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異世界探求伝  作者: 勘乃覚
窮境編
163/172

異世界探求伝 第百六十二話 新たなる弓と槍

かづきが武器の制作を依頼される事は、最初からわかりきっていた事だった。

当然、それまで女媧族達の使用していた武器が、そぐわない可能性も予見しており、その為いくつかのアイデアを村へ到着するまでに考えていた。


 場所は変わって、ここはかづきが先日覗いた弓作業工房の穴蔵である。 作業は順調に進んでいるようで、かなりの矢数が補充されている様に見える。 《やじり》鏃の数は千を優に超している様で、手作業では随分と重労働であろう。 特に矢羽の取り付けは、細かい作業も多く、筈なども取り付けておかなければならない。


筈とは、弦に《つが》番える部分の事で、魔物の牙などを加工し、切り込みが入れられた部品の一つだ。 弓に張られた弦が強力になれば、矢のお尻の部分が裂けてしまい易くなる為、それを防ぐ為のパーツである。 ちなみに、矢羽に使われる羽根は半分に割いて使用する為、裏と表の2種類が存在し、表同士あるいは裏同士を三枚組み合わせる事によって、同じ方向に回転する様に出来ている。


「どうですか? 仕上がり具合はクロサワさま」

「うん、どれも見本通り、十分な仕上がりに見える。 お前たちが思ったよりも器用で助かるよ」

「有難うございます。 ところで、鏃の形があまり《とが》尖っていないようですが、これで標的に突き刺さるのですか ?」


「ああ、問題ない。 逆に言えば、この鏃は普通の金属鎧でも、楽に突き通す威力があるぞ」

「へーえ、そうなのですね」

「ああ、明日お披露目するから、その時に見ておくとい」


 ほとんどが弓矢作りに没頭しているが、幾人かは弓の製作にも勤しんでいるようである。 彼女たちは森で暮らしている為、取り回しのいい短弓が狩りには非常に適している。 《しば》暫らく、その弓の製作を眺めていたかづきであったが、鼈甲色に馴染んでいる竹の素材を手に取ると、気持ちの高ぶりを抑えられなくなり、自らも弓の製作に取り掛かる事にしたようだ。


本格的に弓の作成に着手するならば、数日間を要するであろうが、この世界には竹の素材以外にも魔物の素材が存在する。 また、《にかわ》膠よりも接着力の強いものや、魔法によって水分の揮発あるいは圧力なども自在な為、いくつかの手間を省けるという事もあり、材料も揃っている事も含めて、作ろうと思えばその日のうちに作れてしまうものである。


「えらく大きな弓ですね、クロサワさま」

「ああ、これは和弓というタイプだ。 一見して見ると竹弓だが、魔物素材をサンドしてあるから、見た目よりもかなり丈夫だぞ。 後は《くさび》楔をかまして、明日までじっくりとなじませて弦を張るだけだな」

「言われた通り、グローブも作りましたが、変わった形ですよね ?」


「そうだな、これは《ゆがけ》弽って、弓を引く時に使うのさ」

「へー、それで三本指なのですか ?」

「そうだな」


かづきは、まずまずの出来にかなり満足をしていた。 かづきが幼い頃から学んでいた黒沢流古武術には、《いわゆる》所謂武芸十八般の中でも特に重要視される九つの武芸が伝承されている。 そのうちの一つである弓術は、和弓を用いて矢を射る弓道と同様のものである。


 翌日朝早く起きると、かづきたちには日課となっている朝の鍛錬の時間である。 外の気温は、冬の訪れを前にかなり冷え込んできているが、洞窟内の気温は常に一定である。 ただ難点といえば、時間が分かりづらいというところだろう。 常に、壁に埋め込まれた蛍石によって、灯りが確保されているという事もあり、時間の経過は《うやむや》有耶無耶になりがちである。


但し、時間が全く分からないという事ではない。 水が豊富なこの場所では、天然の水時計がいくつも設置されている。 日時計とは異なり、日が落ちても二十四時間時を知る事ができるので、この世界ではかなり便利な代物と言えるだろう。 ただ難点と云えば、移動ができないという事だ。


本来地球とは、異なる時を刻む惑星タウルスが、地球と同じ一日を二十四時間としているのには、何やら意図のようなものを感じてしまう。 だが、ラビ先生によれば異なった次空間では、肉体的に感じる時間と物理的に進んでいる時間が、それぞれの時空の法則に沿って進む為、同じ体感であっても場所によって実際には、かなりの時間差が生じているのだという。


