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救助

 瓶を持って屋敷に戻る途中、森から出てきた所で、レオはマリカと出会った。

「あれ? こんなところで何してるの?」

 レオは動揺を隠しきれなかったので、動揺したことを怪しまれないような言い訳を考えた。

「サボってた。カイさんには言わないでもらえる?」

マリカは笑って答えた。

「いいよ。私もサボってたところだし」

マリカの持っているカゴには、洗い終わった洗濯物が入っていた。洗濯に使う川は屋敷の森の中間にあるので、洗濯が終わった後、まっすぐ屋敷に戻らずこの辺りをぶらついていたということだろう。


「せっかくだし、一緒に帰ろうか」

レオの申し出に、マリカは嬉しそうに「うん!」と答えた。

帰る道すがら、川にかかった橋を渡る途中でマリカはレオに尋ねた。

「この辺りの草の中にも、薬草が混じっていたりするの?」

レオは歩きながら、河原の草を眺めた。

「何種類か有るよ。例えば……あの赤い花は惚れ薬に使えるという伝承があるらしい」

他にも何本か知っている草は有ったが、すべて毒草だったためそちらへの言及は避けた。

「惚れ薬! それ本当なの!」

マリカはレオが予想していた以上に興味を示した。

「多分嘘だよ。母さんは興味もなかったので確認もしなかったらしい」

「じゃあ、嘘ってはっきりわかったわけでもないんだよね! どうやって使うの?」

 レオは少し迷った後、毒にも薬にもならない薬草だし、教えてあげても問題ない、と判断した。

「雨に濡れた花を誰にも見られずに、十本摘み取って、花の部分を乾燥させた後、お湯で煮だした汁が惚れ薬になる。それを飲んだ人間は、花を詰んだ人間のことを好きになるらしい」

 何気ない会話だったが、このときの会話こそが平和な日々を破壊する、ドミノの最初のひと押しであった。

 数日後、村は激しい嵐に見舞われた。窓に打ち付ける雨音と、鳴り響く雷は、レオに両親が殺されたあの日のことを思い起こさせた。

 嫌な記憶を振り払うため廊下の掃除に集中していると、正面の曲がり角からカイが足早に近づいてきた。

「おい、マリカがどこにいるか知らないか?」

「知りません。自分の部屋では?」

「そこに居ないから聞いているんだ!」

 カイは声を荒らげた。

 レオは内心、マリカの行方を一々自分が把握しているわけがないではないだろう、と思ったが、同時にマリカのことが心配でも有ったので

「私も少し探してみます」

と言って、足早にその場を去った。


 レオが向かった先はマリカの部屋だった。部屋の中ではミーナが一人、ベットに座っていた。

「ミーナ、マリカの居場所が分かるか?」

ミーナは首を横に降った。

「いえ、わかりません」

レオは、念のため、もう一つ質問をした。

「念のため屋敷の中にいる人間の位置をひと通り言ってくれないか」

ミーナは音の反響で屋敷内部の様子を探った。室外の雨音を除去。壁や床、柱を伝わる音から、音源を特定する。

 足音は2つ。さらに、足音から人物の体重、履いている靴、服装を推測する。

「台所に義母様が、義父様は玄関にいます。他に人はいません」

「ありがとう」

レオは礼を述べたあと、しばし考えた。カイが外に向かったのは、室内を調べ終わったからだろう。ミーナの言葉と合わせて、室内にマリカがいる可能性は除外して考えていい。外に出た? しかし、なぜ雨の日に外出を? ん? 雨の日! まさか。

