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秘密

 レオは、足を引きずるようにして、台所に入ってきた。部屋は暗いが、窓から差し込む太陽の残り火で、かろうじて室内を見渡すことができる。

 鍋に残されている冷めたスープと横にあるパンを確認した後、一度、裏口から外に出て体に付いているホコリを払い落とした。


 レオはカイに屋敷の掃除夫として使われていた。日ごとに掃除する区画を決められ、ローテーションで掃除しているが、終わるころにはいつも夜になっていた。


 皿を取り出してスープをよそおおうとしたが、後で洗うのが面倒くさくなり、鍋から直接食べることにした。硬いパンを何度も噛んでいると、隣接する食堂への入り口で物音が聞こえた。

 不審に思いドアを開けると、ミーナがいた。ミーナは寝間着姿で、いつものように目隠しをつけていた。

「何やってるんだ、こんな時間に!」

レオは腹を立てながら言う。

「すいません……」ミーナは小声で答える。「最近あまり会えないので心配で……」

「だから、ずっとここで待っていたのか?」

ミーナは首を横に振った。

「違います。音で兄様が食堂に向かったのが分かったから、やってきたんです」

レオは困惑した。

「マリカの部屋は屋敷の反対側だろう?」

「はい、でも聞こえたんです。最近、ものすごく音に敏感になっていて」

レオはミーナの話を半信半疑で聞きながら、ひとまず台所にはいるよう促した。

「音に敏感というのはどれくらい? どこまで小さい音を聞き取れるんだ」

ミーナはどのように自分の感覚を伝えれるべきかまとめるため、二、三秒時間をとった。

「えっと、この屋敷にいる人全員の位置を足音で感じ取れます。あと、話せるくらいの距離に人がいれば……」ミーナはレオの旨を指さした。「心臓の鼓動や血の流れる音まで聞き取れます」

 レオは目を見開いた。

「普段うるさくないのか? それで?」

「はい不思議と、音がうるさくて困る、ということは無いです」

レオは目隠しを見つめながら、もう一つ質問をした。

「目隠しをしたまま、ここまでやってこれたのもその耳のおかげ?」

ミーナは頷いた。

「自分の足音や服が擦れる音が跳ね返ってきて、周りの様子が分かるんです」

足音といっても、絨毯の上をソックスで歩いてきたため、ほとんど音はしなかったはずだ。少なくとも、レオはミーナが扉に触れるまで、その存在に気づかなかった。そんな音の反響すら聞き取れるほど、ミーナの聴覚は発達しているということだ。

 レオは、自分の妹が人間離れした能力を持ち始めていることにかすかな不安を感じたが、その感情は表に出さないようにした。

「この部屋の近くに人はいないな」

 ミーナが頷いたのを確認して、レオは包帯を外した。目隠しの包帯を外せるのはレオしかいない。他の人間が包帯に触ろうとした時、ミーナは必ず「傷跡を見せたくない」と言って拒絶した。


 包帯を外し終わると、人前で包帯をはずさない本当の理由である、赤い目が現れた。目を開けた後のミーナの第一声は。

「兄様! 鍋からそのまま食べるなんてお行儀わるいです!」

だった。

「洗うのが面倒なんだよ」

言い訳する兄を押しのけ、ミーナはてきぱきと皿の用意をした。

「私が洗ってあげますから、食事くらいちゃんと取ってください」

レオは諦めて、食堂の椅子に座り、ミーナが皿を持ってくるのを待った。

やがて、パンと木製のスープ皿そしてスプーンを持ったミーナが現れた。ミーナは食事を置くと、レオの向かい側の席に座った。

パンをちぎりながらレオは尋ねた。

「マリカにはなんて言ってきたんだ」

「正直に、兄様に会いに行くと言って来ました」

レオはスープを一口飲んだ。

「怪しまれなかったか。この距離で気づいて」

「マリカ姉さんは、『やっぱり兄妹は引き付け合うものがあるんだねー』と言って納得していました」

「マリカらしいな」

レオは苦笑を浮かべた。ミーナもつられて笑ったが、すぐに表情を険しくした。

「兄様! やっぱり、兄様一人でこの屋敷を掃除なんて無理ですよ! このままだと体を壊してしまいます」

 レオはミーナの言葉に頷いた後、なだめるように言った。

「確かにな。しかし、奉公に出されるよりはマシだよ」

 子どもといえど、立派な労働力であり、体に問題がなければ仕事をさせられるのは当たり前だ。レオが奉公に出されなかったのは、カイが村で孤立しており、そういった人脈を持たなかったためだ。

