放という形でのお咎めとなった。
二度と行きたくもない街だが、少年達の事だけが気がかりであった。
そんな、思いとは裏腹に馬車はゆっくりと次の目的地へと歩みを進める。
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