「ミーナちょっと来てくれ!」

レオはミーナの手を引き、屋敷の二階、裏手の窓に向かった。そこで、窓の外を確認した後、ミーナの目隠しを外す。

「ミーナ、ここからなら森と屋敷の間を流れる川が見えるはずだ。その目で確認してくれ。川の近くに人はいないか?」

ミーナは目を凝らして雨の向こうの川の様子を調べた。

「何か動くものがあります。もしかしたら人かも」

レオは少し苛立った口調で尋ねた。

「体温を見れるはずなのに、やけに曖昧な言い方だな」

「すいません、雨で体温が下がっているようで、よく見えないんです」

レオは納得し、謝罪した。

「そうか、すまない。すこし焦り過ぎているようだ」

ミーナは慌てて手をふり

「いえ、謝る必要なんてありません。私がお役に立てなかったのは事実ですし……」

と言った。

レオは「そんなことないよ」と言いながら、ミーナの目隠しを付け直した。

「念のため川に行ってみよう。ミーナお前もついてきてくれ」

ミーナは首をかしげた。

「私が付いて行っても何もできませんよ」

「いや、その目と耳はきっと役に立つ。力も強くなっていだろうしね」


 二人は、ロープ用意したあと、誰にも見つからないよう注意しながら、川に向かった。橋まではレオがミーナの手を引き、橋からはミーナがレオの手を引いて、人影らしきものが見えた場所に向かった。案内のためミーナは目隠しをずらし、右目をわずかに外に出していた。また、土手で足を滑らせて川に落ちた時のために、互いの体をロープでつないでいた。

 川は予想以上に増水しており、一度足を滑らせれば、自力で助かることはまず無理だろう。

 最初に事態に気づいたのはミーナだった。

「マリカさん!」

突然の叫び声に驚きつつ、レオはミーナに尋ねた。

「何だ! 何か見えたのか?」

マリカは慌てて説明する。

「あそこ! あの木の上にマリカさんがいます」

ミーナが指差した低木の上に、オレンジ色の影が見えた。雨の中で見晴らしは悪いが、レオにもそれが、いつもマリカの着ている服だと分かった。

 レオはミーナの目隠しをきちんと付け直すと、急いで、木の横の土手に向かった。

「マリカ!」

 ずっと木にしがみついていたため、マリカはひどく消耗していた。寒さで顔は青ざめ、その細い手は今にも木を話してしまいそうだった。

「マリカ! 聞こえるか!」

 二度目の声でマリカはようやく、こちらに気づいた。土手を向いて口を動かしたが、何を言っているのかは聞き取れなかった。

 レオは自分とミーナをついないでいるロープを外すと、先に輪っかを作り、重りの石をつけて、マリカに放り投げた。

 何度か失敗した後、マリカはロープを掴むことに成功した。

「輪っかに体を通して!」

マリカは力を振り絞って輪に体を通し、胸の部分にロープが巻き付くようにした。

 屋敷を出るとき、レオはロープでマリカを引き寄せるつもりだった。しかし、予想以上に川の流れは速く、マリカは衰弱している。レオ一人で引き寄せることは難しい。そこでレオは方針を変えることにした。

「マリカ! 辛いと思うが、もう少し待ってくれ。助けを呼んでくる」

 マリカは不安をにじませながらも、覚悟を決めた表情で頷いた。

 レオがロープを川辺の木に結びつけ、屋敷に戻ろうとしたその瞬間、マリカの掴まっている木に流木がぶつかった。

 衝撃でマリカは川に投げ出される。

 レオは咄嗟にロープを掴んで、引き戻そうとした。しかし、増水した川の流れに逆らうことは出来ず、ジリジリと川に向かって引きづられていく。

「兄様!」

 ミーナが慌ててレオの後ろのロープを引っ張った。

「うわ!」

 レオはロープに引っ張られて転んでしまった。前に向かってではない。ミーナのいる後ろに向かってだ。慌てて立ち上がると、自分でも何が起きたのかわからず呆然としているミーナと目があった。

「ミーナ、そのままロープを手繰れるか?」

兄の声で我に返ったミーナは、慌ててロープを引っ張ってみた。ミーナが細い腕を動かすたびに、ピンとはられたロープが手繰り寄せられていった。それは小さな体には不釣り合いな光景だった。

「行けます! このまま引き上げますね!」

ミーナは嬉しかった。マリカを助けれることが、自分が兄の役に立てたことが。

 引き上げられたマリカ目を閉じ、全く動こうとしなかった。しかし、呼吸はしっかりしており、レオが呼びかけるとわずかにまぶたを動かしたため、意識を失ってもいないようだ。

 レオは胸をなでおろした。



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