 奉公という言葉を聞き、ミーナの表情は暗くなった。

「今日食事をとっている時、カイさんから言われました。私は役立たずだって。目が見えないから奉公にも出せないし、結婚させるのも無理だって」

 レオは励ましの言葉をかけようとしたが、なんと声をかけてよいのか分からず、黙ってミーナを抱きしめた。

 レオにとっても、将来のことは不安だった。おそらく、ミーナがドラキュラであることを一生隠しとうすのは無理だろう。仮に隠し通せたとしても、幸福な人生が待っているとはとても言えない。

 唯一希望と言えるのは、ハーソンのことだ。ケドメガイアス山脈の向こうにあるというドラキュラと人間が共存している国。ヴェリから伝え聞いたことなので確実とは言えないが、否定する証拠もない。幸いにもパロカセ村はケドメガイアス山脈の麓にあるので、登山道具をそろえ、登山道を見つけさえすれば、山越えに挑戦することはできる。子供二人で山越えに成功する可能性は低いが。

 レオがそんなことを考えていると、腕の中にいるミーナが少し身じろぎした。ミーナはレオから体を離した後、少し恥ずかしそうに

「あの、食器片付けますね」

と言って、足早に台所に向かった。

 ミーナは、台所に入った直後、突然フラつくとその場に崩れ落ちた。木の器が床に当たりカンという鋭い音を立てる。

「ミーナ!」

レオは慌ててミーナを助け起こす。ミーナはすぐに意識を取り戻し、頭を抑えた。受け身を取らずに倒れたため、頭を地面にぶつけたようだ。

「お皿……」

落とした食器を拾おうとするミーナをレオは押しとどめた。

「貧血だな。すぐに血をやる。部屋にいこう」

ミーナは申し訳なさそうな顔で言った。

「でも、兄様も疲れているのに」

「気にしてる場合か! ほら、行くぞ!」

 レオはミーナを叱りつけた。貧血を隠していたミーナと、それに気づかなかった自分の両方に腹が立っていた。


 部屋に戻ると、レオはベッドの下から赤い液体の入った小瓶を一つ取り出した。続けて三脚とアルコールランプ、薄い鉄の皿を取り出す。

 手際よくランプに火をつけた後、三脚を上にかぶせ、さらに上に皿を置く。皿の上に瓶から取り出した血を注いだあと、しばらく液体が温まるのを待った。

 赤い液体の正体はレオの血だった。体力の余裕があるときに、血を抜き取り凝固抑制剤と殺菌のためのアルコールを混ぜて保管していた。

 しばらくした後、匂いでアルコールが飛んだことを確認すると、レオは火を止めた。

 皿からコップに血を移し、ミーナに渡す。

「頂きます」

ミーナはコップを受取り血を飲み干した。直ぐに変化が現れるわけではないが、明日の昼ごろには体調も改善しているはずだ。


 その後、ミーナはマリカの部屋に帰り、レオは部屋のアルコールランプと台所を片付けてから眠った。

 ランプを片付けた時、血の在庫がもう残っていないことに気づいたので、翌日レオは屋敷をこっそりと抜け出し、山の奥にある洞窟に向かった。

 その洞窟はかつて、レオの母がひと目を避けて、薬の実験をするために使っていた洞窟だった。昔、母から聞いた話しをヒントに、草に埋もれていた入り口を見つけ出したのが十日前。それ以来、血の瓶詰めを作る作業場として使っている。

 洞窟の入口は垂れ下がる蔦に隠れてよく見えない。入り口から入るとすぐ洞窟は右に折れ曲がっており奥に進むにつれて徐々に細くなっている。

 洞窟の奥からは細い、水の流れが洞窟の外に向かって続いており、レオはこの湧き水を器具の洗浄に使っていた。

 今、洞窟の中には小さな机と椅子、棚が置かれていた。棚の中には、瀉血用の道具一式、乾燥させた薬草三束、大きいアルコール瓶一つ、空の小瓶七個、血の入った小瓶二つ、ろうそく5本、そしてわずかばかりの硬貨が入っていた。

 この日、レオは屋敷から持ってきた空き瓶を水で洗ったあと、棚に戻し、血の入った瓶の中で一番古いものを一つとって、屋敷に戻っていった。


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