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発症

 森のなかで、レオは穴の底に沈んでいく両親の遺体を見つめていた。死体は包帯で隠されて、木の板の上に置かれている。数人の男性が、板の下に通したロープを操り、ゆっくりと死体を穴の底に下ろしていく。遺体が穴のそこに収まると、その上に生前の遺品が置かれ、最後に葬列の参加者がスコップ一杯分の土を上にかけて行った。参加者すべてが土を入れ終わる頃には両親の姿は見えなくなっていた。

「レオ……」

レオの耳に、ためらいがちなマリカの声が届いた。周りを見渡すとすでに葬儀は終わり、参列者は一人、また一人と帰路についていた。

「もう少し……、いや、帰ろうか」

 空は今にも雨が降り出しそうな黒雲がたれこめていた。マリカが濡れないように、レオは屋敷に戻ることにした。彼がそこにとどまる限り、マリカは雨の中で彼を待ち続けるだろう。

 

 屋敷に帰るとすぐ、レオはミーナの元に向かった。途中マリカの父の

「あー、くそ! こっちも匂いが染み付いてる。ダメだ」

という声が聞こえてきたが、努めて無視する。

 階段を上り、ミーナの部屋に向かう。扉を開けると、ベッドの上に寝ているミーナの姿が見えた。今日で感染から五日たった。昨日から熱が引き、今はかなり落ち着いている。もし、両目を覆っている包帯がなければ、すべてが元通りになったと錯覚していただろう。

 扉を開ける音に気づき、ミーナが軽く頭を上げた。

「兄様?」

力ない声に、兄は答える。

「ただいま。葬儀は無事に終わったよ」

「そうですか、私も参加したかったです。あの、私の目……」

ミーナは目を覆う包帯に触れようとした。レオはそれを無言で押しとどめる。

「マリカも遠慮せずに入ってきたら」

レオに促され、マリカの顔がドアの脇から覗く。

「あの、ごめん……、なんだか入りづらくて。別に盗み聞きする気はなかったの」

レオは苦笑しつつ、立ち上がって椅子をマリカに譲った。

「変に気を使わなくてもいいのに」

「では遠慮無く」

マリカは無理に作った笑みを浮かべながら、椅子に座った。

「ごはんちゃんと食べた?」

マリカの気遣いにミーナが頷く。

「はい。おばさんに食べさせてもらいました」

おばさんというのはマリカの母親のことだ。その後、マリカはミーナと少し話した後、母親に呼ばれて、一階へ降りていった。

 マリカがいなくなるとすぐ、レオはミーナの目を覆っている包帯に手をかけた。

「目を確認するぞ。いいな?」

ミーナが頷くのを確認すると、レオは包帯を外した。ミーナは目を開けようとして、途中で止めた。目を両手で抑え、苦痛に顔を歪める。

「すいません、カーテンを閉めてください。光が痛いです」

「すまない、忘れていた」

レオは立ち上がり部屋のカーテンを閉めた。カーテンの隙間からわずかに光が差し込んでいるが、普通の人間なら文字を書くのに苦労する程度の暗さになった。

 ミーナは恐る恐る目を開ける。真っ赤に染まった瞳が現れた。

 五日の間にミーナの目はドラキュラの目へと変化していた。僅かな光があれば暗闇を見通すことができ、光が全くなかったとしても体温で人を感知することができる。しかし、もはや光のなかでは目を開けることができない、人に赤い目を見られることも許されない。

 もしこの目を見られたら、ドラキュラだとばれてしまう。もしドラキュラだとばれたら……、おそらくその場で殺されてしまうだろう。


 葬儀が終わると、兄妹はマリカたち家族と一緒に、パロカセ村に引っ越しをした。管理できる金も人もないため、レオが元々すんでいた屋敷は売却することとなった。レオは屋敷を離れるとき、一度だけ振り返って心の中で別れを告げた。いつかあの家を懐かしく思う時が来るかもしれない。しかし今は、惨劇のあった家から離れられることが嬉しかった。


 首都を流れる川を船で昇って行くとパロカセ村に着く。そこは山間にある小さな村で、船で行き来ができる最後の村だ。ここより先に行くには徒歩か馬を使うしかない。

 かつては、鉄鉱山を中心として栄え、街といえるほどの大きさがあったが、数十年前に鉄をもっと安く採掘できる鉱山が見つかってからは、衰退の一途をたどっている。

 そんな、パロカセ村の外れに、一件の屋敷が立っていた。パーティー用ホール、客間、複数の寝室、大浴場、ドレスルーム、食堂、居間、書斎、図書室、物置、調理場、使用人用寝室と、数十の部屋をそなえた立派な屋敷だが、今はその部屋のほとんどがホコリをかぶり、庭の生け垣も荒れ果てている。

 そこは、かつて領主が住んでいた屋敷だ。数十年前、財政的に立ちゆかなくなった当主は破産、今では、隣接する土地の領主がこの土地もまとめて管理している。

 かつての領主一族も今では普通の人となった。破産した最後の領主には一人の息子と、一人の娘がいた。娘は錬金術師と名乗る男と結婚し首都に移ったが、息子は今でも荒れ果てた屋敷に住んでいる。

 息子の名前はカイ・アロネンと言った。


「ここがお前の部屋だ」

カイはレオに向かってぞんざいに言った。その部屋は狭くホコリをかぶっていた。部屋の空間の大部分を二つの二段ベットが占めており、そのことが余計見るものに圧迫感を与えていた。入り口の正面には、この部屋の唯一の光源である、透明度の低いガラスのはまった小さな窓があった。

「父さん! ここは使用人用の部屋でしょ! 寝室は余ってるんだし。なにもこんなとこ使わなくったって」

息巻く、マリカをなだめたのはレオだった。

「この部屋で構わないよ。心配しないで」そしてカイに向かって言った「二段ベット二つは私一人では使い切れないので、後で交換してもいいですか?」

カイは不機嫌そうに答えた。

「好きにしろ」

間髪いれず、マリカが割って入る。

「私も手伝うよ! 倉庫に一段ベットがおいてあるはずだから、それを使おう」

 レオは微笑んだ、この従姉妹は昔からミーナに世話を焼いていたが、今はその世話焼きな性格をレオに向けて発揮しているらしい。困っているときの気遣いは普段以上に心にしみる。

「ありがとう」

感謝の言葉を聞き、マリカは嬉しそうに身をよじった。

「べ、別に大したことじゃないよ。あ、父さん。ミーナは私の部屋で一緒に寝るから。もう決めたから! いいでしょ。いいよね!」

 勢いにおされて、カイは首を縦に振った。

 この言葉に慌てたのはレオだった。

「ん? どうしたの?」

首をかしげるマリカを前に、レオは一瞬躊躇した後、

「マリカに迷惑をかけるわけには行かない。できればこの部屋か隣の部屋を貸してほしい。僕がミーナの面倒を見るから」

と言った。

 しかし、「大丈夫だよ、そんな遠慮しないで! それにミーナちゃんは体が弱いんだから、少しでもいい部屋にいさせてあげたいの」というマリカに押し切られ、ミーナはマリカの部屋で眠ることとなった。


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