「いったい、何の騒ぎだ」


かづき達が、朝の稽古場として選んだ場所は、女媧族達が意味合い槍の稽古を行う広間の一角であった。 ここにきて初めての朝は、鬼人たちと朝稽古の汗を流したのだが、どこから話しを聞きつけたのか、さらに翌日となる今日は、その参加者に女媧族達が数多く含まれていた為、かづきは驚きのあまりについ言葉が漏れてしまったのだ。


「セイ! やあ。 あら、師匠おはようございます」

「シブキか、そしてリラや他の者たちも朝の鍛錬か ?」

「ハイ、鬼人殿に毎朝こうして鍛錬をなさっているとお聞きして、早速参加させていただいています」


「そうか、基礎体力を上げる事は、女媧族達の戦力増強に繋がるからな。 どっちにしろ良い事だ」

「ハイ師匠、ところでお手持ちの長い棒と樽のようなものは ?」

「あ、ちょっと弓を作ってな。 軽く体を動かした後に試射をしようかなと思ってな」


「かなり大きな弓なのですね」

「和弓という種類の長弓だ」

「昨日は確か弓の才能が無いと、申していたような」


「短弓はな、俺が長年使い続けていたのは、この長弓の方だからな。 上手く作れたかどうも不安だ、ハハハ」

「そうですか、それは楽しみです」

「本格的な試射は、朝飯が済んだ後でもやるとするさ。 取り敢えず今は、素引きと練習用の《まきわら》巻藁の試射だけだがな」


「その樽のようなものが、マキワラと申すものですか ?」

「そうだ、倉庫で《むぎがら》麦稈を見つけたもんだからな」

「なるほど、それを束ねたものだったのですね」


二時間ほどで練習を超えると、練習量の天井にぽっかりと口を広げた穴からも、日差しがかすかに差し込んでくる。 汗を流す為に、かづきたちは浴場へと向かうが、そこは鍾乳洞という事もあり、さらに奥まった部分には浴場に適した皿状の鍾乳石群が数多く見られる。 勿論、女媧族族長ムクゲの許しを得ての事だが、そのいくつかはかづきたちが使う浴場として使用が許可されている。


鬼人達も当然、喜んで浴場へと向かったが、女媧族達は元々鍾乳洞内に流れる水の中で、水浴びを日課としている為、温かなお湯の中に入るといった風習はない。 と言うか、逆に暖かな水は苦手としており、水中の中を自由に潜る姿は、まるで人魚を見ているようであった。 確かに、尾びれが付いているか居ないかの差で、かづきの思い描く人魚とそう大差が無いのではなかろうか。


汗を流した後は、朝食の時間となるが、かづき達と女媧族達の食事は別々という事になる。 と言うのも、女媧族達の朝食は、洞窟内に大量に繁殖しているコウモリからその糧を得ているのだという。 以前、リラがおやつ代わりと言っていたコウモリは、彼女達の栄養源として利用されているのだそうだ。


無論、殺して食糧とする訳では無く、体液を少しずつ徴収しているだけで、これもいわば牧畜といえなくもない。 堆積した大量の糞は、上流にある森に撒いているのだという。 上流には自然に生育している根菜類や果物の生る木々や沢山あり、それらの肥料になる事は長年の知恵で経験済みなのであろう。


そのおかげで、洞窟から流れる川には貝類や魚類も豊富に生息しており、自然によるサイクルがこの地では円滑に行われている様に見える。 ともあれ、食事が終ると、訓練場での槍と弓矢の試射が行われる事になる。


「みんなの協力のお蔭で、弓矢の在庫もそこそこの数を備蓄する事ができた。 基本的には《やじり》鏃以外は変わらないが、以前よりも強力になっているのは確かだ。 そこで、その違いについて、実際に試射を行ってもらおう」


 かづきの合図で、五名ほどの女媧族が名乗り出ると新しい弓矢を手に、各人の試射が次々と行われるが、元々あった板木では当たった瞬間に割れてしまい、慌てて次の板に交換すると云ったハプニングが相次いだ。 勿論、かづきはこれを予想していたが、《あ》敢えてそのままにしておく事で、その威力を実際に体感して欲しかったからだ。


女媧族による試射が一通り終わると、その感想はかなり良いとの評価で統一していた。 威力が増している上に、矢羽を三枚にした事で的に正確に当てられるようになったのだという。 ただ、先端をあまり尖らせていないった《やじり》鏃を見て、少し不満げであったが、実際の威力をその身で感じ取っている為、それ以上の文句が出る事は無かったようだ。


そこで、一般の冒険者たちが身に付けている革鎧と、金属鎧を木枠に被せ何人かの女媧族に、これまでの弓矢と新たに作った弓矢とを実際に射て貰い、更に納得して貰う事にしたのだ。


