第百五十五話 営業課長、黒帳幹部の告白を聞く
王家最高位。
その言葉が、会議室に重く残っていた。
アルトは机の上に置かれた書類を見る。
十年前の物流改革。
正式な承認印。
そして、王家最高位という文字。
「……調べる必要があるな」
アルトが呟いた。
エリシアも頷く。
「王家の記録庫を使いましょう」
「お願いします」
「ただし」
エリシアがアルトを見る。
「内部に黒帳の人間がいる可能性は?」
「高いと思っています」
「なら、誰に調査を任せる?」
アルトは少し考えた。
そして。
「ローディンさんに」
部屋の空気が止まった。
マルクが目を丸くする。
「おい。本気か?」
「もちろん」
ヴィクターも困惑する。
「しかし、ローディンは……」
「だからです」
アルトは静かに答えた。
「もしローディンが黒帳と繋がっているなら、ここで必ず動く」
「……罠か」
「そうです」
アルトは立ち上がった。
「今度はこちらが、相手の庭で餌を撒く」
その日の午後。
ローディンが会議室へ呼ばれた。
「お呼びでしょうか」
いつも通り。
落ち着いた表情。
乱れのない服装。
アルトは一枚の書類を差し出した。
「十年前の物流改革について調べたい」
ローディンは書類を見る。
「承知しました」
「特に、この承認印について」
アルトが指差す。
「王家最高位の承認印です」
ローディンの指が、一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬。
だが。
アルトは見逃さなかった。
「何か?」
「……いえ」
ローディンは笑う。
「古い記録ですから、確認に時間がかかるでしょう」
「お願いします」
「承知しました」
ローディンは書類を受け取り、部屋を出た。
扉が閉まる。
マルクが小声で言う。
「今の反応……」
「見たか?」
「ああ」
「俺も見た」
ヴィクターも頷いた。
「間違いありません」
エリシアが尋ねる。
「どうする?」
アルトは答えなかった。
ただ。
「待ちます」
その夜。
王家物流管理局。
ローディンは一人で机に座っていた。
手元には、アルトから渡された資料。
その表情から、昼間の穏やかさは消えていた。
「……見つけたか」
ローディンは小さく呟く。
資料を閉じる。
そして。
引き出しから、一枚の紙を取り出した。
そこには黒い三角形の印。
黒帳の印だった。
ローディンはそれを見つめる。
「もう、隠す必要はないか」
翌朝。
アルトが会議室へ入ると、すでにローディンが待っていた。
「アルト様」
「どうしました?」
「少し、お話があります」
「どうぞ」
ローディンはゆっくり椅子から立ち上がった。
「十年前の件についてです」
アルトは黙って聞く。
「そして……黒帳についても」
アルトの目が細くなる。
「やはり知っていましたか」
「ええ」
ローディンは笑った。
「知っているどころではありません」
そして。
左手を机の上に置いた。
銀色の指輪。
あの印。
「私が黒帳の幹部です」
部屋が静まり返った。
マルクが一歩前へ出る。
「……お前が」
「はい」
ローディンは否定しなかった。
むしろ。
落ち着いた声で続けた。
「王家物流管理局の副責任者という立場は、非常に便利でした」
アルトは睨む。
「情報を自由に見られる」
「その通りです」
「物流ルートも?」
「もちろん」
「王家の倉庫情報も?」
「ええ」
「そして――」
アルトの声が低くなる。
「十年前も同じことをした」
ローディンは目を伏せた。
「……はい」
その一言。
それだけで十分だった。
「十年前、物流改革の情報を黒帳へ流したのは私です」
レオンが拳を握る。
ローディンは続けた。
「当時の改革案は、物流を効率化するものでした」
「だが、それが困る人間たちがいた」
「貴族や大商人か」
アルトが尋ねる。
「その通りです」
ローディンは頷いた。
「物流を自由化し、情報を共有すれば、今まで中間利益を得ていた者たちが困る」
「だから改革を潰した」
「ええ」
「そのために、レオンを利用した」
ローディンがレオンを見る。
「申し訳ないとは思っています」
「……思っている?」
レオンの声が震える。
「お前のせいで、俺は十年間……」
ローディンは何も言わない。
アルトが口を開く。
「それだけじゃない」
「……」
「現在の黒帳の動きも、お前が指示していたんだな?」
ローディンは微笑んだ。
「はい」
「商業祭の妨害」
「私です」
「西地区の物流操作」
「私の指示です」
「二つの火事も?」
「直接の命令ではありません」
ローディンは答えた。
「ですが、目的は知っていました」
アルトの拳が強く握られる。
「……人を巻き込んでもか」
「商売に犠牲は付きものです」
その瞬間。
アルトの表情から笑みが消えた。
「それは違う」
ローディンを見る。
「商売は、人を幸せにするためにある」
「綺麗事ですね」
「そう思うなら――」
アルトは一歩前へ出た。
「俺たちは一生、分かり合えない」
ローディンは黙った。
しかし。
アルトはさらに尋ねる。
「一つだけ聞く」
「何でしょう?」
「お前より上にいるのは誰だ?」
ローディンの表情が初めて変わった。
「……」
「黒帳を作ったのは、お前じゃない」
沈黙。
「十年前から指示を出している人間がいる」
ローディンはしばらくアルトを見つめた。
そして。
「よく分かりましたね」
「営業課長を舐めるな」
アルトは即答した。
「現場で動く人間には、必ず指示を出す人間がいる」
ローディンが小さく笑った。
「確かに」
そして。
「私の上にいる人物については――」
そこで言葉を止めた。
「名前を言え」
「……まだ、言えません」
「なぜ?」
「その人物は、私たち黒帳にとっても『上』だからです」
アルトは眉をひそめる。
「黒帳より上?」
「正確には――」
ローディンは銀の指輪を外した。
「黒帳を利用している人物です」
アルトは息を呑む。
黒帳そのものが、さらに誰かに利用されている。
十年前から。
現在まで。
ローディンは最後に告げた。
「そして、その人物は今も王家の中にいます」
エリシアの顔が強張る。
「……誰なの?」
ローディンは答えなかった。
その代わり。
アルトの目をまっすぐ見た。
「あなたなら、もうすぐ辿り着けるでしょう」
そして。
ローディンは自分から両手を差し出した。
「私は黒帳の幹部です」
「そして、十年前の事件の当事者です」
「すべて話します」
アルトはその手を見る。
ようやく。
十年間、隠されていた黒帳の扉が開いた。
しかし。
その扉の向こうには――。
さらに大きな敵が待っている。
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営業メモ①⑤④
「本当の問題は、目の前の担当者だけとは限らない。
現場で起きている問題を見たとき、その背後に『誰が指示しているのか』『なぜ、その仕組みが続いているのか』まで考える。
表面ではなく、構造を見る。
それが問題解決の第一歩になる。」
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次回予告
第百五十六話「営業課長、十年前の真相を聞き出す」
ついに本人の口から語られた。
ローディン=黒帳幹部。
そして、十年前の物流改革を潰した張本人の一人だった。
ローディンはすべてを話すと約束する。
しかし――。
その証言の中には、レオンが知らなかった「十年前の真実」が隠されていた。