「これは」

「すごい」


革鎧は当然として、金属製の鎧まで貫いて見せたのだから、既に疑いの余地は無くなったようだ。 昨日の内に二千本の矢じりが作られ、千本は既に弓矢として完成している。 残りも近日中に完成する予定で、当面は戦闘によって余程消費しない限り、特に問題は生じないだろう。


「クロサワ殿、これだけの弓矢を短期間で、どうお礼を申し述べていいっちゃやら」

「ムクゲ族長、礼を言うのはまだ早いぞ。 リラ、準備はできているか ?」

「ハイ、クロサワさま。 準備もそして覚悟もできております !」


「女媧族に見合った槍を作ってみた。 先の弓矢と同様、実際に見てみなければ納得できないものだと思う。 そこでだ、このリラと女媧族で槍の名手として知られるシブキとで、実際に試合をしてもらおうと思うが、ムクゲ族長の意見を聞きたい」

「それは、本人が良ければいいっちゃ」

「と言う事だ、シブキ」


「師匠が相手ではなく、あやつが相手なのですか ?」

「そうだ、胸を貸してやってくれないか。 但し、今回は純粋な戦闘だけの試合だから、魔法は無しだ、いいな」


あまり気の進まないシブキであったが、自らが師と仰ぐかづきの命であれば、従わないという選択肢は既に無かったのである。 シブキは先日のように、自らの槍を持ち試合場の真ん中で待ち構える。 一方リラは、訓練で多少は馴染んだであろう槍を持ち、少し緊張した面持ちで試合場へと進んでいく。


元々、女媧族達の使う槍は短槍の部類に入るものだが、リラの持つ槍はそれよりもさらに短く、わずか一.二mほどの槍でしかない。 シブキの持つ槍と比べるとそれは一目瞭然で、槍頭はこれまでの両手剣のような平たい形状ではなく、四角錐となっている。


また、手管と呼ばれる筒状のものが取り付けられ、左手で手管を掴んでいれば、右手だけで素早い連続突きが可能となるものだ。 更にこの手管には、輪っかが左手首と連結し、奇抜な動きをも可能にしている。


「審判はギガン族長にやってもらうが、頼めるかギガンの爺ちゃん ?」

「おう、まかしちょけ。 ほうなら、どっちか動いたときが、始めの合図やけん。 双方共に力と技だけの勝負たい」


「えらい短い槍だなリラ。 そんな槍で私に攻撃が届くとでも? ま、師匠のこさえた槍ならば、それなりのものであろうな」

「そうよ、クロサワさまが、私の為だけに《あつら》誂えて下さったのだから、私の為だけに、ね」

「くっ、何故二度言う。 恐らく、奇を《てら》衒ったのだろうが、先日の敗北で油断が大敵である事を、この身で存分と味わったのだからな、師には悪いが二度目は無いぞ。 ハハハ」


「奇を衒う? 何故そんな必要があるのかしら。 師匠自らの手ほどきで、槍と技を伝授された私と、負けのアドバイスだけの自称一番弟子とは格が違うのよ。 まさか、それも理解していないのかしら ?」

「くっ、リラのくせに生意気な! この私が⋯ あっ!? 」


 驚いた事に、シブキが言い終わる前に動いたのは、リラの方であった。 《あらかじ》予めタイミングを計っていたのか、眉毛をへの字にし真っ赤な顔をして反論するシブキが、《しゃべ》喋り終る前の予想もつかぬ攻撃である。 ダッシュするのと同時に、短槍による連続刺突は、手管があるからこそ行えるスムーズな所作だ。 通常の槍で、こうした連続付き行う為には両手で繰越しが必要となり、どうしても手管の性能には劣ってしまう筈だ。


「ち、ちょこまかと」


シブキが不利な体勢をようやく整え、反撃するかと思われたその時、リラはすぐさま背後へと大きく飛びのき、その強烈な一撃の突きを回避する。 すかさずリラは、短槍をぶつける様にシブキの槍を弾くと、更に先ほどの様に接近戦を仕掛ける。 この様に、シブキとの距離を執拗なまでに詰めるのは、それが師かづきの教えだからである。


つまり、シブキが話し終えずに攻撃を仕掛けたのも計算ずくで、わざと激昂させていらつかせたのも、すべてかづきのアドバイス通りに行っているのである。 実際に、言われた通りに行うリラだが、怒らせたのは呼吸数を多くさせる事と、言葉の端で切ったのも、人は力を入れる際に息を貯め込み、息を止めながら攻撃を行う無酸素運動をする性質を持っているからだ。


好きこそものの上手なれと言うが、逆に言えば新しいものほど警戒心を抱き、反感を持ちやすいものである。 そこで考えたのが、リラとシブキによる試合なのだが、このまま思惑通り行くのか否か。


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